音
バングラ人は静かだ。あれっ、またまた矛盾する事を言い始めたぞ、と思うかもしれない。これまで私は散々バングラの喧騒について書いてきた。音で溢れていると。町全体が鳴るような、或いは蝉時雨のような、空間に満ちた音が常在する。これからは逃げられない。ホテルの部屋の中まで容赦なく音は入り込んで来る。それは車の騒音であったり、人の話し声であったり、子供たちの遊ぶ声であったり、物売りの声だったり。
でも、違うのだ。翻って個々の人の所作の出す音に目を遣ると、バングラ人は静かだ。何を言っているのか良く分からないだろう。例を挙げてみよう。ホテルの朝食時の食堂は静かだ、人々の話声はあるが、大きな声で話している輩はいない。以前、ヨーロッパで感じたことだが、レストランでうるさくしているのは大抵、日本人かドイツ人だった。日本人は上等なスーツに身を包み、フォークとナイフの使い方も完璧だが、うるさい。もう少し周囲に気配りできないものかと思う。その点、良くも悪くも英国の支配のお陰か、バングラ人の物腰は穏やかだ。話し声もそんなに大きくない。以前、インド人のグループの近くに席を取った時、延々と続く大声の会話に閉口したことがあったが、ベンガル人は少し違うという事だろうか。
店員に目を遣れば、ホテルの食堂で支度をしたり、後片付けをする物腰も静かなものだ。これは本当に嬉しかった。というのは、日本では時々近くのファミレスに安いモーニングを食べに行くのだが、店員の出す「音」にいつも辟易としている。食卓を整えたり、食器を片付けたり、机・椅子を直したりする時に、いちいち盛大に音を出す。「ガチャーン」「カーン」「バシーン」という感じだ。それも、繰り返し近くに回って来てひとしきり音を出して去って行く。私に恨みがある訳ではないと信じよう。サービス精神からこまめに巡回して整理整頓に心心掛けていると思うのだが、大きな物音はいただけない。何もなければ「放っておいて」ほしいのだが、そうも行かないようだ。日本人の性だろうか。これはこの店に限らず、大抵のファミレス的店舗について言える。ならば、そんな店に行かなければ良いのだが、時折その店のタダ券をもらう事があり、勿体無いので行っている。貧乏性なのだ。そういえばこんな体験も思い出した。とある街のカレー屋さんを通りかかった時の事だった。中を覗くと客は見当たらず、店員が一人でボーとしている。しばし思案した挙句、店に入った。注文すると席に落ち着いた。確かに他の客はいない。私の注文の準備をしているのだろうか、厨房からは色々と音が聞こえてくる。これはまあいい。しかし、頼んだカレーが出された後も、その店員は色々な作業を始めて、私が店を出るまでそれは続いた。偶然なのかもしれないが、これまでの色々な体験を総合すると、レストランに限らず日本の仕事現場では、私が近くにいる、或いは私が見ていると、ずっと仕事を続けるようだ。サボっていると、私が密告でもすると思っているのだろうか。「すれ違い」の時に述べたが、私が居ようと居まいと、必要なら作業し、暇ならボーとしていればいいと思う。関連すると思うのだが、「スマホ」で書き忘れた事を一つ記しておく。電車や待合室でスマホを使っている人の近くに私が座ると、操作する指の動きが高速化するのだ。これは面白い現象だ。急に高速でスクロールを始めたり、激しくタッチするゲームを始めたり、文字入力を始めたり。なんだか本当に良く分からない。不思議の国ニッポン、という事にしておこう。
話しが逸れてしまったが、とにかく日本に居ると、音が付きまとう。レストラン以外の例を挙げると、銭湯がある。更衣室のロッカーの扉を開け閉めする時、浴場の洗面器や椅子を置く時など、いちいち「バシーン」「パコーン」と大きな音を立てる人が多い。トイレの個室のドア閉めも、「バシーン」。トイレットペーパーを激しく引っ張り出す「ガランガラン」という音も盛大だ。時にトイレの外の廊下にまで聞こえてくる事がある。何故こうも音を出すのかよく分からない。日本人のマナーは随分と良くなった。ごみを捨てる人も、道端に痰や唾を吐く人も減った。なのに、事、音に関しては変わっていないように思う。「欧米化」で発展してきたというなら、音に関しても欧米化して欲しいものだ。一つ仮説がある。欧米が狩猟民族なのに対して、日本人は農耕民族だ。狩猟で音を出しては獲物は逃げてしまうし、猛獣に襲われるかもしれない。いきおい、所作は静かになる。一方、農耕民族は音をいくら出したって、収穫には関係ない。歩く音だっと、日本人はドスンドスンと踵から落下する人がいるが、その音で稲は逃げて行かない。そういえば仕事で少し一緒だったフランス人がアパートを借りた時、二階の住人が歩く音がうるさいと言っていた。どすんどすんと響くという。まあ、日本に来たのだからそのくらいは我慢だろう。
短い滞在ではあったが、バングラ人はロッカーの扉やドアを静かに閉めていた。物も静かに置いていた。日本の「音」に疲れていた私には嬉しく、心の平安を感じた。バングラでデトックスした気分だ。「音」ではないが、「溜息」もある。バングラを含めて、私が行ったいくつかの国では溜息は滅多に聞かない。しかし、日本に帰って来ると、車内で、銭湯で、実に溜息をする人が多い事に気づく。医学的には健康に良い面もあるらしいが、私は余り好まない。目の前で大きなため息をつかれると、こっちまで脱力してしまう。ちなみに銭湯については面白い傾向を発見した。都心部や通勤圏では「音」は大きいが、郊外や田舎の寄り合い所のような銭湯では「音」は穏やかになる。溜息も減る。年齢構成なんかも違うだろうから一概には比較できないが、面白い発見だと思っている。ひょっとしたら、独り言や貧乏ゆすりにも同じような傾向があるかもしれない。
何はともあれ、バングラは「静か」だった。バングラ滞在中、溜息は一度も聞かなかった。ドアをバーンと閉める音も一度も聞かなかった。バングラは良い所である。




