熱き思い!!友情の猛と士郎!!01
三つ子の魂百までとは上手く言ったもので、日比野猛の性格は幼少期からあまり変わりない。
やや熱しやすく、猪突猛進。
声が大きく迫力があったので、年上の子供にも怖がられることがある。
通っていた幼稚園でも特に気の弱い少年少女たちからは恐怖の対象だったらしく、遠巻きにされていた。
声をかけたら予想以上に驚かれて、それで「いじめた」と噂が広がったこともある。
とはいえ猛自身は「なんじゃくな」と彼らに呆れるだけで、それほど気にしていないことが幸いだった。
……いや、これから起こることを考えれば、少しは自分を振り返っていた方が良かったのかもしれない。
ある日、幼稚園の運動場に猛が一人歩いていた時である。
ふと泣き声が聞こえたことに気が付き視線を動かせば、女児が顔を覆って泣いている姿を見つけた。
普段は活発な園児たちが取り合いをしているブランコの片隅である。
その一つが先ほどまで人を乗せていたように揺れ動いている。
「おいお前、どうしたんだ?」
そばに寄り尋ねると、びくりと彼女は顔を上げた。
目も頬も鼻の頭も真っ赤で、ずいぶん激しく泣いていたのだろう。
胸につけている名札は黄色。年少組の子供だ。
ちなみに猛は青色の年中、ラッコ組である。
相手が年少者なら優しくせねば、と父と母の教えを思い出す。
転んだのだろうかと再度尋ねようとした時、後ろから大きく「あ!」と甲高い声が上がった。
振り返れば同じく年中組の少女たちが、焦った様子でこちらに駆け寄ってくるところだった。
「ちょっと!なにやってるの!」
少女たちは険しい顔で猛の前に立ちはだかり、親の仇とばかりに睨みつけてくる。
最初に前に出たのは、気の強そうなポニーテールの少女。彼女はちらりと泣いている女の子を振り返り、猛に言った。
「猛くんが泣かせたの?」
「……ちがう。勝手に泣いていたんだ。おれは声を、」
「かけただけだ」と言いかけたところで、少女の一人が「うそ!」と叫び途切れてしまう。
いくら気の強い猛とは言え、集団で睨みつけられれば怯むし少々恐ろしい。
幼子ながらあまり下手なことは言えないと感づき戸惑っていると、後方にいたリボンの少女が泣いている少女の顔を覗きこんだ。
「あ!ほっぺたが赤くなっている!」
「叩かれたの!?かわいそう!」
途端に少女たちは騒ぎ始め、場は険悪な雰囲気になっていく。
当事者の少女はそうじゃないと首を振っているようだが、嗚咽と涙で上手く伝えられていない。
猛も今一度「ちがう」と反論したが、彼女たちが信じる様子はなかった。
しばらく睨み合い、向こうから「先生に言う?」という言葉が出てきたときは慌てた。
このままでは猛が悪者になる。そう考えて自分も泣き出しそうになった時だった。
「どうかしたの?」
場にそぐわぬ穏やかな声が聞こえ、ぎくりと体を震わせて猛は涙目のまま振り返る。
いつの間にか自分たちを覗き込むような体制で立っていたのは、ふわふわした髪の毛の男児であった。
長いまつげで目も大きい、ちょっと目を惹く子供である。
名札の色を見ると、年長組に配られる赤色。
年上の子だった。
年長の男児は乱暴な子も多いので、一気に緊張感が走る。
が、勇気をふりしぼったのか、ポニーテールの女児が彼に噛みつくように伝えた。
「この子、猛くんに殴られたのよ!ほら、ほっぺたが赤い!」
「本当?君、そんなことしたの?」
「ち、……ちが、う」
一生懸命首を横に振ったが、少女たちの目は冷たい。
やはり自分が犯人にされてしまうのだろうか、と震えた時、年長の少年は落ち着いた声で少女たちに言った。
「違うって言っているよ」
「でも!」
「まずはこっちの子に聞いてみようよ。ねえ、落ち着いたらでいいから話してくれる?」
言って少年はポケットから綺麗に洗濯されたハンカチを取り出し、いまだ嗚咽をこぼす少女に手渡す。
今になって思えば酷く気障な仕草だが、少女も猛も何だか大人で格好いいとしばし見惚れていた。
少女はぼんやりしながらも目と頬をハンカチでぬぐう。
「こすっちゃ駄目だよ。ハンカチ、濡らして来ようか?」
「う、ううん。だいじょうぶ、です。ありがとう…ごじゃ、ます」
まだ声はひくついていたが、とりあえずは落ち着いたようである。
一同の視線を感じおどおどとうつむいてしまったが、年長の少年がさっと目線を合わせて隣に立ったおかげか、ぽつりぽつりと話始めた。
「あの、わたし、ブランコうまくこげなくて……。一人でれんしゅう、していたの……?」
「え?」
驚きの声を上げたのは、ポニーテールの少女である。
泣いていた少女はそれに少しびくりとしたが、隣の少年に微笑まれて続けた。
「それで、やっぱりこげなくて……、おりようとしたら転んじゃって、ほっぺにブランコが……」
そこまで聞いて猛は、改めて少女の顔をよく観察する。
赤く腫れあがっている彼女の頬には僅かに泥と、ブランコの形の痣が小さくついていることがわかった。
集まった少女たちも気づいたのだろう。
皆一様に顔を青くして、おろおろと少女と猛の方を交互に見つめている。
その中で一番慌てた様子のポニーテールの少女が、「そんな!」とやや涙目になりながら泣いた少女に詰め寄った。
「なんで、なんで言ってくれなかったの!わ、わたし……っ!」
「泣いていて声が出なかったんだよね。言いたくても言えなかったんじゃないのかな?」
優しい問いかけに、申し訳なさそうに少女がこくりと頷く。
それからおずおずと前に出て、ぺこりと猛に向けて頭を下げた。
「あの、わたしのせいで怒られちゃって、ごめんなさい。上手くいえなくて、ごめんなさい」
そうして少女たちの方にもぺこりと一礼して、
「みんなも、勘違いさせてごめんなさい。でも、わたしのために怒ってくれてありがとう」
と告げた。
そこまで丁寧に謝られてしまえば、もう一同何も言えなくなる。
しばらくの間、居心地の悪い空気が漂っていたが、やがてポニーテールの少女がぽろりと涙をこぼした。
「あの、私たちもごめんね。あなたの話を聞かないで……」
ひくっと鼻をすすり、泣いていた少女と同じように頭を下げる。
そして恐々と猛の方を見て、くしゃりと顔を歪ませてまた一礼した。
「それと、あなたもごめんなさい。疑ったりして、はやとちりだったわ」
「ご、ごめんなさい」
「わ、わたしも……さわいじゃって……」
ごめんなさい、ごめんなさい、と少女たちから謝罪の声があがる。
何だか呆気に取られてしまって、猛は怒ることも悲しむことも出来ず、「だいじょうぶだよ」と言った。
やがてブランコにぶつけた少女を先生に手当してもらうため彼女たちは去り、あとに残ったのは男児二人だけになる。
呆然と自分より少しだけ背の高い彼を見つめていると、少年もまたこちらを向いて微笑んだ。
「ありがとう。あの子たちを許してくれて。君も怖かっただろう?」
「あ、いえ。あのくらい。おれはきたえていますから」
確かに途中までは怖かったが、謝罪もきちんともらえたし彼女たちも反省しているようだった。
言い返して「ざまあみろ」と思いたかったのではないし、無実は証明できている。
それに上記の通り、呆気に取られて感情を忘れていたというのが大きい。
何より全て、猛にとって済んだこと。気にする必要はないと考えた。
それを伝えれば、少年は感心したように頷く。
「君はとっても偉いね。それに優しくて、りっぱなんだな」
「いえ、あの……えっと、ありがとうございます」
褒められて頬が僅かに赤くなる。
しかしそれをきちんと受け取り礼をすると、少年はとても嬉しそうに笑った。
それが日比野猛と鷹司士郎の出会いであった。
後に彼が、自分の父親が務めている会社の御曹司だと聞いて、猛はすごく驚いた記憶がある。
穏やかで、人をまとめる才能がある。
猛が初めて士郎に抱いた印象はそういうものだった。
だからと言って偉ぶる様子もなく、自分に間違いがあればきちんと反省し、正せる人。
いずれ自分もこの人のもとにつきたい。この人の役に立ちたい。
必ずこの人の部下に相応しい人間になろう。そう思って今まで努力をし続けてきたのである。
「俺は、貴方の助けになれる人間になりたいのです。貴方は俺の目標だ。だから……否定しないでください」




