熱き思い!!友情の猛と士郎!!02
声を張り上げ、士郎は猛を呼び続ける。
「猛!頼む、返事をしてくれ!!」
「ええい、いい加減うるさい奴め……!気が散るわ!!」
諦めぬ己の姿勢は、魔拳の東海林の怒りに触れたようだ。
表情を愉悦から苛立ちに切り替え、怒鳴りつけながら士郎を威嚇する。
鋭い殺気すらこちらに向いているようだった。
冷や汗が出たが、それに構う余裕などない。
再度「猛!」とその名を呼んだ……刹那、にわかに怪物の顔がぐるりとこちらを向いた。
───目が合った。
真っ暗な顔はどこにどのパーツがあるかもわからないのに、士郎はそう直感する。
しばし呆然と見つめ合い、一歩、また一歩と闇の怪物へと近寄った。
「猛?猛!?僕がわかるのか!!」
「ええい!うるさいと言っておろう!もういい!貴様からあの世に送ってやるわ!!」
おずおずとまた一歩近づいた瞬間、ついに東海林が逆上する。
雄たけびを上げて怒りの形相で突進してきた彼は、士郎に向けて拳を振り上げた。
鋭く風を切る音に、はっと東海林を見る。が、時すでに遅し。
肉眼ではとらえ切れぬその拳が己の体にめり込むだろうことを予想して、士郎はぎゅっと目をつむった。
───その瞬間である!
「し、ロうさ、ま……っ!!」
声が聞こえて目を開ける。
見れば東海林の拳は己にぶつかる手前で停止していた。東海林自身も驚き、後ろを振り返っていたのだ。
二人が驚いた理由……それは恐ろしい獣の呻きではない、聞き覚えのある声がしたからだ。
間違いなく日比野猛の声だと確信する。
意識が戻ったのだろうか?
士郎は今まさに殴られようとしたことも忘れ、「猛!」と名を呼んで彼のもとに駆け寄った。
「猛!僕だ!わかるか!?大丈夫なのか!?」
「し、しろう、さま……。おレは、は、ナれたいンじゃありません……!」
「え?」
目を見開いたのは士郎や東海林だけではなく、みやびや優斗もだった。
先ほどよりもずっと流暢な言葉遣いで、人間らしさが猛に戻っている。
「おれハ、あなたをたすけらレる、にんげんに、なりたい。あなたのような、にんげんに、なりたいんだ……」
「でも、それは……。お前の人生を狭めているんじゃ……」
「すべては、おれが、えらんで、おれが決めたこと。貴方にしばられたんじゃ、ない。俺の決定まで、間違いだと否定しないで、ください!」
途切れ途切れで、しかしきっぱりと言い切る猛に、士郎ははっと改めてその顔を見上げた。
やはり真っ暗で何の表情もないが、しかしその中に猛の真摯な眼差しを見た気がして目を見開く。
「た、ける……」
何をどう伝えればいいだろう。呆然と考え名前を呼んだとき、いまだ彼の手の中にいる桜小路みやびが動いた。
どうやら猛の意識が戻ったことで、手に込められた力が弱まったらしい。
身じろぎして指の間から這い出たみやびは、そっとその腕の上に立った。
戦いの最中の猛々しい表情ではない、慈愛に満ちた穏やかな眼差しで猛を見つめている。
「日比野。お前の思い、しかと聞き届けた」
静かで落ち着いた声で頷くと屈み、彼女は右手で猛の腕に優しく触れた。
そして目を閉じ、ゆっくりと呼吸をする。みやびの体が金色に輝き始めた。
「一度は闇に屈したが、その熱き魂、いまだ汚れてはいない。鷹司先輩との友情に導かれ、今元の姿に戻るがよい!」
こう!と一際強い輝きがみやびの体から右手に伝い、猛へと流れていく。
眩く、美しく、神々しい光景だった。
士郎たちは呆然と見上げるしか出来ず、誰かがごくりとつばを飲み込む音だけが大きく聞こえる。
溢れ出る金色の世界の中で、黒い塊だった猛は光に包まれていく。
次第次第にそのシルエットを小さくさせ、やがて見覚えのある大きさまで戻った瞬間───光は弾けるように掻き消えた。
あまりの眩さに、思わずさっと目を背ける。
「士郎様……?」
はっきりと聞こえた声に導かれてはっと目を向けると、そこにいたのは紛れなく自分の後輩。日比野猛その人である。
呆然と目を見開いているが、どこも怪我をした様子はない。
きょろきょろとあたりを見回し、やがてその視線が士郎へと向いてぎゅっと細められた。
「し、ろうさま……?」
「た、猛!大丈夫なのか!?」
おずおずと名を呼ばれ、慌てて駆けよりその安否を確認する。
全身を見回すが、やはりどこも怪我がないことにようやく安堵のため息をついた。
「良かった、無事でいてくれて」
「いえ、俺も何といえばいいか……」
猛もまた安心したのか、大きくため息をついた。
和やかな空気が流れかけたがその瞬間、唐突に背後から叫び声があがった。
「な、何故だ!何故だ!!闇の怪物に成り果てて意識を取り戻すなど!!ありえん!ありえるはずがない!!」
狂ったような表情で叫んだのは、一連の流れを見ていた四天王東海林である。
長い髪をかきむしり、しばらくぶんぶんと頭を左右に振っていたが、やがて憎しみのこもった目を士郎たちに向ける。
鋭い殺気に身が震えそうになったが、それをかばってくれたのは背が高くたくましい筋肉を持つ人物……桜小路みやびだった。
彼女は真っ直ぐに東海林を見据え、腹の底に響くような声できっぱりと言い放つ。
「わからぬか、東海林!これが友情の力だ!彼らは友情で苦難を乗り越え、日比野を元に戻したのだ!」
「そうなの?」
「うぬうっ!?ゆ、友情だと!?」
「あ、驚いちゃうのか」
友情の力と言うか、ほとんどみやびのおかげな気もする士郎は、ぽりぽりと頬をかいた。
確かに猛の意識を回復させることは出来たが、ぶっちゃけて言えばほとんど勢いである。
勝算も無かったし元に戻せる確証も無い。我ながら無茶をしたものだと半ば呆れていたのだが。
……だがどうやら疑問を持ったのは己だけのようで、猛と、いつの間にか隣に立っていた優斗が感動の涙を流してみやびを見ていた。
「士郎さん、友情パワーですよ!僕リアルで初めて聞きました!」
「友情パワー?」
「くううう!俺たちの友情パワー!!そうか!友情パワーが闇を祓ったのか!!」
「友情パワー?」
そう言えば昔の漫画でそのワードは見たことがあるような気がしたが、よくわからない。
小首を傾げるが誰も士郎の相手をしてくれることはなかったので、成り行きを見守ることにした。
「闇乃木四天王、魔拳の東海林よ!お前は彼らの友情の前に敗れる!お前の敗因は友情を軽んじたことと知れ!」
「な、なにい!!その構えは!!!」
驚く東海林の前で、みやびは右腕を前へ左手を後ろへ突き出し───まるで滝を昇る龍のように体勢低く構える。
深く長く息を吸い、吐き、彼女の体はその呼吸のたびに金色の光を蓄えていった。
「くっ!やめろ!桜小路みやび!!」
「桜小路流拳法、二の拳!青龍波動翔!!!」
金色の気迫が音をたてて膨れ上がり、彼女と一体になった龍の波動は怨敵へと放たれる。
その激流に一息に飲み込まれた東海林は甲高い悲鳴を上げ、吹き飛んでアスファルトへと激突した。
もうもうと煙埃が舞う中で、彼は呆然自失と空を見上げ、そして呟く。
「……み、見事なり。桜小路みやび。この東海林を打ち破る、とは」
がくり、とその首の力が抜けて、瞳が閉じられる。
まさか死んでしまったのかと一瞬焦ったが、彼の胸はゆっくりと上下している。
どうやら一命は取り留めたらしい。
「桜小路流拳法は人を害するものではありませんからな。殺生はせぬのです」
「はあ……」
ゆっくりと語るみやびに、もう士郎は何といっていいものかわからなかったので頷くに留めた。
隣では優斗と猛が手を取り合って「友情パワー!!!」と泣き続けている。
しばらくぼんやりしていたが、ふと我に返り士郎は学校と警察に連絡するために携帯端末を取り出した。
遅刻してしまっていることは確定だし、倒れている東海林も病院に運んだ方がいい。
端末を操作して学校の電話番号を呼び出しながら……ふとあたりを見回す。
(……不審者に襲われたって言って、信じてもらえるかなあ)
あちこちが割れ砕けた道路を見つめ、士郎はため息をついた。




