対決!桜小路みやびVS日比野猛!!02
滞っていたポスターの作製も何とか終了し、私立月城学園のオリエンテーションは開催された。
講堂での生徒会長による挨拶から始まり、お披露目されるのは吹奏楽部の演奏、演劇部の芝居。
月城学園は実力のある生徒たちが集っているので、どれも学生の座興とは思えぬほどのクオリティの高さだった。
その後予定のない先輩たちは各委員会、各部活でミーティング。一年生の希望者は料理部とともに調理実習室へと向かう。
恒例となっている料理部との合同調理実習。毎年作成されるのはごく簡単な菓子類で、今回はパウンドケーキの予定だった。
調理実習室に集まった生徒は、メニューが甘味のためかどちらかと言えば女子が多い。
その中にぽつりと割烹着姿の男子生徒が一人、目を閉じて腕を組み仁王立ちしている。
異様な雰囲気をさらしだしている彼に近づこうとする物好きはおらず、その周りには自然と円が出来ていた。
その時、調理実習室の扉ががらりと開かれて、一際大きな体の女子生徒が友人とともに入室する。
刹那。今までじっと佇むだけだった男子生徒の目が、かっと大きく見開かれた。
「待っていたぞ、桜小路みやび!さあこの俺と料理で勝負しろ!!」
男子生徒……日比野猛が声を張り上げると、騒がしかった話し声がいっせいに止んだ。
同時にくまさんのエプロンを身に着けている巨体……名を呼ばれた桜小路みやびその人が、ゆっくりと彼に視線を転じる。
彼女は常から険しい目をことさら険しくさせて、真っ直ぐに猛を射抜いた。
常人なら気絶してしまいそうな圧倒的な気迫を、その巨体から感じる。
しかし猛とて生半可な気持ちでここに立っているわけではない。
みやびの眼差しをしっかりと受け止めて、同じように睨みつけた。
「日比野……。本当に勝負するのか?」
「当たり前だ!この日比野猛に二言は無い!桜小路みやび、まさか逃げるとは言うまいな!この俺の包丁さばきを恐れたか!?」
───何でバトル漫画の三下みたいなこと言っているんだこいつ?
そんな戸惑いとともに、ざわりと実習室の生徒たちに広がる動揺。
顔を見合わせ成り行きを見守っていた彼らは、助けを求めるように調理部部長へと視線を向けた。
今年三年生になる老舗小料理店の一人娘は、全てを諦めた様子で首を横に振っている。
それを見た一同は、どうやら自分たちはとんでもないことに巻き込まれているらしいことを遅まきながら悟った。
◆
日比野猛と桜小路みやび、世紀の料理対決は実習室の一番端の調理台で行われることと相成った。
料理演目はずばり『日本の食卓』。
調理台に乗る材料たちは、野菜に肉類魚類、それにキノコ類。本格的な出汁用昆布や鰹節までそろい踏みだ。
全て日比野猛が産地まで行って調達してきたものである。
「スイーツじゃないのか……?」という素朴な疑問は、いったい誰が発したものだったのだろう。
勿論この疑問に答えるものは誰もおらず、真相を知っているのは日比野猛ただ一人に違いない。
「ほ、他の皆はパウンドケーキ作ろうか?」
そう促したのは調理部部長だったが、一同その場から動けなかった。
二人の気迫に押されて歩くことすらためらわれたし、この一世一代の戦いを見逃すことは出来ない気持ちも大きかったのだろう。
エプロン姿の生徒たちが固唾を飲んで二人を見守る中、猛は鋭い眼差しを向かいにいるみやびへと向けた。
「調理時間はきっかり二時間!合同調理実習が終わるまでだ!もちろん調理器具の片付けも含まれるのだぞ!」
「心得た」
歴戦の貫禄を持って頷いたみやびは、ストップウォッチを片手に呆然と立っていた宮村ゆみこを振り返る。
猛もまた彼女に顔を向け、二人分の視線に気づいたゆみこははっと我に返ってストップウォッチのボタンに指をかけた。
「そ、それじゃあ今からきっかり二時間!よーい、はじめ!」
かちり!と音を立ててボタンが押される。
瞬間、日比野猛と桜小路みやびは、目にも止まらぬ速さと燃え上がるような気迫る気がするのだが、誰がつっこむわけでもない。
怒りに燃えながらも彼は魚類の中からサバを選び、まな板に乗せた。
鮮度がいいうえに脂がのっており、非常に美味しそうな真サバだ。
「……ふ、わざわざ漁港に行って買ってきた甲斐があったな」
小さく漏らした呟きに、「え?そんなところまで行ったの?」というざわめきが生徒たちの間で起こる。
もちろん猛は外野の声になど狼狽せず、黙々とサバを下ろしていく。
猛の丁寧な包丁さばきに、実習に参加した一年生だけじゃなく調理部からも感嘆の声があがった。
得意と豪語するだけあって、その手際には一切の無駄がない。洗練されているといっても良かった。
普段の騒々しい彼しか知らない女子生徒の一部が、そのギャップに少しだけ頬を染めている。
色めき立つ一同の中で、猛はサバに浅く切り込みを入れ、ぬめりを取り除くために湯掻く。
きちんと手順を踏めていることに満足しながら、今度は鍋に水を張りコンロにかけサバを広げ入れた。
(さあ桜小路、俺は手ごたえを感じているぞ!一体貴様はどんな料理を披露してくれるつもりだ!?)
内心ほくそ笑みながら、猛は向かい側のみやびへと視線を転じる。
先ほどから彼女は微動だにしていない。日本の家庭料理の奥深さに戸惑っているのではなかろうか?
それにあの大きな手では、己より繊細な包丁さばきなど出来ないだろう。
この勝負、技術の勝る自分の独壇場だ。
すでに勝利すら確信していた猛は……しかしみやびの意外な姿に、大きく目を見開いた。
「なっ!!!そ、それは……なんだっ!?」
猛の目の前を、ふわりと白く薄い、絹のようなものが過る。
繊細でつややか、手で触れれば一瞬で崩れてしまいそうな儚さを持ったそれは、桜小路みやびの巨大な手から下へ下へ伸びていく。
まるでするすると織り上げられた反物のよう。
一瞬、みやびがその手から薄い布を生み出しているかのように見えた。が、違う。
彼女の右手には包丁が握られ、その巨躯からは想像も出来ないたおやかさで動いている。
そして左手に握られているものを確認したとき、猛の目はさらに見開かれる。
雪のような白さと足のような立派な太さを持ったそれは、紛れもなく自分が農家さんから直接買い付けた大根だった。
「まさかそれは……っ!大根のかつらむき!?し、しかしなんて薄く美しい……っ!?」
呆然とみやびを、そして彼女の手から生み出される白い反物……否、薄く切られた大根を交互に見つめる。
巨大な体に似合わぬ繊細な技術に、猛だけでなくゆみこも、そして周りの生徒たちも呼吸を忘れて見守っていた。
先ほど猛の見せた包丁さばきなどこれに比べたら児戯にしか見えず、もはや誰も覚えていない。
一同の視線を集めたみやびは、口元にかすかな笑みを浮かべた
「大根のかつらむきは得意なのだ。……それより日比野、サバの火加減はいいのか?」
「はっ……!」
慌てて視線を鍋に戻せば、すでにぼこぼこと沸騰してしまっている。
すぐさま煮汁と味噌を混ぜ合わせて、鍋の中に入れた。ふわりとした良い香りが部屋中に漂い始め、落し蓋をする。
のは
(……灰汁を取り忘れた)
そのことに気が付いたのは、既に鍋を火から下ろした後。
愕然としていると、目の前でみやびが大根の煮物と、きんぴらごぼう、飾り切りの菊が乗った野菜サラダを作り終えていた。
「きんぴらごぼうは大根の皮で作ったのね……。すごいわ、みやびちゃん」
「本来なら大根菜の味噌汁もつけたいところだが、時間がな」
近くで聞こえるみやびとゆみこの会話が、焦燥感を煽る。
額からじわりと嫌な汗が浮かぶのを止められなかった。




