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その日ドルマはバスケットの中に見慣れない物を見つけた。
知らない子供用の寝間着と一緒に、可愛らしいお菓子と、とても切羽詰まった見知らぬ女からの手紙が入っていたのだ
曰く、見知らぬ女からの突然の不躾な手紙を許してほしい、ドルマの繕いは少しだけ物事が良くなる力があるという噂を頼って、病に苦しむ子供の寝間着を繕ってほしいと願って、騎士団の夫に寝巻きを託して、ドルマに手紙を書いている。
子供はあとひと月の命だと言われているそうだ。せめて苦しみが安らかになるように、どんな小さな事でも良い、気休めでも良い。あのかわいそうな子供と母親のために、繕いをしてやってくれないか。
切実な思いの丈が綴られた手紙だった。
ドルマは見窄らしい小さな寝間着を手に取って、しげしげと見つめた。
(こんな小さな子供が、もう神様の元に召されようとしているだなんて)
ドルマの手に取った小さな寝間着の破れた場所から、ぼんやりと、弱々しく、切れかけて絡まった光の糸が手を伸ばしているのがみえる。
どの繕いものをするときも、ドルマにはこのぼんやりとした光の糸が見えるのだ。
この光の糸は、服の持ち主と柔らかに繋がっている。
普段はこの繕い物から見える光の糸が、ほつれていたり切れていたりすると、ドルマは針と糸で、繕いと一緒にほどいて縫い止めてる。
光の糸が繋がると、どうやら光の主の様子が良くなるらしい事は、実はドルマは随分昔から知っていた。
ドルマが繕い物に使うのは普通の針と糸だ。
それでも布と一緒に光を繕うと、一緒に見えていた光の糸はほんの少し、繋がりを取り戻す。
ドルマが意志を持って、力を込めて繕いをすると、光の糸は強く繋がって、まるで命を取り戻したように輝き出す。
ドルマは前に、意志を持って、力を込めて光の糸を繋いだ時の事を思いだした。
あれはスタンピートの前にやってきた、若い3人組の騎士の制服だった。
マティに第6の繕い物への丁寧なお礼を言われてつい嬉しくなって、いつもより力を込めて繕いをしたのだ。
ドルマの繕いによって、騎士達の制服から見えていたほつれていた光の糸は元に戻り、切れかけていた糸はつながり、光は輝きを取り戻した。
だが、ドルマはその後ひどい高熱がでた事を思い出した。
目の前の寝間着にドルマは目をやった。
本当に小さい。
この寝間着の持ち主は、まだ幼児の域を脱していないのだろう。
母親はよほどこの子供を愛しているらしい。
粗末な寝巻きには、子供が喜ぶようにと、赤い糸で不恰好な小さなウサギの刺繍が幾つも施されてあった。
(もうしない、とマティ様と約束したけれど・・一回だけなら)
ドルマは針を握った。
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その日、隣人に預けていた子供の寝間着が返ってきた。
何でもとても繕いの上手な娘が騎士団の制服管理課にいるらしく、頼んでくれるとそう隣人が言ってくれたのだ。
返ってきた寝間着は実に綺麗に繕いがされていて、惚れ惚れするような美しい仕上がりだった。
繕いを施してくれたのは親切な娘らしく、寝間着の着心地が悪くならないように、繕った場所の細かい所の糸処理も上手にされている。
優しさの感じる見事な針仕事に、子供の母親は少しだけ温かい気持ちになって、苦しそうに咳き込む子供の寝間着を変えてやった。
その夜の事だ。
急に夜中に生死の境で苦しんでいたはずの子供がベッドから起き出してきたのだ。
今日は少し、子供の咳が落ち着いていた事は気がついていた。
だが、目の前に起こっている奇跡に母親は夢を見ているのかと、何度も何度も目をこすった。
「ママ・・・苦しくない。僕もう大丈夫みたいだ」
子供は、青い顔をしてはいたが、大きな目には光が満ちていた。そして、母親に向かってにっこりと笑ったのだ。
もう一年も見ていない愛おしい子供の笑顔に、母親は狂気乱舞した。
「ああ、坊や!!! 神様、奇跡だ! 奇跡だ! 奇跡が起こった!!」
強く子供を抱きしめて泣きじゃくる母親に、子供は言った。
「ママ。僕喉が渇いたよ。牛乳が飲みたいな」
子供の願いに、喜び勇んだ母親は、そのまま夜中だというのに、麓の牧場まで走って飛んで行って、谷中に響き渡るほど大きな音で牧場主の玄関のドアを叩いた。
「牛乳を!! 今すぐ牛乳を分けておくれ!! 私の可愛い坊やが元気になったのよ!!」
狂ったように牛乳をかかえて家に走る女に、村は大騒ぎだ。
家の中には苦しみにもがいていたはずの坊やが、可愛い笑顔をみせて牛乳を飲んでいるのだ。
母親はただ、喜びの涙を流しつづけていた。
「あとひと月の命だと言われていたのに、奇跡が起こった」
「だがそんな事ってあり得るのだろうか」
「あの寝間着を着せたら、急に元気になったそうだ。例の制服管理課の女の子が繕ったらしい」
二人の幸せな親子を眺めながら、近所の人々は喜びながらも、少し不穏な空気でそう話していた。
母親は愛する我が子の元気な姿に、喜びで何も聞こえていない。
「私の坊や!可愛い坊や!ああ、愛しているわ私の坊や。もうママの側から離れないで」
「僕もママの事を愛しているよ」
病気によって失われた親子の時間を取り戻すように、二人は固く抱きしめ合って、喜びを噛み締めていた。
だが、それからたった一週間後。
子供の容態は急変して、そのまま帰らぬ国の住人となった。
元気になった子供の為に、喜んだ女が家にありったけの材料を使って祝いのケーキを焼いていた最中だ。
幸運な事に、女がありったけの材料を使って焼いたケーキは、無駄になる事はなかった。
そのまま子供の葬儀に参列した客に振る舞われたのだ。




