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「それで、スタンピートの被害は想定よりも大幅に拡大した、という事か」
「・・はい。最前線の三人があの日妙に運が良くて、全員魔獣から逃げおおせてしまって足止めにならなかったのです。マティアス様とカイル様があの日早くに第6にお戻りになっていなければ、大惨事となっていた事でしょう」
騎士の報告に、マティアスは難しい顔をしていた。
前回第六で発生したスタンピートの報告だ。
作戦ミスによって、魔獣の群れに、第六騎士団の中央の守りを正面突破されてしまったのだ。
騎士団の防衛を抜けて、第六要塞にまっしぐらに向かう魔獣の群れは、第6に丁度戻ってきた所だったマティアスとカイルが加勢して挟み撃ちにしたことで、スタンピートは見事に平定されて事なきを得た。
だがスタンピートにより、相当の怪我人が発生してしまったのだ。
幸いにも誰も大怪我には至っていないが、この作戦は、最小限の犠牲で最大の効果を得る、完璧な作戦だったはずだ。
だというのに「少しの幸運」、という予想にもつかなかった事態で完璧なはずの作戦がいとも簡単に崩れてしまって、団長であるダンダップをはじめ、第6騎士団は衝撃を隠しきれないでいる。
いつも和やかな第6騎士団に、沈黙が広がった。
暗い顔をした第6の中でも、ことさら暗い顔をした男が一人で窓辺でため息をついているのが目に写った。
マティアスはそっと後ろから近づいて言って声を掛けた。
「ルイ」
ぼんやりとした顔で振り返ったルイは、声をかけてきた相手がこの辺境で最も高貴な男である事に気がついて、ぎょっとして飛び跳ねるように体裁を整えて、直角の挨拶をした。
「こ、これはマティアス次期辺境伯・・この度は無事の第6への帰還をお喜び申し上げます。そして・・お留守の間、俺達で第6を守りきれずに申し訳ありませんでした」
ルイの悲壮な顔は、いまにも泣き出しそうな顔だった。
最前線からあの3人は魔獣の群れにおびえて逃げ出したのかもしれない、など不名誉な噂が立って、3人は騎士団で今針の筵の状態にいるらしい。
「ルイ、お前達が無事でなによりだ。詳しい話しは聞かせてもらったよ。この報告内容に相違はないね?」
マティアスは3人から提出された報告書を手に、そう優しくルイに聞いた。
「はい・・・相違ありません。俺達の運がいつもよりすこしずつ良かったんです。断じて敵に臆して逃げたのではありません。ですが結果的に、作戦が崩れて、結局怪我人が増えてしまったんです。
あの時一体俺達はどうすればよかったのか、未だに正解が分かりません。本当に申し訳ありませんでした」
マティアスは涙を堪えて肩を震わせているルイに、ぽんぽんと触れると聞いた。
「お前達が敵前逃亡したのでは無いことは、知っているよ。あんなに盾が湾曲するまで戦って、あんなに鳥小屋の屋根が凹む高さから落とされて、あの流れの早い川をここまで泳ぎ着いたお前達だ。
それより私が聞きたいのは他の事だ。あの日の見回りの前に何か、お前達3人はいつもと違う事はしなかったか? いつもより多めに酒を飲んだとか、いつも会わない娘と会ってきたとか、シャワーを二回浴びたとか。そういう小さな事でもいい」
どうやらマティアスはルイを敵前逃亡者として責める為に話しかけたのではなく、一体今回の作戦の崩れが何が原因であったのかを調べる為に話しかけたという事がルイに伝わった様子だ。
ほっとした表情をうかべて、次はうーん、と考えはじめた。
「3人とも同じ事といえば・・・そういえば、あの日一週間前に制服管理室のドルマちゃんにお願いしていたシャツやジャケットの繕い物が返ってきたので、3人とも繕いたてのそれを着ていました。
それが、いつもにもまして良く繕いされていたというか、気合が入っていたというか・・上手くいえないのですが、着るだけで力がみなぎるようで、不思議な感触でした。
俺達の繕い物の後ドルマちゃんが3日も熱を出して珍しく寝込んでいたと聞いたので、いつもと違う事といえばそれくらいです」
マティアスの眉が、ドルマの名を聞いてピクリと動いた。
「そうか。ルイ、ありがとう。お前達が勇気を出し惜しんで前線を逃げたという不名誉は私が責任を持って挽回しよう。ともかく怪我がなくてよかった」




