2-5 彼の執着
「ベル、一緒に帰ろう?」
「えぇ、わかりました。ルシウス様」
その日の放課後。
ベルローズの教室までやってきたルシウスが穏やかに笑って言う。
いつもはベルローズが気に入らない、という表情で彼女を睨みつけているクラスの令嬢たちはうっとりとしながら彼を見つめている。
「フェルメナース邸まで送るよ」
「ありがとうございます」
断る理由もないのでルシウスの提案に礼を言って教室を出たベルローズは、ルシウスと共に学園の正門へ向かう。
学園の廊下を歩く間ベルローズとルシウスに会話はなく、沈黙が続く。それでもその沈黙がベルローズでさえあまり気にならなくなったのは3年間で慣れてしまったからだろう。
ルシウスが差し出してくれた右手を取り、ベルローズはヴェリアンデ侯爵家の家紋がついた馬車に乗り込む。
ベルローズのあとに続いて馬車に乗り込んだルシウスはベルローズが座っているほうの座席に腰掛けた。
向かい側の座席が広々と空いているのにわざわざ隣に座ってくることも、3年前からルシウスが続けていることである。
「……狭くないですか?」
「いやまったく。ベルは小さいからね」
「そうですか……」
3年間続いていることでも思わず質問してしまったベルローズに、ルシウスは笑ってこたえた。
以前同じように隣にルシウスが座ってきたとき、ルシウスが動かないのであれば自分が動こう……と思って席を移動したところ、にこにこと笑いながら彼も移動してきたのでベルローズはすでにルシウスと別々に座ることは諦めかけている。
馬車が動き出し、車窓に景色が流れる。
窓の外をぼーっと眺めているベルローズを見つめていたルシウスは口を開いた。
「……あいつと会ったんでしょ?」
「えっと……あいつ、ですか?」
名前を呼ぶことをせず、誰かを『あいつ』と表現したルシウスは穏やかに笑っているが、瞳に苛立ちが滲んでいる。ルシウスに視線を戻したベルローズは彼が言っている人物も苛立っている理由もわからず、戸惑ってしまう。
「あいつの名前、なんだったっかな……あーそう、リアだ。リアと会ったんでしょ?」
「……っ!」
ルシウスの口から出たヒロインであるリアの名前にベルローズはわかりやすく動揺し、その様子を見ていたルシウスは昏く笑った。
「あいつ、入学してからずっと僕のことを見張っているんだ。失礼だよね、別にあいつに興味なんてないっていうのに」
「……」
乾いた笑いを漏らしながら言うルシウスに、なんて返せばいいのかわからないベルローズは沈黙し続ける。
「あぁでも……僕の”異常さ”に気づいたっていうところではベルローズと似ているかも。レインやユリアデナ伯爵令嬢でも確信はできていないのにね」
「”異常”だなんて__」
「”異常”だろう? まぁ、あの女の血を引いてるんだから当たり前かもしれないけど」
ベルローズから視線を外して、己が”異常”だと笑いながら吐いたルシウスは、再びベルローズに昏い瞳を向ける。
「それで、あいつは君になにを話した? 僕から離れたほうが良いって? あいつは入学当初から僕のことが至極気に入らないみたいだし、言ってそうだね」
ズイッとベルローズに顔を寄せながら無表情で言うルシウス。彼の薄い水色の瞳は濁っている。ルシウスのこのような昏い態度が3年前からずっと苦手なベルローズは、思わず目を見開いて固まってしまう。
そんなベルローズの肩にのった彼女の白い髪をハラリと後ろに流したルシウスはうっそりと笑って再び口を開いた。
「ダメだよ、ベルローズ。僕から離れようとする君に……僕はどんなことをしてしまうかわからないから……ね?」
「ひっ……!」
ベルローズが離れようとしたらただでは済まない、とルシウスが明確に仄めかすのは初めてのことで、彼の昏い表情も相まってベルローズは思わず小さな悲鳴を漏らした。
そんなベルローズの声が聞こえていたはずなのに、ルシウスは意に介すことなくベルローズの首元に頭をうずめる。
ルシウスのサラリとした髪の毛がベルローズの首をくすぐる。いつの間にか座席の端に追い込まれていたベルローズはそれ以上下がることもできず、ギュッと身をすくめた。
「ん……痛っ」
ベルローズが自身の首筋にルシウスの薄い唇が寄せられたと気づいた次の瞬間、チクリと小さな痛みが走りベルローズは反射的に声を上げる。
身を動かそうと試みるベルローズだがルシウスがガシッと彼女の両肩を掴んでいて、少したりとも動かない。
しばらくしてからルシウスはベルローズから身体を離し、彼女の真っ白な首筋にポツンと赤くなった箇所を見て満足気に口角を上げた。
そんなルシウスを恐れるとともに恥ずかしさも含んだ思いでベルローズは見つめる。
ベルローズの首筋から視線をずらしてベルローズの瞳を見つめたルシウスは、つい先ほど無理やりキスマークをつけた人間とは思えないほど穏やかに笑って薄い唇を動かした。
「どうか良い子にしていてね、ベル。できる限り優しくしたいんだ」
誰もが魅了されるような穏やかな笑みを浮かべるルシウスの瞳にドロリとした執着を感じ取ったベルローズはぞくりと身を震わせる。
その後ガチガチに身を固くしてルシウスを警戒していたベルローズだが、彼がそれ以上ベルローズに触れることはなく、ほどなくして馬車がフェルメナース邸に到着したことでベルローズは彼と別れたのだった。
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