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「くそ、マティアス様の息が浅い、このままでは治療魔法団が間に合わない!!」
ヨージョー医師はありったけの白樺の灰をマティアスの背中の傷に塗り込みながら、叫んだ。
マティアスが騎士の手によってこの要塞に運ばれた時、ヨージョーは目の前のその光景を信じる事ができなかった。
コウモリ型魔獣の爪がマティアスの背中を貫通して、胸まで飛び出ていたのだ。
魔獣は騎士達によりその場で葬り去られたが、爪はマティアスの体に突き刺されたままだった。
この魔獣の爪には毒があり、傷から出血が止まらなくなる。
そして一度出血すると、一般的な治療では対応できない。
貴重な光魔法の治癒魔法の使い手が治療魔法で毒を排除して、止血しない限りは血は止まらない厄介な毒なのだ。
ヨージョー医師はせめてもの気休めにと止血の効果がある灰をありったけマティアスの傷に塗り込むが、出血はおさまるどころかひどくなる一方だ。
治療魔法団の到着まであと少なくとも一日はかかる。
この出血量では、治療魔法団の到着は間に合わない。
(・・あと半刻の、お命)
ヨージョーが絶望して、ほとんどマティアスの命を諦めかけた、その時だった。
要塞の建物の門の扉の方から、ザワザワとした声が聞こえてきた。
「あれ・・あの女の子、一体誰だ・・」
「あれ、まさか・・」
「あれ、制服管理室の子じゃないか!!」
「あれが・・例の子なのか、俺はじめて姿を見た」
「めちゃくちゃ可愛いじゃないか・・知らなかった」
(こんな時に、一体何だ)
ヨージョーがざわめきに憮然と振り返ると、そこには茶色いおさげ髪をした、雪のように白い肌の美しい若い娘が無言で立っていた。
「まさか・・ド、ドルマちゃん??」
ヨージョー医師はその娘に見覚えがあった。
一度孤児院に、ドルマのおたふく風邪の診察をしに訪問した事があり、うっすらと顔を知っているのだ。
ドルマは酷い対人恐怖の為、ドルマが寝静まるのを待って診察したのでヨージョー医師はその顔をいまだによく覚えている。
数年ぶりに見る幼い少女だったドルマは、いつのまにか美しく若い娘に成長していた。
ドルマはそのままヨージョー医師と言葉を交わす事なく横に座り込むと、じっと苦しむマティアスの姿を見つめていた。
そして手にしていたカバンを開くと、裁縫道具を取り出した。
「ドルマちゃん、何をするつもり・・」
ヨージョーは、だがドルマのその張り詰めた表情に、次の言葉を飲み込んだ。
ドルマの噂はヨージョーの元にも届いている。
そして、そのドルマが何かを決心して行おうとしているのだ。
ヨージョーは全てを見守る事にした。
ドルマはマティアスの引き裂かれた上着の端を愛おしそうに触れた。
そして針と糸を手に取ると、血だらけのシャツを、一針、一針繕いだした。
繕いをするドルマの手元は柔らかな光でぼんやりと光っている。
光をはらんだ針と糸は、シャツと、そして何か他の大切なものを繕ってゆく。
光はどんどん強くなってゆく。
ドクドクと止まることなく流れ続けていたマティアスの傷口からの血が、少しずつ、少しずつ止まっていく。
(これがメンダーの力・・・なのか)
ヨージョー医師は、目の前で起こっている奇跡をただ、呆然と見つめていた。
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(どうやらこれまでのようだな)
マティアスは朦朧とした意識の中で、そうぼんやりと考えていた。
どうやら血を失い過ぎているらしい。意識が遠くなってゆくのが感じられる。
ヨージョー医師が大声を張り上げながら、止血を試みているのが遠くに聞こえる。
厄介な事に俺はコウモリ型の魔獣に背中を突かれたらしい。
このコウモリの爪にやられたら、治療魔法以外の対処法はない。第一の治療魔法団が到着するのは早くて今日の日暮れだ。
マティアスは覚悟を決めた。
見習いの兵はテムジンという名前だったか、大切な兵の命をかばうことができて本望だ。
この出血量なら、あと半刻で意識がなくなるだろう。
ー最後に、あの怖がりの娘の顔が見たかったな。・・どうか幸せで。
ぼんやりとしたマティアスの視界の中に、うっすらと見知らぬ顔が見えた気がした。
雪のように白い肌をした、おさげ髪の美しい娘だ。
ーなんだ、もう俺の元に天使が舞いおりてきたのか。そうか、もう俺は死ぬのか。
マティアスは目を閉じた。
混濁した意識の中で、だがマティアスは何やら違和感を覚えたのだ。
ーなぜ、この天使が俺の服を繕っているんだろう。ああ、この繕いはまるでドルマの繕いのように優しくて、丁寧で、温かい。
ー優しい指が俺の胸を触っている。ああ、なんて心地よい。ああ、なんて安心する指だ。どうかずっとこのまま、このままで・・
そこで、マティアスの意識は途絶えた。




