2-6 攻略対象
リアと話をした日から3ヶ月が経った。
リアと話した日の放課後はベルローズへの執着を全開にしていたルシウスだが、翌日からなにもなかったかのようにケロッとしていたのでベルローズは大変拍子抜けした。
それから現在まで、ベルローズは平々凡々とした日常を送っている。
4ヶ月に一度行われる定期テストをようやく乗り越えたベルローズは教室を出て、フェルメナース邸にさっさと帰ることにする。
「あ、いた! ベルローズ!」
教室を出て廊下を歩いていると、後ろから明るい声が響く。
ベルローズがくるりと振り返ると、リアがベルローズのほうへ向かってきていた。
3ヶ月前。ルシウスはリアとベルローズが親しくなることに嫌そうな顔をしたが、レインに「友人をつくることも大事だろう」と言われると強く出れず、ものすごく嫌そうな顔でリアが昼食を共にすることを許可していた。
ちなみにリオネはぼそっと「なんでヴェリアンデ侯爵令息の許可が必要なのかしら」と呆れたように呟いていた。
「リア。どうしたの?」
ベルローズはパァッと顔を輝かせて走り寄ってきたリアに尋ねる。
最初はリアのほうが一つ年上ということもあり敬語を使っていたベルローズだが、リアが「敬語じゃなくていいから!」と言ってくれたことで砕けた話し方をするようになった。
「今日は学校、午前で終わりでしょ?」
「えぇ、テスト最終日だもの」
「もし暇なら私の家に遊びに来ない?」
リアの実家は街で商店を営んでいる。
洋服や装飾品を扱う店で平民の富裕層から下級貴族にかけてたいそう人気があるらしい。なのでリアは平民でありながら、かなり裕福な暮らしをしているのだ。
「そんな急にお邪魔していいの?」
「大丈夫よ、お貴族様向きのもてなしはできないけど……前世で友だちの家に遊びに行く感覚に似ているかも」
「それは気楽で楽しそうね、ぜひお邪魔したいわ」
生まれたときから貴族であるベルローズは単に『人の家に遊びに行く』と言っても、どうしたって家どうしの関係やらなんやらが存在する。慣れていることではあるが、やはり身分制度のない前世の記憶があるので、ベルローズにとってリアの言葉はとても魅力的だった。
「じゃあこのまま行っちゃおう! 家に連絡だけしておいてね」
「えぇ、正門に馬車が停まっているからそこで伝言を頼むわ」
ルンルンと鼻歌を歌いだしそうなリアの隣でにこにこと笑いながらベルローズは正門に向かって歩いた。
***
正門へと向かっていたベルローズとリアだが、生徒会室の前を通ったときにリアのことを呼ぶ声が響いた。
「リア!」
「あら、デリック。どうしたの?」
生徒会室から慌てて出てきた赤髪の青年の胸元には生徒会役員であることを示すピンバッジがついている。
リアがデリックと呼んだ彼は男子の生徒会役員でありながら攻略対象ではない数少ない一人だ。
(確か……お助けキャラだったわよね、彼)
ゲーム内ではヒロインに攻略対象がいる場所を教えてくれという、とても頼りになるお助けキャラだったデリックは慌てたようにリアに向かって口を開いた。
「それが……予算書のやり直しが必要になってしまったんだ!」
「はぁ!? 確認しとけって言ったのに、確認しなかったの?」
「いや確認はしたんだが、誤って予算書を紛失してしまって……」
デリックの言葉にリアは大きなため息をついて頭を抱えた。
「書記の君は予算書の複製を持っているだろう? それを写させてほしいんだ」
「持ってはいるけど……防犯対策も兼ねて旧生徒会室のそばの倉庫に保管しているから、ここから歩いて10分はかかるし、まず職員室に行って鍵をもらってこなきゃ……」
予算案がなくなったなんて大惨事にびっくりしたベルローズだったがコピーは作成してあるようでホッと胸を撫で下ろす。しかしリアとデリックの顔は晴れない。
「……あそこは書記の生徒と生徒会長しか入室しちゃいけないところだよな?」
「えぇ、そうよ……はぁ、もう仕方ないわ……ベルローズ。私20分くらい帰れなさそうだから、ベルローズを待たせるのも悪いし、うちに来るのはまたの機会に__」
申し訳無さそうに言葉を続けようとしたリアの話をベルローズは遮る。
「ううん、リア。ここで待ってるわ。全然平気よ」
ニコっと笑いながらベルローズがそう言うと、リアは感極まったようにギュッとベルローズを抱きしめた。
「ありがとう、ベルローズ! すぐにコピーを持ってくるから!」
それだけ告げたリアは周りにはしたないと思われないギリギリの速さで廊下を走っていく。デリックと共にそれを見送ったベルローズは、デリックに「僕たちの失態のせいだから、ぜひとも生徒会室で待っていてくれ」と頼まれて生徒会室へ入る。
「失礼します」
そんな挨拶をしながら入室した生徒会室では何人かの役員が死にそうな顔で机にかじりついている。
「デリック! リアは見つかったのか!?」
「えぇ、見つかりました。今、コピーを取りに行ってくれているのでもう大丈夫です」
デリックの言葉に張り詰めていた生徒会室の空気が和らぎ、役員がほっとしたように息をついた。
「ありがとう、デリック。あとでリアにも礼を言わなければ」
生徒会室に置かれた生徒会長用のデスクに座っている王太子は疲れたようにそんなことを呟きながら、デリックの隣に立つベルローズに視線を向けた。
「君は……」
「ごきげんよう、王太子殿下。ベルローズ・フェルメナースです」
王太子に向かってカーテシーをしたベルローズの優雅さに、室内にいる誰もが感嘆した。
「あぁ、確かレインの妹だったな?」
「はい」
「それでデリック。なぜ彼女を連れてきたんだ?」
訝しむようにデリックを見つめた王太子に、デリックは臆することなく口を開いた。
「リアとこのあと予定があったようなんです。リアがコピーを取りに行ってくれている間、ここで待っていただくのが最善だと思いまして」
「そういうことか。今日はリアが生徒会に顔を出さなくてよかった日だしな……こちらの不手際のせいで迷惑をかけた。リオネ、紅茶を出してやってくれ」
「えぇ、かしこまりました」
給湯室のほうへ声をかけた王太子にこたえるように、給湯室からひょこっとリオネが顔を出す。ひらひらとベルローズに小さく手を振った彼女は再び給湯室へ戻る。
デリックに促されるままソファに腰掛けたベルローズのもとに、しばらくしてリオネが紅茶を持ってくる。
音を立てずにティーカップを机の上に置いたリオネはにこりと微笑んだ。
「どうぞ召し上がって」
「ありがとうございます、お義姉様」
リオネにお礼を言って、ベルローズは紅茶を啜る。
貴族学園の生徒会に置かれている茶葉なだけあって、とても美味しい紅茶だった。
ベルローズがリオネに淹れてもらった紅茶を味わっていると、ガチャっと生徒会室の扉が開いて長身の青年が入ってきた。
(……っ! リュシール様だわ……!)
お読みいただき、ありがとうございました。




