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【マティ様、お帰りなさい。つい昨日、魔の森でスタンピートが発生と聞きました。マティ様は遭遇しましたか、お怪我はありませんでしたか?】
マティアスが人気のない廊下で、いつもの大きな制服管理課の扉をノックすると、待ちかねたとばかりに白い紙が差し出された。
小さな紙を手に取ったマティアスの顔に、自然と柔らかい笑顔が浮かんでくる。
「ただいま、ドルマちゃん。心配してくれてありがとう。第六のスタンピートには鉢合わせたけど、すぐに収まったよ。私に怪我はないよ」
【マティ様にお怪我がなくて安心しました、本当によかったです。でもマティ様がいなくてとてもさみしかった。久しぶりの第1はどうでしたか?】
扉の向こうから綴られる文字は元気がなく、小さくなっている。
マティアスはおもわず微笑んだ。
「ははは、嬉しい事を言ってくれるねドルマちゃん。久しぶりに帰った第1かい? 相変わらず母上が、ちゃんと食べているか、きちんと寝ているか、とうるさくて叶わなかったよ。 そうだ、今日は第1から良いものを持ってきたんだ」
マティアスは笑って、薄い箱を扉の下にすべらせた。紫のリボンのかけられたそれは、第1で有名なチョコレート屋の季節限定のチョコレートの箱だ。
「開けてご覧。君へのお土産だ」
シュルリ、とサテンのリボンがほどける音が扉の向こうからする。
カタリ、と何かが落ちた音がして、勢いよく白い紙が滑り出してきた。
【まあ! こんな良いものをいただいていいのですか? 本当に嬉しいです】
そして今度は小さなパタパタという足音が聞こえる。
きっと部屋の中で喜んで走り回ってはしゃいでいるのだろう。
マティアスの、さきほどまで張り詰めていた心が、ゆっくり、ゆっくりと緩んでゆく。
「いつものお礼だよ。所で君は私のいない間はどうして過ごしていたんだ? なにか新しい事はあったかい?」
【特には何もなかったです。いつもと同じ毎日で、そうそう、昨日窓辺においてある苺の花が咲きました。白くて可愛いので、苺になるのが楽しみなような、花が枯れてしまうのが惜しいような気持ちです。
そうだ、後は珍しく、私、少し熱を出して仕事を休んでいたんです。でももう平気です】
「・・・熱をだすだなんて、一体どうしたの?」
マティアスの声が少しこわばった事に、ドルマは気が付かない。
【ええ、この間マティ様がお越しになってからすぐに、第6の騎士3人組からボロボロの制服の繕いの依頼がやってきたんです。あまりボロボロだったので、仕上げるのになんと1週間もかかってしまいました。終わった頃にはヘトヘトになっていて、珍しい事に熱がでてしまいました】
「・・へえ。熱まででるほど大変だっただなんて。 ドルマちゃんは何か、その制服の繕いに、特別な事をしたのかい?」
意図的にのんびりとそう問いかけたマティアスの喉がごくり、と鳴り、指先が少し震えた。
この質問は、確信に迫る質問なのだ。
【いいえ、特には。でも前にマティ様に、第六騎士団の繕いのお礼をいわれてしまったので、とても嬉しくていつもよりも張り切ってしまって。 第六の皆にもっともっと役に立ちたいと思って、いつもより随分と力を込めて繕いをしました】
「いつもより、力を込めて? どうやって? それは針をぎゅっと握るのかい?」
【ええと、そうではなくて、力を込めてというより、一針一針に、強く思いを込めるといいますか。 この繕いを纏う人が、怪我のないように、魔獣から逃げられるように、そうやって一針一針に強く願いを込めて繕ったんです」
「・・・そうか」
【あ、でも気合を入れすぎて繕って、熱をだしてからは、もうこの前のように強く繕うのはやめにしました。本当にくたびれたんです】
マティアスは思わず、厚い扉にすがりついて、懇願した。
「・・ドルマちゃん、頼む、約束してくれ、もうそんな事はしないと。 君の繕いはそのままで十分だ。部屋で一人の君に熱を出されてしまっては、私はもう、生きた心地がしなくなる」
【大袈裟ですね、私は大丈夫です。そんなに心配しなくても】
「ダメだドルマちゃん。頼む。頼むから、約束してくれ、二度と私を心配させないでくれ」
「そこまでおっしゃるのでしたら、約束します。でも、本当に大丈夫なんですよ」
マティアスは悲痛な顔をして、ぎゅっと唇を噛んだ。
(まちがいない。ドルマが原因だ。だが一体、なぜ。どうやって)
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その頃。 麓の村で。
「先生、そんな・・それではあの子はもう・・助からないのですね」
医師は沈痛な面持ちで、ゆっくりと頷いた。
「持って・・あと一月でしょう」
寝台の上には、熱にうなされて苦しみの中にいる小さな男の子がいた。
意識は朦朧として、母の呼びかけにも答えられないでいる様子だ。
子供の母は、そんな子供のベッドにすがりついてわっと泣き出した。
「そんな!! 先生、なんとかならないのですか、せめて、あの苦しそうな息だけでも、なんとか」
母の嗚咽が響く。
そんな女を、近所の大人たちが家の外から沈鬱な面持ちで見つめていた。
この男の子は生まれた時から今までずっと、長く患ってきたのだ。
もうじき神様の遣いが来る。人々はこの過酷な運命を前にした母子の為にしてやれる事などなにもなかった。
そんな母子の家の隣に、第6騎士団の騎士を勤める男が住んでいた。
スタンピートがあった今日、少し戦闘で足を怪我をして、今日は早くに家に帰宅していた。
男の妻は居間で包帯を変える男を手伝いながら、溢れてくる涙を抑える事ができない。
「あんた、怪我はそれだけで、本当に良かった。今回は魔の森のスタンピートだと聞いたから、どんな酷い怪我をして帰って来るのかと私は心配で心配で」
数十年前のスタンピートで、この女は同じく騎士だった父親を亡くしているのだ。
涙を浮かべた妻を安心させるように、ぽんぽんと頭を撫でると男は言った。
「ああ、母ちゃん泣くな。俺はあの噂の娘の繕った制服を着ていったから、大丈夫だった」
「お前さんが言っていた、あの制服管理課の、対人恐怖の女の子の繕った制服のやつかい?」
「そう、その子のやつだ。今日は俺の他にも怪我したやつは大勢いたけれど、どいういう理由だか大怪我になったヤツはいないんだよな。ありがたいけれど、あの娘の繕った服をきていると、なんだか自然の理に反しているというか、運命が歪んで幸運になるような気がして、ちょっと不気味な気持ちになるんだ」
男は包帯を変えながら、今日の不思議な出来事を思い出していた。
最前線の三人が三人とも少し幸運であった為に誰も怪我せず無事に逃げおおせて、だが結果スタンピートの戦況が悪化したという前代未聞の出来事だ。
そんな不思議な経験は、20年も騎士をつとめているこの男も初めての事だった。
男の話しを聞いて、少し考えていた女は言った。
「・・あんた、聞いただろう、お隣のチビの病気の話し。もうお医者様によると、あの子には余命がいくばくかも残っていないそうなんだ。あんた、どうにかその娘にたのんで、チビを助けてもらえる事はできないだろうか。」
男は言った。
「おいおい、命のロウソクの長さは、神様に与えられた生まれ持ったものだ。誰にも長さは変えられない。もしそんな運命に逆らう事ができるとすれば、それはメンダーくらいだ」
女は食い下がった。
「父ちゃん、そんな事はわかってるさ。でもあのチビはまだあんなに小さくて、あんなに苦しんでるんだ」
お願いだよ、その娘に、なんとか助けてくれと、お願いしてくれないか。私はあんなに泣いている母子の為に出来ることがあれば、なんでもしてやりたいんだよ」




