対決!桜小路みやびVS日比野猛!!01
鷹司士郎はがっくりとしていた。
がっくりという見本があるなら、まず士郎が選ばれるだろうというくらいに立派ながっくりだった。
がっくり選手権が開催されたら、表彰台の一番上にいるのは間違いなく己である。
おかげで本日己に任された仕事、『オリエンテーションのお知らせ』ポスターの制作が全く進まない。
机の上に置いたまま真っ白になっているそれを見つめながら、士郎はがっくりとため息をついた。
「百合香……」
吐息とともに唇から漏れ出した言葉は、誰もいない生徒会室の中に浮かんで消えていく。
頭の中では愛しい婚約者が桜小路みやびに向けて頬を染めた顔が、ぐるぐると回るばかりだった。
(桜小路さんみたいな人が好きなのか百合香……)
もちろん己の問いに答える人物は誰もいない。
このままでは生徒会の仕事どころではなかった。
役立たずに成り果ててしまった自分を嘲っていると、恐る恐るといった様子で生徒会室の扉が開く。
視線だけでちらりと見れば、紙の束を両手で抱えている瀬名優斗が半眼で室内に入ってくるところだった。
「……士郎さん、お疲れ様です。お慰めした方がいいですか?」
「大丈夫、余計な気を回されるとなおさら心が痛くなるよ……」
「すみません」
あまりすまないとは思っていなさそうな口調で告げて優斗は、抱えていた紙束をよっこいしょと机に置く。
全校生徒に配る『オリエンテーションのお知らせ』のプリントだった。
「進まないならこっち手伝ってください」と冷静にプリントの山を渡され、士郎は無感情にクラスの人数ごとにそれを分け始める。
速水百合香の好みが桜小路みやびのような人間なら、士郎とは完全に正反対だ。
あまり運動はしないので筋肉は無いし、背は高いほうだがみやびには劣る。
王子様のような顔立ちと褒められることは多いが、百合香に格好いいと言われなければ意味がない。
せめて頼りがいや包容力があればいいが……それすらもみやびのたくましい腕や胸板には負けるだろう。
───そこまで考えて、士郎は自分の長所に疑問を持ち始めた。
「……なあ、優斗」
「何でしょう?」
「僕が桜小路さんに勝っている部分ってなんだと思う?」
問われた優斗はしばし動きを止めて、虚空を睨みつける。
彼は時計の秒針がたっぷり一周するほど考え、思いつきましたとでも言いたげにぽんと手を打った。
「財力」
「身も蓋もないな」
「余計な気を回されるとなおさら心が痛くなると言われたもので」
あまりに無慈悲な回答にがっくりがかさ増しした士郎は、うなだれながらプリントを分け続けた。
生徒会長特製の見やすくもユニークなプリントには、オリエンテーションの詳しい内容が書いてある。
去年のイベントは楽しかったなあ、と考えながら、ふと思いついて隣に座った優斗に再度問いかけた。
「猛は料理部だったよな。新入生歓迎メンバーに選ばれているのかな?」
「あれで彼は料理が得意ですしね。選ばれない方がおかしいと思いますよ」
それもそうかと、士郎は猛の作ったコロッケの味を思い出し頷いた。
日比野猛はあのやかましい言動にかすんでしまう事も多いが、文武両道で多芸な面がある。
入学当初は桜小路みやび同様、運動部や他文化部への勧誘も多かったと聞いた。
しかし彼が入部届を出したのは、まさかの料理部である。
もちろんそこでも猛の手先の器用さが発揮されて、料理に興味があったのだろうとまわりから納得されていた。
士郎も猛がやりたいようにやればいい。そう思っていたのだが……。
(まさか猛、僕の手伝いが出来るから練習の無い部に入ったわけではないよな……)
にわかに先日の彼との会話が頭に過り、薄っすらとした不安が胸にもやをかける。
優斗は猛からこの件について何事か聞いていないだろうか?と、隣に座る友人に問いかけようとした───瞬間、がらりと元気よく扉が開いた。
「士郎様!この日比野猛!ポスターカラーを借りてただいま帰りました!!」
「噂をすれば影ですね」
「おかえり猛。わざわざありがとう」
声だけでわかる日比野猛の登場に、士郎は苦笑しながら顔を上げる。
質問をいったん喉の奥に飲み込んで、駆け寄ってきた後輩が手渡してくれたポスターカラーを受け取った。
なんだかいつもより目を輝かせている忠犬じみた彼に、先ほど優斗にも訊ねた問いを直接聞いてみることにした。
「なあ、料理部のオリエンテーションに猛は出るのか?」
「もちろんです!この日比野猛、士郎様のために栄光を勝ち取ってまいります!!」
「いや、くれるならコロッケがいいなあ」
「そもそも勝ち負けないでしょう」
背後で響いた冷徹なツッコミを聞いていないのか聞かなかったふりなのか、猛はぐいっと士郎に顔を近づける。
いつにも増して感じる炎のような熱気。どうしたと問うことも出来ずに目を瞬かせていると、さらに勢いを増した猛は叫ぶように言った。
「士郎様、件のオリエンテーションにはあの桜小路みやびも参加するのです!俺は彼女に勝負を申し込むつもりであります!」
「は?勝負?」
ぽかんと口を開く二人に対し、後輩は力強く「はい!」と答える。
「彼女の腕前を見てこの日比野猛、ぜひ戦ってみたくなったのです!桜小路のあの力、何としてもこの俺が超えたいと!!!」
「え?あ、いや……ちょっと待ってくれ、猛」
流石に看過できない台詞を聞いて、士郎はストップをかけるように手のひらを猛の顔の前に出す。
「まず猛は、別に宇宙から来た戦闘民族の末裔というわけじゃないよな」
「俺は地球人ですよ」
「うんなるほど。……それなのにお前は桜小路さんと戦いたい、と?」
みやびと猛の間で地球の命運をかけた戦闘が始まるわけではないと安心して、確かめるように問いかける。
冷静なこちらに反して、さらに熱い炎をたぎらせた猛は、首がもげるのではと思うほど勢いよく頷いた。
「確かに彼女に腕力で勝とうとするのは無謀でしょう。だからと言って学力テストまで時間がある。ならば俺が挑むのはこのオリエンテーションしかないと!!!」
「そうか?」
「そうです!得意分野の料理でなら俺にも勝ち目はあります!」
「そうか……?」
最後の士郎の言葉は、呆然としていた優斗に向けたものである。
友人はゆっくりとこちらと猛を交互に見、やがて「さあ?」と訝し気な顔で首を傾けた。
誰にだって答えられる質問じゃなかったかもしれない。
「士郎様!俺は何としても桜小路みやびと勝負がしたいのです!!どうかこの一戦、お許しいただけないでしょうか!?」
どう答えていいものか悩む二人をよそに、さらにヒートアップした猛は勢いよく頭を下げてきた。
ずいぶん気合の入った様子に、士郎は頭をかきながら唸る。
「それは勿論危ないことじゃない限り、何をするにしても猛の自由だけど……」
そこまで言って慌てて「ただし料理部の人や、桜小路さんに許可は取るんだぞ」と付け加える。
最後の一言を言い切る前に、猛がぱっと顔を上げた。
その瞳はまるで昼間の太陽のようにきらきらと輝いている
「ありがとうございます!!!士郎様のために必ずこの勝負の栄光をつかみ取りお持ちいたします!!!!!」
「だから、貰えるならコロッケが……」
「士郎さんにあげる必要はないんですけどね」
優斗がそうツッコミを入れた刹那、「ちょっと三人ともー。廊下まで声が聞こえてるよー」と苦笑した生徒会長が扉を開けた。
慌てて頭を下げて、三人はオリエンテーションのための準備へと取り掛かる。
いつの間にか当初のがっくりはどこかへ消え去っており、士郎はポスター作りに専念することが出来た。
◆
生徒会長が戻り、仕事を再開しながら日比野猛は、ちらりと鷹司士郎に視線を転じる。
黙々と作業に没頭している彼だが、やや顔色が悪く、疲れているように見えた。
その原因となる人物の顔がちらりと脳裏に過り、猛は人知れず奥歯を噛み締めた。
(申し訳ありません、士郎様。俺は士郎様に嘘をつきました。本当のことを言えば貴方は止めるでしょうから……)
敬愛する未来の上司への謝罪を胸に、猛は渡されたプリントをわけはじめる。
己を突き動かすのは揺るがぬ闘志と……桜小路みやびに対する燃え上がるような憤怒であった。
(桜小路みやび。貴様が百合香様のお心を奪ったのは、俺でもわかった!!士郎様の無念、必ず俺が晴らしてやる!!)
その言い方ではまるで、鷹司士郎が『戦いに敗れて散っていった戦士』になったように聞こえる。
だが猛は決して思いを口に出すことは無かったので、残念なことにツッコミは入らなかった。




