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夢に迫る侵入者!闇乃木流の野望!!01

 日比野猛と桜小路みやびの料理対決から、既に一日経っている。

 料理美味しかったねーという感想がいまだあちこちで話し合われる教室を抜け出し、士郎は一人中庭のベンチで昼食をとっている。


 膝の上の弁当箱に詰め込まれているのは好物のそぼろだが、あまり心は浮き立たない。

 目を閉じれば、昨日最後に見た猛の泣き顔がぐるぐると回るのだ。


(……言い過ぎたのかな。もう少し彼の心を考えるべきだったかもしれない)


 士郎はあの調理室での一連の出来事から、泣いて逃げ出した後輩とは会っていない。

 今日は猛は学校を休んでいるようだし、何より彼が自分と会うのを拒否しているようだった。


 通話アプリにも返答は無いし、家に電話しても「具合が悪いみたいで」と家族に対応されてしまう。

 直接尋ねていくことも考えたが……あまりしつこいと、猛の心を追い詰めてしまいかねない。


 本日幾度目かわからない深いため息をついて、士郎はそぼろご飯を一口食んだ。


(明日には学校に出てきてくれるといいけど。きちんと話し合いたいな)


 自らこんなことを思うなんていつもなら考えられないな、と他人事のように思う。

 普段は猛と直接会話するのに、ほんの少しためらいを感じているからだ。


 猪突猛進な彼と話すと目が回る……というのもあるが一番の原因ではない。

 己に憧憬の眼差しを向けてくる猛が、自分の状況を犠牲にしてまで行動していないか心配になってくるのだ。


 彼の眼差しが重いわけではない。時折暑苦しさを感じるが、慕ってくれるのは純粋に嬉しい。

 しかし日比野猛に何もかもを捨てさせてまで、士郎はそれが欲しいわけではない。


 後輩が純粋すぎるがゆえに付きまとう不安が、往々にして士郎を悩ませる。


「……猛には猛の人生を歩んでほしいけど」


 彼にそれを伝えるには、どうするのがベストなのか……士郎は思いを巡らせる。

 つれつれと思考して食事を終えると、ふと眠気が襲ってきて大きなあくびが出た。


 頭を働かせたせいだろうか?それとも満腹になったからか?

 午後の授業まで昼寝をしようか…などと考えているうちに、いつの間にか士郎のまぶたは閉じていた。



 薄っすらと意識が浮上してきて、士郎はここが夢だと気付く。


 椅子に腰かけたままの体勢で、浅い眠りの中にいるのだろう。

 起きたら首を痛めてそうだなあとぼんやり考えていると、にわかに背後から人の気配を感じた。


「へえ、すごい!日比野くんって料理が上手なんだね!」


 愛らしく弾むような声である。

 何処となく聞き覚えのあったそれに振り返れば、士郎はいつの間にか中庭ではない場所に移動していた。


 あれ?と思ったが、夢の中なのだから別に移動しなくてもいいのか。

 周りにいるのはエプロン姿の生徒たちで、どうやらここが月城学園の調理室だということがわかった。


 先ほど声を上げたのは、目の前の調理台で作業をしているボブカットの女子生徒である。

 彼女は向かい側にいる男子生徒の手元を凝視して、再び感嘆の声を上げた。

 どうやら男子生徒が魚をさばく腕前に見とれているらしい。


「私こんなに綺麗にお魚をさばけないわ。何かコツってあるの?」

「ふん、日々鍛錬が必要と言うことだ。それよりお前、手が止まっているぞ」


 返されたその声に心臓がぎくりと跳ねる。

 よくよく見つめれば少女の前で包丁を握っているのは、日比野猛であった。


 少女は猛の叱責に「ごめんなさい」と謝罪し、ニンジンの皮むきを再開する。

 丁寧な手つきの彼女を見つめ、猛は「ふむ」と納得したように魚を三枚におろし始めた。


(…変な夢だなあ。いや、この夢ってもしかして)


 何の変哲もない調理実習の光景に首を傾げかけ、士郎はふとボブカットの少女の横顔を見つめる。

 少女はこちらに気付いた様子はない。が、士郎自身はその正体に気が付く。


 紛れもなく彼女は夢の中のみ出演の、桜小路みやび(小)だった。


(まだ見るのか、この夢。何の役にも立たない(ジャンルがちがう)のになあ……)


 腕を組みながら、士郎は唸る。

 もしかしてこれは、先日のオリエンテーション……平和に行われていたら見られた光景、なのだろうか?

 穏やかに調理する生徒たち、そして猛の表情に、思わず胸が締め付けられる。


 しかし二回ならともかく三回目である。

 ここまで似たような雰囲気の夢を見ると、もはや自分の頭の問題ではないのではという疑問が持ち上がってきた。


 ───「桜小路みやびは日比野猛に接触しただろう。それで、どうなったんだい?」

 ───「貴方は、この前の……」


 にわかに聞こえる遠い声。もう士郎は驚かなかった。

 声の出どころを一応ぐるりと見回すことで探しながら、不機嫌そうに片眉を跳ね上げる。


 もちろん声の主が、調理室内に姿を現したわけではない。

 どこにいるかもわからない相手を睨むように天井を見上げながら、士郎は静かに告げた。


 ───「いまさらこんな夢を見ても何ともならないよ。猛はこのオリエンテーションで深く傷ついたんだ」

 ───「なるほど……、桜小路みやびも本気を出してきた、ということだね。きっと彼女はこの後、日比野猛の心を救済しに行くんだろう」

 ───「救済?」


 聞き逃せない台詞に、士郎は首を傾げて問いかける。

 声は何処か楽しそうに「ああ!そうだよ!」と語り始めた。


 ───「日比野猛の君に対する依存心を見抜き、指摘することで心に傷を負わせる!そして自らその傷を癒し仲を深めるという卑劣な手段さ!」

 ───「は?」

 ───「二人を見てみるんだ」


 どうやら目の前にいる猛とみやび(小)のことらしい。

 言葉の意味を訪ねたかったが、取り合えず士郎は調理を続けていたはずの二人へと視線を転じた。


 先ほどまでは静かで穏やかな時間が流れていた……が、今は何処となく雰囲気がひりついている。

 どうかしたのかと目を見張ると、眉間にしわを寄せる桜小路みやび(小)が猛に言った。


「日比野くん、それって何かおかしいよ。本当に鷹司先輩はそれを望んでいるの?」

「なっ!」


 猛の目が見開かれ、鍋におろした魚を投入しようとしていた手が止まった。

 さらに増した不穏な空気が、ぴりりと弾ける。


 いったい何が起こったらこんな言葉に繋がるのだろう。

 だが猛にとっては重要な言葉だったらしく、顔を真っ赤に染めてみやびを睨みつける。


「お、俺は……、士郎様の、士郎様のためになら人生を差し出せる!あのお方の役に立つことが、俺の全てだ!」


 その時士郎が受けた衝撃は、恐らくすぐ前にいる桜小路みやび以上だっただろう。

 猛からは、決して聞きたくない言葉だった。


 自分のために何もかもを犠牲にする猛など、士郎は望んでいない。

 呆然とする己の前で、傷ついた顔をした桜小路みやびが訴えるように言った。


「日比野くんはそれでいいの?何もかも先輩を優先して、自分の人生なのよ!」

「うるさい!!お前には関係ない!」


 怒鳴るというより吠えるように言った後、猛はみやびを一睨みして駆け出してしまう。

 調理室のドアを開け放したまま去っていき、室内には騒然とした空気だけが残った。


 ここまで劇的では無かったが、現実でのオリエンテーションと一緒である。


 言葉を失う桜小路みやびと同様に、士郎も動けなかった。

 色々考えることがあるはずだが、頭がうまく働かない。

 それほど猛の叫びと態度にショックを受けていた。


 ───「確かにあれはこの世界のヒロインとして正しい言葉なんだろうけど……人を追い詰めてまで言うべきなのかな?」


 嘲笑うかのような謎の声が、耳元でくるくると回る。

 それがまた士郎の心をざわめかせた。それでも頭は働かず、しばらくぼんやりと佇んでいた。


 声が己に何か語り掛けてくるのを右から左に聞き流し……しかしふと一つだけ思いついて口を開く。


 ───「あの、もしかして貴方も桜小路さんと同じような力を持っているんですか?」

 ───「……!」


 この問いかけに、相手は僅かに驚き息を飲んだようだった。

 彼(彼女?)はしばらく悩んだ様子だったが、やがて深刻さを増して「そうか……」と呟く。


 ───「桜小路みやびは既に君に能力(ちから)のことを語っているのだね。意外だったよ。話すならもう少し後かと……」

 ───「どういうことです?」

 ───「放課後、中央橋の真ん中まで来てくれるかい?そこで全てを離すよ」


 貰えなかった答えに「なんだって!?」と言い募ろうとしたが、そこで視界が暗くなり、意識が浮上した。


 「あ」と思う間もなく、士郎は目覚める。やはり中庭のベンチの上で舟をこいでいたようだ。

 見た夢を反芻ししばし言葉を失っていると、予鈴が鳴った。


 慌てて弁当箱を片づけて教室に向かう。

 最後に聞いた謎の声が、耳の中に残っていた。

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