黒竜の女神、戦場に舞う
神殿の周辺は、阿鼻叫喚の渦に叩き落とされていた。
突如として上空に現れた巨大な黒竜。その圧倒的な質量と威圧感に、人々は死を覚悟して逃げ惑う。しかし、その背に跨る「女神」のような姿のエリを認めると、恐怖は一転して熱狂へと変わった。
「見ろ! 女神様が黒竜を従えておられるぞ!」
「魔物退治に出立されるんだ! お救いくださるんだ!」
その噂は、まさに光速。人々の希望となって街中を駆け巡った。
「ナイトホーク、できるだけ魔界からの回廊に近づいて!」
エリが風を切りながら叫ぶ。相棒となった黒竜は、低く唸るような声で応じた。
「相手も飛び道具を持っているようだ。様子を見ながら接近する。……エリ殿、しっかり掴まっていろよ」
視界の先、空間に開いた歪みから、黒い点が無数に溢れ出していた。その正体は魔獣や魔人の群れ。中には見上げるような巨人の姿も混じっている。
「魔人が何か投げてきたわ! 気をつけて!」
「ふん、小癪な」
巨人が引き抜いた大木のような棍棒を、凄まじい筋力で投擲してくる。しかし、ナイトホークは羽ばたき一つで軌道を逸らした。
「大丈夫、あんなの届かないわよーだ!」
エリは眼下の敵を挑発するように笑う。そして、ふと思いついたようにナイトホークの背で立ち上がった。
「ちょっと、エリ殿!? 何を……」
「いいのよ、下で民衆が見ているんだもの。しがみついているだけじゃ格好がつかないわ。私は『女神』なんだから、ビシッとポーズを決めないと!」
「……落とさぬとは言ったが、無茶は困る。我が鱗をしっかり掴んでおれよ」
「わかってるって。じゃあ、いっけぇー! 黒竜……じゃなかった、ナイトホーク!」
主の号令に合わせ、ナイトホークがその顎を開く。放たれた漆黒のブレスは、概念を焼き尽くす咆哮となって回廊を直撃した。魔界の入り口、その半分が瞬時にして火の海へと変わる。
「……すごい威力。でも、地面に降りた奴らはまだ生きてるわね」
ブレスを逃れた魔人たちが隊列を組み、街の方へと行進を開始していた。街の守備隊が必死に応戦しているが、個々の戦力差は歴然。徐々に押し込まれているのが、空からでもはっきりと見て取れた。
「上空からの視察としては完璧だけど、このままじゃ守備隊が全滅しちゃう。ナイトホーク、味方を巻き込まずに魔人だけを焼き払える?」
「この高さからは難しいな。……ならば、低空をゆっくりと飛ぶ。エリ殿の魔法で薙ぎ払ってはくれぬか」
「了解。魔法……というか、物理で制圧するわ!」
エリは脳内に設計図を思い描く。
【召喚:FN ミニミ軽機関銃】
手の中に現れた重量感のある鋼鉄の塊。エリはそれを構えると、黒竜の背から地上の魔人目掛けて弾丸の雨を降らせた。
激しい発射音と共に薬莢が宙を舞う。しかし、地上の魔人たちは蜂の巣にされながらも、止まることなく進軍を続けていた。
「嘘、反応が鈍いわね……。ねえ、魔人ってアンデッド系なの?」
「アンデッドという言葉は知らぬが、あやつらは生命力が異常だ。死なぬ。足の骨を折るか、完全に焼き尽くすしか手はない」
エリは舌打ちして、機関銃を消去した。
「それなら、出し惜しみなしね。焼夷弾でも落としてやるわ」
エリは戦況を見極め、ナイトホークの首筋を叩いた。
「ナイトホーク、一旦守備隊のすぐ前に降りてちょうだい。私が直接、守備隊に後退するように話すわ」




