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戦局は凄惨を極めた。
たった一日踏ん張れば、他の要塞から応援の援軍が来る。
だが、この一日だけは、国家を揺らがすほどの大スタンピートに第六騎士団だけで立ち向かわなくてはならない。
鍛え上げられた騎士団とはいえ、圧倒的な魔獣の数の暴力を前になすすべもない。
騎士達は次から次へ、倒れていった。
この一年の死傷者がゼロだった第六であったというのに、今やこの場で怪我を負っていない騎士など存在しない。
あちこにちに重症の騎士達が倒れ、うめき声をあげていた。
「くそ、湖からも森からも、次から次へと発生してキリがない!!」
「おら!!! 死にたくなければそこを退け!!!!!」
魔獣に押される騎士団の後ろから、辺境一の騎士との名高いカイルが騎馬で駆け抜け、前に躍り出て大鉈をふるった。
「ギャ!!」
短い断末魔の声と共に、数十の魔獣の首が音もなく空に舞う。
だが、なぎ倒せどなぎ倒せどカイルの目の前には次から次への魔獣が押し寄せて、騎士団はジリジリと要塞の方角に押されて、後退を余儀なくされている。
要塞の向こうには村があり、街がある。
騎士団にどれほどの被害が及ぼうとも、騎士達には撤退など選択肢にすらないのだ。
「皆んな! あともう少しで援軍が来る! それまでは死ぬ気でここを持ちこたえろ、辺境全軍がここに集結する!!死ぬな、もうひと踏ん張りだ!!!)
声の限りにマティアスは騎士団を鼓舞した。
そんなマティアスの顔にも体にも魔獣の返り血を浴びて、銀の髪は赤黒く染まっている。
次から次へと発生する魔獣を相手に獅子奮迅の戦いをみせ、屠った魔獣は幾百となるだろうか。
何時間も何時間も、全軍がただただ目の前の魔獣と戦い続け、屠り続け、戦場となった魔の森の地は血みどろ。騎士達は次々と血溜まりを作って倒れてゆき、魔獣の死骸が黒く山となってゆく。
まさに地獄のような風景だ。
そんな時だ。
「うわああ!! ぼ、牧場が!! 牛が、牛がやられている!!!」
「テムジン!!! 馬鹿野郎、目の前に集中しろ!!!」
魔の森からちらりと見える、崖の下の広い草原はテムジンの実家の牧場だ。
牧場にまで魔獣が押し寄せて、牧場の牛が魔獣の群れに襲われているのが森の木々の隙間から小さく見えたのだ。愛してやまない実家の牧場を襲った惨劇に、戦闘中だったテムジンはおもわず狼狽して、目の前の魔獣から眼を離してしまった。
「危ない!!!」
戦場では一瞬の油断が命取りになる。
崖の下の悲惨な光景に、その場に一瞬眼が釘付けになってしまったテムジンの無防備な背中に向かって、空からコウモリ型の魔獣が襲いかかってきたのだ。
(あ・・殺られる・・!)
テムジンが気をとりなおした時には、もう遅い。コウモリ型の魔獣はもう目の前に迫っていた。
自分がもう手遅れな間合いに残されてしまった事に気がついたテムジンは、ぎゅっと眼をつぶって次にやってくるはずの衝撃と激痛を待った。
だがいつまでたっても痛みは襲ってこない。
(あれ、おかしい・・)
テムジンがゆっくりと眼をあけると、赤く染まった銀色の髪が、ゆっくりと目の前を弧を描いて地面に倒れる瞬間であった。
テムジンが憧れてやまないその広い背中には、先程テムジンの命を狩ろうと襲いかかってきたコウモリ型の魔獣の爪が剣のようにささって、その光る爪は胸まで貫いていた。
「マティアス様!!」
ーーーーーーーーーーーーー
黒い煙がモクモクと魔の森の遠くから上がっている。
赤くちらつく炎の柱に、最前線での戦闘の激しさが伺い知れる。
部屋の窓にしがみついて、震えながらマティアスの無事を祈っていたドルマの耳に、この世で一番残酷な知らせが響き渡った。
騎士の一人が血だらけの男を抱えて要塞の広場に飛び込んできたのだ。
「マティアス様が重症だ! 治療魔法団はまだか!!」
要塞は蜂の子をつついたような大騒ぎだ。
ドルマの耳にも狼狽えた人々の叫び声と、廊下を走る大勢の足音が聞こえる。
「なんてことだ、マティアス様は見習いを庇ってコウモリ型魔獣にやられたそうだ!!」
「くそ、コウモリ型は爪に厄介な毒がある、このままでは内蔵からの血がとまらない!!」
「灰と松脂を! いそげ!ありったけだ! よりによって毒のある爪にやられたとは」
(マティ様!!!!)
ベッドに運ぶ時間すら惜しんで、広場の真ん中で医師達がそのままマティアスの傷に立ち向かっている。
止血の灰すら足りていない。
苦しむマティアスのその真横で、要塞の女達が束になってその場で大きな火を作って、止血の灰を必死でかき集めている。
こんな時に何もできないドルマはただ、窓に向かって祈り続けた。
だが、広場でマティアスの命を戦う医師の、悲痛な叫び声があがる。
「この出血では治療魔法団の到着までは間に合わない!」
「・・せめて、せめて出血だけでもとめられないか、あと半刻でマティアス様は帰らぬ人となるぞ!!!」
「無理だ、この出血を止めるられるのは治療魔法しかない!」
「マティアス様!マティアス様!」
ドルマの目の前が真っ暗になり、ヨロヨロとそのまま後ろの作業机に倒れこんだ。
青い便箋がばさばさと、机から落ちた。
扉の向こうで苦しそうにこちらを見つめていた紺色の瞳が、ドルマの眼裏をかすめる。
(・・・・・)
ドルマは決心した。
ごくりと喉を鳴らして銀色の冷たいドアノブを触った。
(怖い)
(失敗するかもしれない)
(また誰かを傷つけるかもしれない)
どくどくと、ドルマの世界に心臓の音がひびきわたり、息が荒くなる。
目の前が暗くなる。
「マティアス様!! ああ、マティアス様の息が、息が!!神様どうか!!!」
誰かの叫び声が耳に入った。
ドルマは意を決して、ありったけの勇気を振り絞って冷たいノブを回した。
ぎいい、と世界が壊れる鈍い音がして、分厚い扉が開いた。




