対決!桜小路みやびVS日比野猛!!03
ミーティングと言う名のオリエンテーション反省会を終えて、鷹司士郎はいち早く生徒会室を出た。
落ち着こうとは思っているが、胸中に渦巻く漠然とした不安のせいか、つい速足でつかつかと足音を立てながら歩いてしまう。
上級生として、そして生徒会役員として、あまり褒められた廊下の歩き方ではない。
しかしどうしても調理実習室の様子が気になっていた。
(猛は迷惑をかけていないだろうか?一応、部長と桜小路さんに許可は取ってあるみたいだけど……)
日比野猛は礼を重んじるところがあるから、周りへの配慮をかくことはないだろう。
それでも思い込みが激しいし、視野が狭くなることもある。そのせいで余計なトラブルを呼ぶ可能性があることを、士郎は案じていた。
(普通に料理の良し悪しを比べるだけなら、何も起きないと思うけど……)
それでも一応、調理実習室の様子は見ておきたい。
自分を安心させるように「大丈夫」と胸中で繰り返しながら歩いていると、廊下を渡るには相応しくない速度になっていた。
「おや、鷹司君。どうしたんですか?走っては危ないですよ」
背後からふいに名を呼ばれ、士郎はほぼ小走りになっていた足を慌てて止める。
怒られるかと恐る恐る振り返ったが、そこにいたのは教員ではない。
女生徒と見まごうほど端正な顔に、柔和な表情を浮かべた男子生徒だった。
知り合いの……しかも世話になっている人だったので、慌てて士郎は背筋を伸ばしながら頭を下げる。
「柳谷先輩、お疲れ様です。すみません、急いでいたもので」
「いえいえ。でも焦っている様子でしたので気になって」
穏やかな様子で、ルールを守っていなかった士郎に対しても笑顔を浮かべる彼の名は、柳谷肇。
私立月城学園三年生で大会社柳谷グループの御曹司でもあり、学業成績は常に上位を占めている秀才。
鷹司コーポレーションとも付き合いがあり、己も幼いころから面倒を見てもらっていた。
恥ずかしい所を見られた、と内心反省しながら、士郎は弁解するように口を開く。
「実は猛が同級生と料理対決をすると言っていまして。気になって見に行く途中だったんです」
「ああ、僕も聞いてますよ。確か桜小路さんと勝負するつもりなんですよね」
なるほどと頷く柳谷肇は、現在茶道部の部長も務めている。
同じく茶道部に在籍している桜小路みやびのことは知っているはずだった。
まあ、彼女は目立つのでこの学園内で知らない人はいないのかもしれないが。
「実は僕も桜小路さんの勝負を見に行くつもりだったんですよ。一緒に行きませんか?」
「ええ、ぜひ」
穏やかな肇といると、こちらも落ち着いてくるのでありがたい。
士郎は先輩と二人連れだって、目的地のある東棟二階へと歩いていく。
実習室に近づくたびにかぐわしく腹の減る良い香りが漂ってきたが……明らかにこれは菓子類の匂いではないと首を傾げた。
(……猛、何を作ったんだ?)
肇といたことでなだらかになっていた気持ちが、再び不安に支配される。
やがて調理実習室にたどりつき、扉の引き手に手をかけようとすると、わあっ!と大きな歓声が中から上がった。
一瞬だけ肇と顔を見合わせ、士郎は恐る恐る扉を開ける。
生徒たちのざわめきと料理の香りが一段と強くなった。
見れば一番奥の調理台に、生徒たちが詰め寄せて人だかりになっている。
彼らは一様に何かを咀嚼し、感動したように頬を紅潮させ、時には目に涙さえ浮かべている。
一言で言えば異様な光景だった。
「す、すごい……!大根がほっくりとしていて口に入れると溶けるように崩れる!だしの味も素晴らしい……!!!」
「このきんぴらごぼうも絶品だわ……!まるでごぼう自体が黄金色に輝いているみたい!!!」
「何と言う飾り切りっ…!!芸術じゃないのが不思議なくらいだ……!!!」
───グルメ漫画でも始まったのだろうか?
人だかりの中から声が響き、ついそんなことを考えてしまう。
が、呆然とする士郎とは正反対に、穏やかな気質の肇はにこにこと「何だか凄いですね」と笑顔を浮かべていた。
「そんなに美味しい料理なら、僕も食べてみたいです。どちらが作ったんでしょう?」
「ええと、うーん……。あ、桜小路さん!宮村さん!」
人だかりの中に一際大きな女子生徒を見つけ、士郎は手を振った。
みやびの隣には彼女の友人、宮村ゆみこの姿もある。
身長の高いみやびがこちらを見つけ、ゆみこに何か告げてから歩み寄ってくる。
よくよく見ると彼女はくまさんがついたエプロンをしており、「こんな大きなエプロンよくあったなあ」とあまり関係ない感想を抱いた。
「鷹司殿。わざわざご足労痛み入ります。委員会は終わったのですか?」
「ああ、それより凄い人だな。そんなに美味しい料理が出来たのか?」
軽く礼をするみやびに微笑み、後ろで起きているカオスについて尋ねる。
「皆、我の作った料理を気に入ってくださったようです。膝をつき涙を流して食べてくれた者もおり、作り手冥利につきます」
「気に入るってレベルじゃないような?」
人生観変わる次元の絶品を脳みそに叩きこまれて無いだろうか?
いったい彼女はどんな料理を作ったのだろう……と好奇心が湧き出てきたので、士郎は人だかりの中をまじまじと観察した。
中心に行けば行くほどみやびが言った通り、人生観変わるレベルで感動している者が多くなる。
いっそみやびの腕前に畏怖すら感じていると、何かを咀嚼しながら膝をついている生徒の中に、見知った人物がいることに気が付く。
「猛?」
地面に膝をつきうなだれているのは、間違いなく己の後輩、日比野猛だった。
彼もまた料理に舌鼓を打っているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
ぶるぶると異常なほど体が震えており、士郎は慌てて人込みを抜けて猛に駆け寄った。
「猛?いったいどうしたんだ?大丈夫か?」
「士郎様…………」
そっとその背中に触れると、猛が士郎の名を呼びながら顔を上げる。
彼のまぶたは真っ赤に晴れ上がり、その目は充血している。頬には幾重にも涙のあとがあった。
凛々しい顔立ちが見る影もないその様に一瞬言葉を失い、しかしやはり何かあったのだと今一度問いかける。
「大丈夫か?どこか痛いのか?それとも気持ち悪いとか?保健室に……」
「士郎様……俺は、弱者です。負け犬です……」
「は……?」
ぐしっと鼻を鳴らしながら呟いた猛に、士郎は首を傾げる。
再び顔をうつむかせながら、猛は呻くように続けた。
「初歩的なミスを犯して、勝負に敗したのです……。俺は、もう、包丁を握る資格はありません……」
「包丁って……もしかして料理対決のことを言っているのか?」
訊ねると、力なく猛は頷く。
周りの様子から察するに、桜小路みやびの料理は絶品過ぎたのだろう。
それと自信を比べ、彼が自信喪失してしまうのも無理はないのか。
だがそれでも二人は料理人では無いし、何かをかけていたわけでもない。
世界の終わりを聞かされたのではと勘ぐるほど落ち込む必要もないと、士郎は思ってしまう。
言葉を選んで柔らかくそう告げるが、猛は拒絶するように首を横に振った。
「しかし、俺は士郎様のために、勝負に勝とうとしたのです……。でも逆に、士郎様の名を汚す結果になって……」
「待て、僕のためだって?」
聞き捨てならない台詞を聞き、士郎は少し強めに聞き返してしまった。
再び顔を上げた猛は、真っ赤な目を潤ませながらぽつぽつと語り始める。
「桜小路みやびと百合香様がお知り合いになってから、士郎様の元気がなくなっていたことに気が付きました。だから俺は……士郎様の雪辱を晴らそうと桜小路に勝負を……」
「そんな……」
次第に力なくしおれていく猛を、士郎は愕然と見つめる。
この料理勝負は自分のため、自分のせいだったというのか。
見れば調理室にいる誰もが予定されていたパウンドケーキを作っておらず、この勝負が邪魔になってしまったことは想像に難くない。
しばらくぼんやりとしていたが、やがて気づかれないようにため息をついて猛に声をかけた。
「猛。お前の気持ちは嬉しいよ。僕を気遣ってくれたというのもわかる」
「士郎様……!」
「でも他人を巻き込むのは駄目だ。それに今回のこと、桜小路さんは悪くないだろう。僕が勝手に落ち込んだんだ」
ぱっと顔を上げた猛にしかし、士郎は厳しい表情で首を横に振る。
みるみるうちに後輩の顔は青くなってしまった。ぶるぶると地面につく両腕が震えはじめる。
少し可哀想かとも思ったがそれでも士郎は心を鬼にし、言葉を続けた。
「皆の予定を狂わせて、あとできちんと先輩や先生たちに謝っておくんだ。もちろん桜小路さんにも」
「……」
「だけどお前がこういう行動をとったのは、僕の責任だ。僕が落ち込んだところを見せたのが原因だし、お前の暴走に気づけなかった」
「そんな、士郎様は!士郎様は何も……!全ては俺が!俺が……!」
叫ぶように言って猛は、勢いよく立ち上がった。
ぎょっとしながらも声を掛けようとした士郎に視線も寄越さず、彼は振り返り走り去っていく。
「猛!待て!」
その背中に己の声は届かない。
伸ばした手が虚しく空を切った。




