王宮の鑑定
王宮の重厚な石造りの廊下に、エリの靴音が規則正しく響く。 神殿から差し向けられた豪奢な馬車を降り、彼女は今、この国の心臓部へと足を踏み入れていた 。
「女神ミリエル=エオニアの眷属、エリ。王命によりまかり越しました」
出迎えたのは、隙のない笑みを浮かべた初老の男だった。
「……これはこれは。私はこの国の宰相を務める者。さあさ、こちらへ」
案内されたのは、窓のない静謐な一室。
「こちらは『鑑定の間』。魔力を持つ方には失礼かとは存じますが、一応、こちらで鑑定を受けていただく決まりになっておりましてな」
宰相の言葉に、エリは内心でため息をつく。
やはり、ただの「お客様」として扱う気はないらしい。
「お勧めはしませんよ、宰相様。神殿では私を鑑定しようとして、魔道具が粉々に壊れてしまいましたから」
「……ほう?」
宰相の眉がわずかに動く。だが、その笑みが崩れることはなかった。
「ご安心を。王宮では魔道具のような不確かなものではなく、鑑定専門の魔導士を雇っております。壊れる心配などはございませんよ」
間もなく、部屋の扉が開き、金糸の刺繍が施された贅沢な法衣を纏う男が現れた。
いかにも「宮廷魔導士」といった風情の、尊大な空気を隠そうともしない人物だ。
「私が鑑定の魔導士、ダニエル=バロンだ。お嬢さんの鑑定を任されたのでよろしく。……怖がることはない、すぐに終わる」
ダニエルと名乗った男は、品定めをするような厭らしい視線でエリを眺める。
そのまま彼女の肩に手を置こうと歩み寄った、その時だった。
「……ッ」
横に控えていたオーエンが鋭い咳払いと共に、一歩前へ出る 。 彼の放つ無言の威圧感に、ダニエルの足が止まった。
「エリ殿の体に触れねば、鑑定すらできぬのか」 「……ふん、触れずともできるとも」
ダニエルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、少し離れた位置で奇妙な動きを始めた。
手足をくねらせ、呪文を呟きながら踊るようなその姿は、エリの目にはひどく滑稽に映る。
(……何かしら、あの珍妙なダンス。これがこの世界の『最先端』の鑑定術なの?)
冷めた視線で眺めていたエリだったが、次第に体の表面がチリチリと焼けるような感覚に襲われた。
まるで目に見えない細い針で、全身をなぞられているような不快感。
(――不快だわ)
エリが明確にそう意識した、次の瞬間だった。
「ぎゃあああああああッ!?」
突如として、ダニエルの体が後方へ弾け飛んだ。
壁に激突し、床に這いつくばった彼は、ガタガタと歯を鳴らしながら平伏する。
「し、失礼いたしました……ッ! これ以上の鑑定など、滅相もございませぬ!」
ダニエルの顔面は、見る間に土気色へと変わっていた。
彼はエリの瞳の奥に、あるいは彼女の背後に、決して触れてはならない「深淵」を見てしまったのだ。
「エリ様は……エリ様は確かに、女神様の眷属でいらっしゃいました……ッ!」
逃げるように、早口でそれだけを告げてダニエルは退出していった。
静まり返る部屋に、再び宰相が入ってくる。その表情からは先ほどまでの余裕が消え失せ、隠しきれない戦慄が滲んでいた。
「魔導士が、失礼いたしました……。エリ様が『本物』であると、たった今、確認が取れました」
宰相は、折れそうなほど深く、恭しく頭を下げた。
「これより、謁見の間へとお連れいたします。……王がお待ちです」




