2-4 ヒロインは嫌う
(警告はしたけれど、どこまであいつに通用するか……)
昼食を食べたあと、ベルローズと別れて自分の教室に戻る道のりでリアは考える。
街で初めて会った時から優しげな印象を受けた一つ年下のベルローズは、思った通り穏やかで優しい性格であるということが昼食を共にするだけでリアにはわかった。
そして、優しいがゆえにどこか流されやすいということも。
だからこそゲーム内でルシウスがベルローズに行った仕打ちを思い出してなお、彼からの執着を断ち切れないまま離れられずにいる。
(きっとルシウスの過去も知っているんでしょうね。もしかしたら直接見たことがあるのかも……)
通常の乙女ゲーム内では言及されなかったルシウスの過去だが、追加コンテンツでは明らかにされている。
リアがベルローズに転生していたとしたらどんな過去があったにしろ、乙女ゲーム内で彼が行う所業を鑑みると彼から離れたくてたまらなくなるが、おそらく今のベルローズはルシウスの過去を知っていて、ルシウスに同情してしまっている。
「もしバッドエンドに進めば大変なことになるわ……」
人気のない階段の踊り場で立ち止まったリアはぼそりと呟く。
追加コンテンツで描かれたルシウスルートの最悪のバッドエンド。
ハッピーエンドに行き着くことが途方もなく難しい彼のルートだが、こちらのバッドエンドに行き着いたプレイヤーはエンディングを全部見てみたいという思いに駆られた人間だけだろう。
このバッドエンドへ向かう選択は『ヒロインが彼から離れようとする』というもののみ。
興味本位でその選択肢を選んだ前世のリアはバッドエンドの後味の悪さに思わずコントローラーを投げてしまったのを今でも覚えている。
ルシウスから離れようとしたヒロインを手助けしたのが、運悪くも王太子だったことがすべての原因だろう。
己とヒロインの仲を裂こうとした、とルシウスは判断してあろうことか王太子を殺害してしまう。そして王太子と共に過ごしていた第二王子も彼が殺害してしまったことで、王国における直系の王位継承権保持者が消えてしまうのだ。
直系の王位継承権保持者が消えたことにより、王家の血を引く者たちが一斉に次期王座を狙い始めた。王太子が学園を卒業した時すでに国王が病で伏せりがちだったことが最悪な方向に作用し、国内の貴族どうしで争う構図になってしまう。
そうした内部の混乱に乗じて隣国が攻め込んできて王国は大混乱に陥る。
そんな大混乱を引き起こしたルシウスはというと巧妙に騎士団の捜索から逃げ続け、遂に王太子によって用意されたヒロインの隠れ家を探し当てた。
そうして戦争の引き金となった彼はヒロインと無理心中を図って、二人してこの世を去るのだ。
「イカれてる……」
「誰が?」
バッドエンドの内容を思い出して思わずこぼしてしまった言葉に、反応があったことに驚いたリアはバッと後ろを振り返った。
そして自身の後ろに立っていた人間を見て思い切り顔をしかめた。
「……お前がだよ」
「酷いなぁ、それにしてもほんとうに乱暴な言葉使いだ。品位の欠片もない」
低い声で唸るように発したリアはにこにこと笑うルシウスに対して舌打ちを打つ。
「ほんとうに行儀が悪い。悪影響だからベルには近づかないでくれ」
「……」
ぱっと微笑みを消して見下すような瞳をリアに向けるルシウス。
ベルローズと会った直後に彼が話しかけてきたことに嫌な予感が脳裏をよぎったリアは、探るように彼を睨んだ。
「はぁ……再三そうやって”頼んで”いたのに……ベルローズに会ったな?」
「はっ! ”頼んだ”ですって? 私がベルローズに近づくのになんであんたの許可が必要なの?」
ルシウスの言葉を鼻で笑ってリアは言い返す。やはりルシウスはベルローズとリアが接触したことを知っていた。
ベルローズと名前で呼び合うようになり「先輩ですから」と言われて敬称なしで呼んでくれと言われたリアがベルローズの名前を口にすると、ルシウスはピクッと眉を動かした。
「あぁ……ほんとうに邪魔だな、お前」
「私をどうにかする気? やってご覧なさい、私になにかあったらベルローズが一番に疑うのはあんたよ」
ゴミ以下のなにかを見る表情をしながら、少しだけ苛立ったように発したルシウスに反論したリアは言葉を続ける。
「今はどうしようもないから側にいてくれるベルローズだけど、あんたが罪を犯したとなれば怖気づいて逃げていくわ。レイン先輩だってあんたのことを庇っちゃくれないわよ」
声を荒げずにせせら笑うリアに痛いところをつかれたらしいルシウスは目を見開いて一瞬黙り込み、唸るように声を絞り出した。
「お前ほんとうに黙れ__」
「何をしているんだね?」
「「ッ!」」
階段の上から教師の声が響き、リアとルシウスは揃ってそちらを見る。
二人の視線の先では経済学の教師が訝しむように踊り場を覗き込んでいた。
「……いえ、他国との貿易について議論していたら熱くなってしまって……」
「そうかそうか。学びを深めるのは結構だが、もうすぐで午後の授業が始まるからもう教室に戻りなさい」
「はい、そうします」
即座に穏やかな笑みを浮かべていけしゃあしゃあと嘘をついたルシウスは教師に会釈をして去っていく。
踵を返す前に殺気すら混じっているかのように思える視線を向けたルシウスの後ろ姿をリアは憎々しげに見つめる。
(ほんっとうに大嫌いだわ)
リアは遠ざかっていく後ろ姿に対して心のなかで吐き捨てたのだったのだった。
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