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対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士   作者: Moonshine
第4章:遠雷

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19/27


ドルマは寮の部屋で、一人で熱にうなされていた。

酷い高熱はおさまらず、もう一週間もベッドの中の住人だった。


メイド長が心配して医者を呼ぼうとしたのだが、ドルマは丁寧に断った。

たとえ医者といえど、ドルマは人と会うのは恐ろしいのだ。


熱で意識の朦朧としている寮のドルマの窓から、峠のお葬式の黒い葬列の風景が見える。

葬列の先頭には、この世の終わりのように、苦しみ嘆き悲しむ苦悶の表情の母の姿がはっきりと目に写った。

今日は子供の葬儀だ。とても小さな棺桶に胸が痛む。


ドルマは朦朧とした意識の苦しみの中で、一人ぼっちの部屋で声を押し殺して泣いた。


(私はなんて、残酷な事をしてしまったの。 私がした事は、ぬか喜びさせてあの親子の苦しみに塩を塗るだけの行為だったわ。私なら、糸をつなげば人の運命をなんとか出来るかもしれないと過信したから、あの親子は余計に苦しむ事になってしまったわ。人間が人間の運命を変えることなんて、できるはずがないのに)


 ドルマに繕われた寝間着を身に着けた子供が、奇跡的に元気を取り戻した事は、繕い物を持ってきた騎士の妻の手紙から知っていた。

 どれほど母親が喜んでいたか、どれほど元気になった子供が可愛い笑顔を見せたのか。

熱にうなされながらも、メイド長が部屋まで届けてくれたその深い感謝の手紙を読んで、ドルマは傲慢にも自分の力は哀れな親子の運命を救えたと、そう満足していたのだ。

 そんなすぐ後の、突然の子供の旅立ち、そして葬儀。


(なんて事を私はしてしまったのかしら)


ドルマが運命を曲げてしまったから、子供の命を助けられなかったどころか、命は、予定されていたその時間よりも短いものとなってしまったのかもしれない。

子供の命はあと一月だと言われていた。

だが、この葬儀が行われたのは、繕った寝間着を手渡してからたった一週間後の出来事だった。


絶望の中、高い熱の苦しみに一人で耐えていドルマは、いつの間にか眠っていたらしい。


ドルマは夢をみていた。


 夢の中では、ドルマが繕った子供の寝間着に刺繍されていた赤い刺繍のうさぎが小さな子どもと話しをしていた。


うさぎは言った。

「残念だったね。君の時間はもうおしまいだ。折角元気になったら、一緒にタンポポを摘みに行けると思ったのに。一緒に森に遊びに行けると思ったのに」


子供は言った。

「そうだね。最初からそう決まっていたからね。残念だけれど、君とはもう遊べないよ」


うさぎはぴょん、と飛ぶと言った。

「君は怒っていないのかい? あのメンダーは、君を結局助けられないのに、君の時間を曲げようとした。君のママはあんなに喜んでいたのに、結局君を失う事になって、もっと悲しい思いをしている」


悲しみにくれる子供の母の姿がゆらりと映った。

子供は一つ、ポロリ、と涙を落とした。


そしてうさぎに向かって言った。

「仕方がないよ。だって、これは最初から決まってきた事だもの。でも、僕は最後に大好きな牛乳が飲めて、それから最後にお母さんに大好きだって、そう伝えられた。僕は悲しけれど、満足しているんだ」


うさぎは言った

「そう。君がそう思うなら僕も満足だ。残念だけどもうお別れの時間がやってきたようだ。君は行かないといけない。君に出会えてよかったよ。またいつか、一緒に遊ぼう」


「うん。僕のたった一人の友達でいてくれてありがとう。またいつか、どこかで出会えるといいね」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


葬儀が終わって参列者が帰った後、騎士の妻は子供の母を訪ねていた。


「本当に、本当にごめんよ、私がいらない事をして、繕い物をお願いしたものだから、お前さんたち親子の最後の大切な時間を奪ってしまったのかもしれない。私はせめて何か、お前さん達の慰めになりたいと思っただけなんだ、どうか許しておくれ・・」


おいおいと泣きじゃくる騎士の妻に、涙も枯れ果てていっそ白い顔の子供の母は言った。


「おばさん、そんな訳ないわ。私の坊やが旅立ってしまったのは神様の思し召しだもの。私の坊やの寝間着を腕の良い繕いの女の子に繕いをしてもらったから、それが原因で急に坊やが元気になって、急に坊やが神様の元に行ってしまっただなんて。そんなおかしな事がある訳はないわ」


「・・いや、私のせいだ。あの寝間着の繕い物をしてくれた制服管理室の娘はメンダーではないかって、最近ではそう言われはじめているんだよ。あの子が繕うと運が少しよくなるけれど、運命が歪むって。私はそんな事はちっとも知らなくて」


涙を滝のように流して泣いている騎士の妻に、白い顔をした子供の母は静かに答えた。


「おばさん、泣かないで。もしその娘が本当にメンダーで、その力であの子運命が曲がって、坊やが急に元気になって、坊やが元気をとりもどした代償で命が短くなってしまったのだとしても、後悔はしないわ。

最後にあの子の病気の苦しみから楽にしてもらったんだもの。私は感謝しているわ」


騎士の妻はその思いがけない言葉におどろいて顔を上げた。

子供の母は、微笑んでいた。


「最後にあの子は、私に笑顔をみせてくれたもの。ママを愛しているって、そう伝えてくれたもの。私も、世界で一番坊やの事を愛しているって、伝える事ができたもの。

 坊やを失った悲しみは決して消える事はないけれど、私はあの子の最後の笑顔と言葉を思い出してこれからの人生を生きていく事ができるわ。ねえ、だからおばさん、もう泣かないで」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


遠くで雷が鳴っている。

黒い空に稲光が遠くに光る。もうすぐ嵐がやってくるのだろう。


マティアスは静かに執務室の窓を閉めた。


スタンピートの1件から、ドルマを取り巻く、まことしやかな噂は日々少しずつ少しずつ大きくなってきている。

灰色の霧のような、言葉にできないような不穏な空気が、制服管理室の分厚い扉の向こうをを少しずつ囲みはじめていた。


ここ一週間ほどドルマに会えていない。

また高熱を出して倒れて、寮の部屋で休んでいるという。医者すらも部屋に入る事ができず、辛うじて薬を差し入れているだけだ、とメイド長が嘆いていた。


そして、ドルマが高熱で倒れた時を同じくして報告された、カイルからの子供の寝間着の繕いの情報。

先日の近隣の住人の子供の葬儀でまことしやかに広まっていた、メンダーという存在の噂。


マティアスの執務室の机には、ドルマの噂に関する情報の報告書が山と積まれている。


報告書には、どれもこれも取るに足らないようなバカバカしい噂ばかりが羅列されていた。

だが、このバカバカしい噂のどれか一つにでも、真実の欠片が混じっているとしたら。


点がつながり、線となってゆく。


(ドルマ・・今君は一人で、一体何を思うのだろう)


張り裂けそうな胸を押さえて、マティアスはドルマと交わした手紙を読み返してみた。


「誰かの役に立てて嬉しい」

「私、人が怖いけれど、みんなに喜んでもらえて嬉しいんです」

「マティ様の為にがんばりますね!」


(人が怖い。それなのに、君の手紙には誰かの役に立ちたいと、そればかりだ)


マティアスは机の上に積まれた、ドルマに関する報告書の山を薙ぎ払った。


(あの子はただ、静かに暮らして誰かの役に立ちたいだけだというのに・・)


スズランの花一つで、チョコレートの箱一つで、扉の向こうで、部屋を走り回って喜ぶドルマの見えない姿が浮かんでくる。


(ドルマ、君に直接会いたい。手紙だけでは、もう満足できない)


穏やかで単調な第6の日々が、終わりに近づいている事にマティアスは気がついていた。




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