焔(ほむら)の洗礼と神の傲慢
黒竜の背から、エリは地上で踏ん張る守備隊へ向けて声を張り上げた。
「皆さん、今すぐ後退してください! ここは私が引き受けます!」
しかし、最前線で剣を構える隊長らしき男が、苦渋に満ちた表情で首を振る。
「……女神様のご命令とはいえ、我々にはこの街を守る義務があるのです! ここで魔人を食い止めねば、後ろにいる女子供が奴らの餌食になってしまう!」
「分かっています、だからこそです!」
エリは毅然と言い放った。
「これから私が魔人どもを焼き払います。ですが、その術はあまりに強力すぎる。近くにいたら、あなた方まで巻き込んでしまうわ。そんな悲劇は避けたいの!」
その言葉に、守備隊の面々に動揺が走る。女神の瞳に宿る真剣な光に押され、隊長はついに深く頷いた。
「……承知いたしました。命の限り後退し、女神様の『奇跡』を待ちます。どうか、ご加護を!」
「ええ、任せて」
守備隊が迅速に距離を取るのを確認し、エリはナイトホークの首筋を叩いた。
「ナイトホーク、上空へ。地上から300メートルくらいまで一気に上がって!」
「そんな高くまで? 攻撃が届かなくなるのではないか、エリ」
「いいえ、これくらい離れないと、こっちまで危ないのよ」
ナイトホークは疑念を抱きつつも、力強い羽ばたきで垂直に近い角度で急上昇した。眼下の魔人たちがみるみるうちに黒い点へと変わっていく。
「……よし、この高さなら。――【召喚:ナパーム弾】!」
エリが強くイメージを固定すると、虚空から六角形の長さ50cmほどの筒状をした無機質な金属塊がいくつも出現し、重力に従って地上へと吸い込まれていった。
「あの中には何が入っているのだ?」
「……『ナパーム』。一度火がついたら、対象が燃え尽きるまで決して消えない、地獄の油よ」
数秒後。
魔人たちの密集地帯にそれらが着弾した瞬間、世界がオレンジ色に染まった。
ドォォォォォン……!
重い衝撃波が遅れて上空まで届く。
地上には巨大な火の玉がいくつも咲き誇り、粘り気のある炎が奔流となって魔人の群れを飲み込んでいった。
断末魔すら上げる間もなく、魔人たちは生きたまま炭化していく。
(……敵なんだから、仕方ない。これをやらなきゃ、街の人たちが死んでいたんだから)
エリは自分に言い聞かせるように、奥歯を噛み締めた。
だが、抵抗する術を持たない命を一方的に焼き尽くすという行為は、彼女の心を鋭く削っていく。視界が滲み、胸の奥が焼けるように苦しい。
その時だった。
彼女の脳内に、凛とした、それでいて酷く無機質な女の声が響き渡った。
『――素晴らしいわ、エリ。魔人たちを躊躇なく焼き払うその決断力。やはり私が見込んだだけのことはあるわね』
「……女神?」
『ええ。ここまで思い切った「効率的な殺戮」ができる人間はそういないわ。……エリ、貴女は今、また一歩「神」へと近づいたのよ。誇りなさい』
賞賛の言葉。しかし、それはエリにとって何よりも冷酷な侮蔑に聞こえた。
罪悪感に震える心を「神への進化」などという言葉で片付けられた怒りが、悲しみを塗りつぶしていく。
(……神に近づいただって?)
エリは、自称・神の声を真っ向から睨みつけるように、心の中で毒づいた。
「こんな残酷なことが『神の業』だっていうなら……神様なんて、ロクなもんじゃないわよ!」
燃え上がる地上を見下ろしながら、エリは鱗を握る手に一層の力を込めた。




