悪の一撃!闇乃木四天王登場!!02
真っ黒な顔をした猛の体は、二人が見ている前でぶわりと膨れ上がる。
まるでゴム風船に息を吹き込んだかのような光景に、悲鳴すら上げることを忘れた。
黒い影はあっと言う間に見上げるほどに巨大に、そしてそのわき腹からは長い腕が四本伸びていく。
すでに人とは思えない形状と成り果てた『それ』は、獣の唸りのような嵐が家々をなぎ倒す音のような醜悪な声を上げた。
その顔と思われる部分が、ぎらりと士郎を見下ろす。
視線が合った、そう思った時士郎は咄嗟に叫んでいた。
「逃げろ!優斗!」
名を呼ばれ、友人がはっとすると同時に背後に駆け出す。
真っ先に反応出来たのはこの怪物を一度見ていたからだろう。
優斗に続いた士郎の後ろで、大地を揺るがす重く大きな音がした。
見れば長い腕の一本が、先ほどまで自分たちのいた場所……アスファルトを砕いている。
明らかにこちらに向いている敵意に、ぞっと背筋が凍った。
「日比野くんは……っ、一体どうしたって言うんです!?」
「たぶん闇乃木流だ!この前にも見たやつだ!」
「そんな!じゃあ日比野くんはっ!」
叫ぶ優斗に、士郎は奥歯を噛み締める。
化け物に変わる前の猛が己に言った言葉が、頭の中でリフレインし始めた。
(僕のせいで……。僕が猛を追い詰めたんだ……)
今一度振り返ると、巨大な影はずしんずしんと足音を響かせながら己を追いかけている。
その巨躯が力強い一歩を踏み出すたびに、アスファルトは砕けていった。
あまり足は速くないようだったが歩幅が違いるすぎし、このままでは街が破壊されてしまう。
優斗はあまり運動は得意ではなく、既に息が上がりかけている。
いつまでも逃げ続けられるとは思えない。
───ならば、自分がとるべき行動は一つ。
意を決して足を止め、士郎は巨大な影に立ち塞がった。
「優斗、先に行け!!」
「な、何を言っているんですか!?士郎さん!!」
後方で立ち止まった優斗が、大きく呼吸をしながら叫ぶ。
己を責めるような気配すら感じるその声に、振り返らずに答える。
「猛の目的は僕だ!僕がおとりになるから、誰か呼んできてくれ!!」
「……っ!!」
優斗が息を呑む気配がした。
運動が苦手なことは、彼自身が一番よくわかっている。
逃走の足手まといになるくらいならその方が、と賢い彼なら考えてくれるだろう。
しかし会話をしている間にも、ずしんずしんと怪物は近づいてくる。
「はやくっ!」
「……わかりました!士郎さん、怪我をしないでくださいね!」
こちらの身を案じる声と駆け出す足音が響いたのは、同時だった。
振り返りはせず、士郎は真っ直ぐに迫りくる黒い影を視線で射抜く。
「猛!聞こえているか!」
後輩の名を呼ぶ。が、巨大な影は歩みを止めない。
おぞましい声で一鳴きしたあと、四本の長い腕をこちらに向かって振り上げる。
「……っ!!」
跳ねるように右へと避けた。そのすれすれを、重い一撃が通過する。
何もかも捻りつぶすような、鈍い衝撃音をすぐそばで聞き、士郎の背中に冷たい汗が浮かんだ。
「猛、僕の話を聞いてくれ!!もうこんなことはしないでくれ!!」
立ち上がり再び逃げ出しながらも、士郎は背後の巨人に呼びかける。
相手の目線が己の背中に刺さっていることを自覚していた。
その目の主が、化け物なのか猛なのかはわからない。それでも呼びかけずにはいられなかった。
「猛!君は何も悪くない!君に説明しなかった僕が、君の様子に気づけなかった僕が悪いんだ!だから……」
刹那、一際大きな唸り声があがり、その振動で士郎は転びかける。
言葉を途切れさせながら背後を振り返ると、怪物はその大きな手で顔らしき場所を覆っていた。
まるで先ほどの猛のような……どこか泣いているようにも見えるそのポーズに、戸惑い思わず立ち止まってしまう。
「猛……」
「し、ロう、さ……」
「猛!聞こえているのか!!」
獣の呻きに混じって猛の声が聞こえ、士郎はことさら強く名を呼んだ。
声が届いたのかもしれない。語り掛ければ反応を示すだろうかと考え、張り裂けんばかりの声で再び呼びかける。
「猛、聞いてくれ。僕は君を止めきれなかった上に、こんなに苦しませてしまって申し訳なく思っている。君は色々と努力してくれているのに、僕は……」
「チ、が……チ……ウ」
「猛?」
ふるふる、と怪物は頭を抱えたままゆっくりと首を振った。
その様子が奇妙で、士郎は首を傾げて名を呼んだ。
刹那───怪物が覆っていた手を顔から離す。
「俺はあナたに!ソンなことヲ言わせタイんジャない!!!」
唸りと叫びと、全てが混ざり合った衝撃だった。
今までで一番強い振動に体を支えきれず、士郎は一瞬にして後ろへ吹き飛ぶ。
数メートル離れた地面に強か体を打ち付け、その痛みとショックにひゅっと肺から口へ空気が漏れ出た。
「う……、たけ、」
ぼやける視界の中で近づく巨体は、既に日比野猛の声を発していない。
倒れる士郎を認識しているとも思えず、雄たけびを上げながら拳を振り上げ道路を破壊している。
(やっぱり、僕がいたから……鷹司がいたから猛の可能性を狭めてしまった……)
深い後悔と絶望が胸を包み込んだ。
それでも何とか立ち上がろうと体に力を込めると、その動きに気が付いたのか黒い巨体が唸り声を上げる。
「あ」と体を強張らせたが時すでに遅く、怪物は士郎のそばまで歩み寄った。
そして感情の見えない黒い顔をこちらに向け、巨大な拳を天高く持ち上げる。
(たける、ごめん……)
後輩の顔を思い浮かべながら、次に来る痛みを覚悟した。
ぶうん!と風を握りつぶすような音が上空で響いた───瞬間である。
「ぬうん!!!」
絶望を捻りつぶすかのような力強い声が響く。
はっと顔を上げる。強い金色を放つ衝撃波が、迫りくる拳にぶち当たった。
悲鳴のような叫び声をあげた怪物が、拳を下ろして一歩二歩後ずさる。
「……っ!これは!!」
見覚えのあるその光に、士郎は上体を持ち上げ叫んだ。
その後ろから、「士郎さん!」と聞き覚えのある声が己の名を呼ぶ。
「士郎さん!大丈夫ですか!?怪我しないでって言ったじゃないですか!」
「あ、ゆ、優斗……?」
「ほら、立てますか?肩を貸しますから!」
真っ青な顔をした瀬名優斗が士郎の肩を抱え、ゆっくりと立ち上がらせる。
打ち付けた場所がわずかに痛んだが歩けぬほどでは無かったので、彼に合わせてその場から逃げ出した。
よっこらよっこら歩く友人に、士郎は湧き出た疑問を口にする。
「優斗、いったい何があったんだ?さっきの衝撃波は……?」
「彼女もこの異変に気づいてたようで、逃げる途中で会ったんですよ。ええ、本当に運が良かった」
彼の言う「彼女」が誰のことかを察し、士郎は肩越しに振り返る。
体勢を立て直した怪物が今一度こちらに手を伸ばそうとした刹那、その影はふわりと二人を守るように躍り出た。
「桜小路流拳法、一の拳!玄武豪撃拳!!!」
聞き覚えのある技名と声。
膨大な光が彼女の手に収縮し勢いよく放たれる。
勢いよく顔面にぶち当たったそれに、怪物は苦しみの声を上げた。
「強いな、考えていた以上に強大だ」
「さ、桜小路さん!!」
たくましい筋肉と頼りがいのある巨大な背中。
衝撃波に揺れるボブカットはもはや見慣れてしまった彼女のトレードマーク。
月城学園の女子制服にその身を包んでいても隠せぬ、あまりにも強大な力と存在感。
桜小路流拳法の正統なる後継者、桜小路みやびがそこに立っていた。




