2-7 リュシールの表情
黒い長髪を薄紫色のリボンで綺麗に一つに束ね、キリッとした精悍な顔つきの青年は攻略対象の一人であるリュシールである。
騎士団長を代々務める名門ワステリア公爵家の長男であり、この貴族学園の生徒会において副生徒会長を務める存在だ。
乙女ゲームファンからは『真面目と誠実が服着て歩いてる』と言われるほど騎士道を体現したような性格で、その誠実さは乙女ゲーム終了時にヒロインと婚約者になるまで手を繋ぐ以上のスキンシップを行わないほどである。
それほどまでの誠実さ故に一部のファンからは『糖度低くてつまらない』など言われて人気の高いキャラクターではなかったが、前世のベルローズが一番好きだった攻略対象はこのリュシール・ワステリアだった。
「リュシール様、予算書の件なんとかなりそうです」
「ほんとうか?」
「はい、リアが今コピーを持ってきてくれています」
「そうか、よかった」
デリックの言葉にほっと息をついたリュシールはちょこんとソファに座っているベルローズに目を向ける。
恋愛感情はないものの、前世でお気に入りだったキャラクターである彼に視線を向けられたベルローズは慌てて立ち上がった。
「君は確かリアの友だちだったか? 一緒にいるのを何度か見かけたことがある」
「あぁ、ベルローズ・フェルメナース嬢だ。レインの妹でもある。このあとリアと予定があるようだからここで待ってもらっているんだ」
ベルローズが挨拶をしようと口を開く前に、リュシールと王太子が会話を始めたのでベルローズは挨拶をする機会を失って内心オロオロとしてしまう。
しかしそんな気持ちを微塵も外には出さず、ベルローズは微笑んだままカーテシーをしてソファに座り直した。
「ベルローズは可愛いでしょう? 私の義妹になるんですよ」
「そうか、レインの妹となればゆくゆくそうなるのか」
ふふんと笑いながらベルローズを自慢するリオネにリュシールはどこかズレた回答をしながらじーっとベルローズを見据える。
「今何年生なんだ?」
「1年生です」
「……驚いた、リアと仲が良いからてっきり同学年なのかと」
リュシールが発した質問にベルローズがこたえると、少しだけ目を見開いてリュシールは言う。
その間もリオネは他の生徒会役員に「ね、ベルローズ可愛いでしょう?」と謎の自慢をして回っているので、ベルローズは少し気恥ずかしさを覚えるのだった。
***
「ごめんおまたせ!」
バンッ! と生徒会室の扉を開いてリアが入ってくる。
彼女の脇には分厚い資料が挟まれている。
「リア、ほんとうにすまない。わざわざありがとう」
「ほんとですよ、アレクシス先輩。今度から気をつけてくださいね」
王太子である生徒会長相手でも臆することなく、ぎろっと睨みつけたリアはベルローズが座るソファに視線を移し、近くに立つリュシールに気がついた。
「あれ、リュシール先輩もいたんですか。私と同じで今日休みだったはずですよね?」
「…………緊急のことだったからな……」
「アレクシス先輩! ほんとうにリュシール先輩のこと、こき使いすぎです! 休ませてあげてください!」
王太子の言葉に『信じられない』といったように声を上げたリアにリュシールが慌てたように弁明する。
「いや、私が手伝うと言ったんだ。あまりアレクシスに怒らないでやってくれ」
「リュシール先輩……そんな優しいこと言ってたらいつか過労死させられますよ、この人に」
「別にそんなことはしない」
「信じられませんよ。私が生徒会に入ったときのリュシール先輩のほんとうに疲れ切っている姿、忘れてませんからね?」
「「…………」」
リアの激しい反論に、王太子もリュシールもぐうの音も出ないようだ。
二人揃って気まずそうな顔をして、ふんっ! と怒るリアから目を逸らした。
(生徒会でのリアの立場ってすごい強いのね……)
生徒会長、副会長を揃って叱るリアにベルローズは驚きながら感心する。周りの生徒会役員は慣れきったことのように事態を見守っているのでよくあることなのだろう。
「まあまあ、リア。そこら辺にしてあげて、今日はベルローズと用があるのでしょう?」
「あ、そうでした! ベルローズ、ほんとうにおまたせ! 行こっか!」
リオネになだめられたリアはパァッと顔を輝かせてベルローズの手を取った。
リアにグイグイと引かれるがままベルローズは生徒会室の扉まで歩き、くるっと振り返る。
「紅茶、ありがとうございました。それではごきげんよう」
「リュシール先輩、ちゃんと休んでくださいね? それじゃぁ、また明日!」
リアと共に生徒会の面々に挨拶をしたベルローズは、リアに腕を取られたまま部屋の外に出る。
リアよりも後に生徒会室を出たことで、彼女よりも扉に近かったベルローズはドアノブに手をかけて扉を静かに閉めた。
(……あれ?)
扉を閉めるときにちらりと見えたリュシールの表情にベルローズは違和感を覚える。
嬉しそうでいて、どこか切なげに扉のほうを見ていたリュシールはベルローズの視線に気づいて、焦ったように顔をそらした。
そのままカチャリという小さな音をたてて閉まった扉の前でベルローズは呆然と立ち尽くす。
(あの表情、もしかしてリュシール様って……)
ぼーっとリュシールの表情について考えていたベルローズは、先に歩き始めていたリアの「ベルローズ、どうしたのー?」という言葉で我に返り、慌ててリアを追いかけたのだった。
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