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(あんた正気? あんな事があった後だし、繕ってもらって、良いことがあってもこれからは素直に喜べないわよ、後で何か恐ろしいしっぺ返しがくるかもしれないだろ)
(そうだね、ちょっと・・怖いから、今日はやめておくわ)
ひそひそと、要塞のメイド達がエプロンをバスケットに入れるのを逡巡している声が聞こえる。
もうとっぷりと日が暮れた後、夜の時間だ。 メイド達はまさかドルマがまだ制服管理室の部屋にいるなんて、思いもしなかったのだろう。
第六要塞全体の懇親の飲み会があって、今日はメイド達も夜遅くまで駆り出されている。
懇親会に参加しないドルマはいつも通りに寮に帰ってもよかったのだが、いつもこっそりと通りぬける中庭に人がたくさんいたので、怖くてそのまま帰りそびれてしまったのだ。
(やっぱり、恐れられている)
胸がきゅっと締まる思いをしながら、結局バスケットに何もいれずにメイド達が去っていく後ろ姿を扉の隙間から、目で追った。
騎士達はあまり気にしていない様子だが、あの子供の件があってより、あきらかに要塞のメイド達はドルマに繕いを頼まなくなった。
表向きは、騎士の制服管理課のドルマに繕いを頼む事はそもそも違反行為だから、という事にして、ドルマに気遣ってくれている。
(私、ただ誰かの役に立ちたかっただけなのに)
もう、自分にできるたった一つの事ですら、信用してもらえなくなった。
ドルマの目から、涙がぽろりとこぼれた。
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【ごめんなさい、しばらく制服管理室の仕事をお休みさせてください】
騎士の制服管理室も、騎士団長であるダンダップの管轄だ。
ドルマからの一通の短い手紙を送った後、ダンダップは人気の少ないドルマの制服管理室をわざわざ訪ねてくれた。
「ドルマ、手紙を読んだよ。休むのはいいけれど・・一体どうしたんだ、最近少し様子がおかしいぞ」
【ごめんなさい。前に高熱を出してから、針を持つと目が回るようになってしまったんです。ダンダップ隊長、お願いがあります。少し休んでも私が元に戻らなかったら、制服管理課には私の代わりの人を探してもらえませんか】
ドルマには対人恐怖がある。
人と会わなくても仕事ができる、この制服管理室の仕事を休みたい。
もし戻れなければ他の人を探してほしいというのは、相当の覚悟があってのことだ。
ダンダップは心配になった。
「ドルマ、一体全体どうしたというんだ。君は繕いの仕事が天職だと言っていたのに」
【本当にごめんなさい。私全部が悪いんです】
ドルマはあの夜の出来事があってから、もう繕い物が一切できなくなってしまった。
正しくは、針が持てなくなってしまったのだ。
針を持つと、動悸がとまらなくなる。運針をすると、すぐに針が進まなくなる。
きっかけはその夜のメイドの立ち話を聞いてしまった事だ。
だが、そこにいたるまでにおそらくはドルマの心は限界を迎えていたのだろう。
そこらかしこらで人々が噂する、ドルマの噂が対人恐怖のドルマの耳にまで届く事はない。
だが、人々が扉に向かって送る目線、纏う空気、それら全てがドルマの柔らかい心にに向かって突き刺してくるような、そんな気がした。
「お前は信用できない」と。
しばらくの休職の申し出が認められると、ドルマはそのまま寮の部屋に引きこもった。
孤児院育ちで、対人恐怖症のドルマに行く場所などない。訪ねる友人もいない。お金もない。
ドルマに出来ることは、たった一つ、ただ息をひそめてじっと寮の部屋の片隅で、心に襲いかかってくる恐怖に耐える事だけだ。
何を耐えているのか。何から隠れているのか。何を恐れているのか。
ドルマにだってわかりはしない。
ただ一つ、知っている事がある。
扉の向こうは恐ろしい世界で、ドルマがこの世で生きていける場所は、厚い扉の向こうにはないという事だ。
扉の内側で、ドルマにもまた朝が来て、そして昼がきて、夜がくる。
ドルマはただ、昼も夜もなく、一人で得体の知れない恐怖にふるえて、人の気配におびえ、部屋の隅でじっとしているだけの毎日を送っていた。
「郵便でーす」
(怖い)
要塞内の郵便の宅配をつげる、郵便夫の声にぶるぶると震えた。
だが、郵便夫は同時に一日で一番嬉しい時間を運んでもくれる。
青い封筒が、扉の向こうから差し入れられたのだ。
青い封筒の到来は一瞬だけ、ドルマの心を温めてくれると、そして今度はドルマはその封筒が怖くなって、部屋の隅にかくれて震えて泣いた。
(期待を裏切ってしまった。よかれと思って善意で繕ったのに。また誰かを怖がらせた。誰かを不幸にした。もう繕うのが辛い。マティ様に嫌われたくない。怖がられたくない。さみしい。つらい)
ドルマはもう、この世の何もかもが恐ろしいのだ。
優しいマティアスからの封筒ですらドルマは開封するのが恐ろしく、ドルマは、封筒を開ける事すらできない。
怖い。一人で苦しい悲しい。
今日もドルマの元に青い封筒は届いていた。
ドルマが寮に引きこもってから、毎日毎日欠かすことなく、青い封筒はドルマの元に届いていた。
ドルマの机の上に、一通、また一通と青い封筒が折り重なってゆく。
いつの間にか空には青い月がでていた。夜になっていたのだ。見上げた月は滲んでいた。
ドルマは自分でも久しぶりに聞く声で、ひっそりと絶望を呟いた。
「私、これから一体どうしたらいいの」




