神の業火と女神の憂鬱
空を覆う黒煙の下、地獄の光景が広がっていた。
エリが投下したナパーム弾は、おびただしい数の魔人を瞬時に焼き払い、その進軍を一時的に停止させた。しかし、異形の群れは恐怖を知らない。焦熱の地を乗り越え、のたうつ同胞を踏みつけながら、彼らは再び町を目指して足並みを揃え始めた。
「……しぶとい。でも、行かせるわけにはいかないわ!」
エリは黒竜の背を叩き、再び上空へと舞い上がる。 高度を保ったまま、魔人の密集地帯へと急降下した。指先から魔力がほとばしり。二度、三度。空を切り裂いて放たれた焼夷弾が、再び地上に紅蓮の華を咲かせた。
魔人の数が劇的に減り、戦況が決定的になったその時。地上で奮闘していた守備隊から、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
「あとは我々が引き受けます! 女神様、ありがとうございました!」 「女神様に栄光あれ!」
兜を脱ぎ、空に向かって喉が張り裂けんばかりに叫ぶ兵士たち。その圧倒的な感謝の視線を背に受けながら、エリは逃げるように神殿へと黒竜を向けた。
神殿に帰還したエリは、石床に座り込むなり頭を抱えた。
「あーあ……。私、なんてことを。あれじゃあ、ただの大量殺戮者だわ……」
震える声に、傍らにいたオーエンが静かに歩み寄る。
「エリ、自分を責めないでください。あなたは今日、数えきれないほどの人々を救ったのです」
「でも……抵抗できない相手を、あんな風に。一方的に焼き殺してしまったのよ?」
後悔の念に押しつぶされそうなエリに対し、オーエンはいつになく真剣な、どこか痛みを伴った眼差しで語りかけた。
「私は、魔人の群れが通り過ぎた後の無残な光景を何度も見てきました。彼らは人を喰らう。女子供も関係なく、むしろ好んでその肉を食い散らかす。……その惨状を知る者からすれば、今日のエリの爆撃は『神の業火』です。あなたは間違いなく、絶望の淵にいた人々を救い出した女神として崇められるでしょう」
「神の、業火……」
オーエンの言葉は、エリの荒んだ心に少しずつ染み込んでいった。
そこへ、主席神官のカルミナが足早にやってきた。その表情には隠しきれない緊張が混じっている。
「エリ、大変よ。王宮からあなたへの呼び出しがかかったわ」 「王宮から?」
「ええ。今回の魔人討伐戦の報告は、もう上層部に届いているみたい。守備隊の連中が『神殿が召喚した女神様が降臨した』って大騒ぎしているから。王宮側も無視できないのでしょうね。『女神様をぜひ王宮にお招きしたい』とのことよ」
エリはどっと疲れが押し寄せたように肩を落とした。
「やっぱり……やりすぎちゃったみたいね。女神の衣装であんな派手な演出をして、黒竜で空襲なんて……」
恥ずかしさと後悔で顔を赤らめるエリだったが、オーエンはあえて不敵な笑みを浮かべて見せた。
「いや、私は最高の演出だったと思いますよ。相手がただの異世界人ではなく『女神様』だとなれば、王宮といえども下手に手出しはできません。政治的な駆け引きにおいて、これほど強いカードはないですから」
「……そうかしら。それならいいんだけど」
こうして、現代から来た一人の少女は、本人の戸惑いをよそに、この世界の歴史に「救世の女神」としてその名を刻み始めることとなった。




