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夢に迫る侵入者!闇乃木流の野望!!02

 気もそぞろに午後の授業を受けて、士郎は謎の声が告げた中央橋へと歩を進めている。

 幸いなことに生徒会の仕事は無く、部活動にも所属していない。


 優斗にする適当な言い訳を作るのには多少苦労したが、疑いの眼差しを向けながらも彼は士郎を見送ってくれた。


 今回の件が自分の見たただの夢でなければ、協力してくれた優斗にはきちんと説明しよう。

 とは言え絶対に自分の妄想でないことを確信しながら、士郎は中央橋へとたどり着いた。


 士郎たちが住む都市の『中央橋』と言えば、駅へと向かう大通りに続く、長く巨大な橋のことだった。

 美しい連続アーチと等間隔に建てられている御影石の柱が特徴的で、観光スポットにもなっている。


 明治の初めにかけられたことが有名でその歴史は古く、幾重にも改修を重ねて現代の形になったらしい。

 歩道も整備されており、ランニングや犬の散歩をする人も多いが……今日は珍しく人影は無かった。


 空がいやに赤く不気味で、何処となく寒気を感じるせいだろうか?

 士郎自身も恐れを感じたが、それでも目的の人物を探すべく橋を渡り始める。


 車ばかりがわきを通り過ぎ、誰ともすれ違わずにしばらく。

 橋の中ほどに、小柄な影がぽつりと立っているのが見えた。


 闇から溶け出してきたかのような黒い衣服を風にはためかせ、じっとこちらを見つめている。


「やあ、よく来てくれたね。鷹司士郎」

「……君は」


 やがてその影の前に立った士郎を、柔らかく丁寧な声が出迎える。

 聞き覚えのあるそれにすぐ正体を察して、視線も鋭くその顔を見つめた。


「夢で話しかけてきたのは、君か……」

「ああ、そうだよ。現実でははじめまして、だね」


 口元に微かな笑みを浮かべたのは、何と顔立ちに幼さの残る少女だった。

 髪型はショートカットだが、前髪が目にかかるくらい長い。

 年齢は自分と同じくらいか、それとも少し下かだろう。


 何処となく中世的な顔立ちで、現実で聞く声も性別が今一つわかりにくい。

 女の子だ、と士郎が判断したのは、黒いと思っていた彼女の服が紺色のセーラー服だったためだ。


「君が来てくれるか否か、実は半分賭けだったんだ。夢だと判断される可能性があるからね」

「あんな夢を三度も見てそれでも平気だったら、そいつは神経がずぶと過ぎると思うよ」


 少女は小さく声をたてて笑い「そうだね」と頷く。

 そのまま彼女は視線をちらりと川の方へ向けて、「まずは自己紹介かな」と表情を切り替えた。


「僕の名前は……そうだな、黄昏の叛逆者(トワイライトリベリオン)とでも呼んでくれたまえ」

「闇乃木里美さん?」

「え!?」


 唐突に士郎が呼んだ名前に、クールだった少女の表情は崩れて口が大きく開く。

 わたわた手を振り乱しながら一歩後ずさり、顔を赤くしたり青くしたりしながらこちらを凝視している。


「ど、どどどどどどどうして僕の恥ずかしい名前……っ!違う!隠されし真名を!」

「ここにペンケース落ちてるけど。君のじゃないの?」

「うわああああああっ!!!!」


 歩道の真ん中に落ちていたペンケースを拾い上げると、慌てて少女はそれを奪い返した。

 すでに彼女の腕の中に隠されてしまっているが、紫色のケースには『(十字架マーク)闇乃木里美(十字架マーク)』と書かれていたはずである。


 ちらりと見ただけだったけど、合っていたらしい。

 しかしペンケースに名前を書いているところを見ると、案外物持ちのいい子なのかもしれない。


(だけど闇乃木、か……)


 桜小路みやびから聞いた悪の拳法家の話を思い出し、士郎の顔は次第に険しくなっていく。

 珍しい苗字だし、偶然同じだったということはあり得ないだろう。


 だが目の前にいる少女がみやびでさえ恐れる凶悪な人物には見えず、ためらいながらも士郎は切り出した。


「僕がここに来たのは、君のその力のことが聞きたかったからなんだけど」

「ああ、君も僕らのこの能力(ちから)を既に知っているようだね。意外だったよ」


 黄昏の叛逆者(トワイライトリベリオン)改め闇乃木里美は、パニックから一転、さっと顔を引き締めた

 あまりの早業にあ然としていると、彼女はまた視線を川に転じて語り始める。


「僕たちのこの力の由来はもう桜小路みやびから聞いているんだね」

「ああ、つい最近ちょっとした事件があってね。彼女が対処してくれたんだ」

「そうか、それは災難だったね」


 その台詞に、あの巨大な化け物を作り出したのは君なのか?と問いかけそうになり……士郎はためらう。

 もし彼女がみやびを害す危険な拳法家なら、もう少し話を合わせてどういう人物か探ったほうが安全かもしれない。


 口を閉ざしてしまった己をどう思ったのか、里美は冷たい眼差しをこちらに向けて怪しく笑った。


「桜小路みやびが真実を語るなら、もう少し君が篭絡されてからだと思ったよ。その方が効果的だからね」

「何が効果的なのかわからないけど……僕に夢を見せていたのは、君の力なんだよね」


 問うと里美は静かに頷く。

 ことさら冷たくなった眼差しに、士郎の背に緊張が走った。


 いったい何の目的があって、彼女はあんな夢を見せてきたのだろう。

 何処となく忠告めいたものだった気もするが、現実で起こった出来事とはかけ離れすぎている。


 これも桜小路みやびを狙う、闇乃木流の作戦の一部?士郎もまた悪しき心を増幅させられ、怪物を生み出してしまうのか?

 警戒が強まっていく己に気が付いたのか、里美の口元がにやりと凶悪につり上がる。


「そう怯えなくてもいい。君に危害を加えないさ」

「……本当か?」

「まあ警戒してもしかたないか。僕は桜小路みやびの光の魔力と反対の、闇の魔力を持っているんだから」


 ───左手で左目を隠すように覆う里美は、夕焼けを背景に妖しく笑っていた。

 ぎらりと光る右目と見つめ合い、士郎はしばらく動けず、声を出せないでいた。


 ……彼女のとったポーズの意味がいまいち理解出来なかったのである。

 一通り時間が過ぎた後、ようやく「ん?」とだけ言って首を傾ける。


 闇とか光とか魔力とか、何だか桜小路さんから聞いていた話と印象が違うなあ、と思った。

 士郎の反応が望むものではなかったのか、里美はしばし硬直していた。

 が、何でもない風を装い、ポーズを解いて口元に笑みを浮かべたまま視線を川へ転じる。


「桜小路と対をなす闇乃木のことは聞かなかったのかい?」

「いや、聞いたけど。何だか思っていた印象と違くて」

「ふっ、真に能力(ちから)あるものは外見には現さないものさ」


 まあ拳法家全員が筋肉装備のマッチョというわけではないのか。

 流派ごとに技術の言い方に違いがあるのかもしれないし、士郎もみやびの技のことを聞いたときは魔法かと思ったものだ。


 取り合えずこれ以上追及しないことにして、士郎は次の質問を投げかける。


「闇ってことは、君は闇の拳を使うのかい?」

「闇の剣?いや、僕の能力(ちから)は幻覚を見せたり相手を眠らせたり……夢を繋げたりするものだよ」

「へえ、色々種類があるんだ」


 だとすると闇乃木里美がマッチョじゃなくても別にいいのかもしれない。

 そう士郎は納得したが、実は言葉の意味が違う。

 お互いの考えが少しずれていることを二人は認識出来ておらず、またそれを指摘する者もこの場にいない。


 齟齬に気付かぬ士郎は僅かに考え込み、少し切り込むかと決めて顔を引き締める。


「それで、これが本題だけど、どうして僕の夢に出てきたんだ?僕を呼び出した理由は?」

「わからないかい?鷹司士郎。これは忠告なんだ」


 意味深に里美が笑う。


「桜小路みやびは危険だ。彼女はうろんな愛を求めて世界を壊すヒロイン。君も見ているだろう」

「うろんな愛?世界を、壊す?」

「彼女の存在に魅了されて骨抜きになった人間、そんな人が君の周りにいるんじゃあないかい?」


 その台詞で頭に浮かんできたのは、速水百合香の横顔だった。

 恋する乙女の眼差しで、桜小路みやびの姿を見つめる我が婚約者。

 あれを見たとき、足元から崩れていく感覚を士郎は覚えたのだ。


 さっと顔色の変わった士郎を、里美は目を細めて眺め「心当たりがあるみたいだね」と言った。


「誰がやられたんだい?恐ろしかっただろう。桜小路みやびが男たちを惹きつけて自分の囲いにする様は」

「いや、男ではないけど」

「え?」

「え?」


 お互いにぽかんとした顔を突き合わせたが、一瞬早く我を取り戻した里美が「こほん」と咳ばらいをする。


「ともかく桜小路みやびがこの世界に転生した目的は彼女のうろんな愛のための王国を作ること。まったく浅ましい願いだよ」

「……その転生って言うのも、本当なのか?」

「もちろん」


 闇乃木里美は笑って頷く。

 今までにも不思議な出来事はたくさんあったので、これももしやと思う気持ちが沸いてきている。

 桜小路みやびほどの強大な力の持ち主なら、輪廻すら飛び越えるのでは?そう思わせる説得力があった。

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