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対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士   作者: Moonshine
第六章:大スタンピート

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1


「そうか、お前振られたのか」


珍しい事に真っ青な顔をして、酒の匂いすら漂わせて騎士の訓練にやってきたマティアスの顔を見て、カイルは昨晩何が起こったのかをすぐに察した。

いつも宝物のように大切に着ていた、ドルマの繕いの入ったシャツも着ていない。

シャツは傷一つない新品の、よそよそしいシャツだった。


子供の頃から共に育って、幾多の死線を共にしてきたカイルに隠し立てなどできはしない。

カイルの察しの良さに驚きながらも、マティアスは力なく弱々しく笑って答えた。


「ああ。つらいものだな、失恋というものは」


そう言って体を翻すと、大きく一つ、ため息をついた。

カイルは無言でポンポン、とそんなマティアスの肩を叩いた。


恋多きカイルとは違って、驚くべき事にマティアスは今までに浮いた話は一つもない。

この広い辺境の防衛責任を担うという大勢の命の責任という重責を肩に背負って日々を行きているマティアスは、戯れでも恋の誘いに興味を持つ心の余裕など、なかったのだ。


生まれてこの方、愚直なまでに真摯に己の責務にだけ向き合い続けてきたマティアスは、第6に来てからようやく息を吹き返したように表情に柔らかさが出始めて、ドルマからの小さな手紙一つで一喜一憂するような、年相応の青年のような表情を見せ始めるようになっていた。


(やっと、マティアスがいい笑顔になってきたのにな)


「それで、もうあの子の事はいいのか?」


カイルの残念そうなその言葉に、辛そうにマティアスは答えた。


「ああ、もうこれ以上彼女を追い詰めたくない」


ドルマの有給と傷病休暇が終わったら、魔の森の森番へのドルマからの異動届けを受理する事をマティアスはダンダップから聞いていた。

森番小屋は、魔の森のほど近くにあるため魔獣に遭遇する機会が多い上、随分と人里離れた場所にあるので人に滅多に会うことはない。


とても不人気の仕事だが、今の傷ついたドルマにとってできる唯一の仕事なのだろう。


「・・・そうか」


それ以上は聞いてくれるな。

マティアスの背中はそう言っていた。まだ胸の痛みと戦っているのだろう。

カイルも幾多となく経験のある胸の痛みだ。

何度経験しても、胸が張り裂けるほどに辛いものだが、最初のそれの痛みははひとしおだ。


カイルはそれ以上この話題に触れる事をやめて、マティアスがそうしているように、第6の騎士の訓練を集中して観察する事とした。


「それにしても動きがどうも・・よくないな」


騎士の動きを観察していたマティアスは、不審そうにそう呟いた。

カイルは答えた。


「ああ、お前も気がついたか。ドルマちゃんが休んでから、制服の繕いの担当がいないものだから、みんな少しずつ古いものではなくて、新品の制服を着るようになったんだよ。そこから明らかに調子が悪い。俺もだ。見ろ」


カイルの腕には血の滲んだ包帯が巻かれてあった。

カイルは続けた。


「盾で攻撃を受けた時に、盾の装着が上手くいっていなかったんだ。よくある怪我だけれど、そういえば第6に来てからこの怪我は初めての怪我なんだ。何か大きな事にならないといいが・・」


ーーーーーーーーーーー


「郵便でーす」


要塞内郵便の配達の声がする。

郵便夫のおとずれはドルマを怯えさせたが、同時に喜びを運んでくれるものだった。


今までは。


郵便夫は、ドルマの部屋を素通りて、隣の部屋、また隣の部屋に郵便物を置いていくと、次の階に消えていった。ドルマはその足音が遠くに消えてゆくのを、絶望と共に聞いていた。


あの日から、あの太陽のようにドルマの一日を照らしてくれた、青い手紙はもうドルマの元に来なくなったのだ。

ドルマは、ドルマを思いやる一人の優しい人と、そして世界との唯一のつながりを失くしてしまった。

ドルマの目から、ポタポタと涙がこぼれてくる。


(・・さみしい)


孤独と悲しみに打ちひしがれたドルマは涙を拭いて部屋の隅の作業机に目をやった。

机の上には、マティアスが毎日送ってくれた青い手紙が山となって積まれていた。

青い手紙の山には、うっすらとホコリが積もっていた。

どの手紙も開くのが恐ろしくて、まだ一通も開いていない。


(マティ様)


ドルマは怯えと戦いながら、だが孤独に耐えかねて、そっとその封筒の一つを開けてみた。


「ドルマ、君に会いたいよ。君はどうしているだろう。さみしくないか? 食事はとっているか? 君の声が聞きたい、君のいない第六は明かりの消えた家のようだ。君の声が聞きたい マティ」


(私だって、会いたい。マティアス様に会いたいわ、でも)


ドルマの目から大粒の涙がこぼれた。

滲んだ目の端には、あの日開ける事ができなかった、ドルマのドアの銀のドアノブが鈍く光っていた。


(でも、怖いの)


ドルマはその場に突っ伏して、封筒を抱きしめて泣きじゃくった。


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