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玉座の間の邂逅

 通された謁見の間は、気が遠くなるほどに天井が高かった。 白磁の床は鏡のように磨き上げられ、正面には二段ほどの高壇。その上には重厚な意匠が施された玉座が鎮座している。


「エリ様、こちらでお待ちを」


 案内してきた宰相は、それだけ告げると足早に退室していった。広い空間に、私とオーエンの二人だけが取り残される。


「ねえオーエン。こういう時、私はどうしていればいいの?」


 あまりの静寂に気圧され、私は隣に立つ彼に小声で尋ねた。


「間もなく国王陛下が入場されます。その前に先触れの声がかかりますから、そうしたら片膝をついてください。頭を下げ、『隷属の礼』を示すのです。いいですね?」 「わかったわ……」


 緊張で指先が少し冷たくなる。 やがて、静寂を切り裂くように重々しい声が響き渡った。


「フレデリック王、お成りである!」


 その声を合図に、私とオーエンは同時に片膝をつき、深く頭を垂れた。 硬い床の感触と、衣擦れの音。幾人かの足音が壇上へと向かい、やがて止まる。


「――面を上げよ」

 低く、威厳に満ちた声。 言われるままに顔を上げると、そこには玉座に深く腰を下ろした中年の男がいた。鋭い眼光が私を射抜く。


「……お前が女神ミリエル=エオニアの眷属、エリか」 「はい、エリにございます」


 努めて冷静に言葉を返すと、王はわずかに口角を上げた。


「此度は我が呼び出しに応じ、大儀であった。聞けば、今は神殿に身を寄せているそうだな」 「はい。神殿を住まいとしております」 「それは不便なことだ。どうだ、王宮にそなたの部屋を用意させよう。こちらへ来ぬか?」


 王の言葉に、傍らのオーエンがわずかに身じろぎしたのがわかった。


「王宮に来れば、不自由はさせぬ。専属の侍女も侍従も付けよう。我が抱えの侍医もおる。戦闘で傷を負うことがあっても、最高の治療が受けられるぞ」


『医者』という言葉に、一瞬だけ心が揺れた。 怪我をした時のバックアップがあるのは心強い。……けれど、すぐに思い直す。この世界に来てからの戦闘で、私がまともに傷を負うような展開など一度もなかったのだ。


「破格のお取り計らい、恐悦至極に存じます。……ですが、女神の眷属といたしましては、やはり主のおわす神殿の方が心が落ち着くのです。お申し出はありがたいのですが、お断りさせていただきます」


 はっきりと告げると、隣から「エリ、言い過ぎだ……」というオーエンの悲鳴のようなささやきが聞こえた。 しかし、フレデリック王は不愉快そうにするどころか、愉快そうに鼻を鳴らした。


「ふむ、断られてしまったか。気が変わったらいつでも部屋は用意させる。その時は申し出よ」


 王はそこで一度言葉を切り、組んでいた脚を組み替えた。その瞳に、先ほどよりも深い色が混じる。


「ところで、エリよ。そちの主である女神ミリエル=エオニアが、真には『何の神』であるか……そちは存じておるか?」


「癒しの女神であり、月と星、そして叡智を司る存在であると認識しておりますが……」


 私の答えに、王は影のある笑みを浮かべた。


「それは表向きの顔だ。その実態は――『終わりなき戦争』の観察者。それがミリエル=エオニアの正体よ」


 心臓が、ドクリと跳ねた。


「私はな、その眷属であるお前が、いつか無慈悲な戦争の道具へと成り果ててしまうのではないかと危惧しておるのだ。……今日は、それだけを伝えておきたかった」


 王の言葉が、冷たい風のように私の心を通り過ぎていった。


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