闇にうごめく影!闇乃木流始動!!02
最寄り駅のすぐ近くには、年配のマスターが切り盛りする歴史の古い喫茶店が建っている。
蓄音機から流れる音楽とシックでセンスのいい食器に家具、それに内装。全てがレトロな空気と調和し、居心地のいい空間が出来上がっている。
ただし高校生が入るには少々敷居が高く、マスターこだわりのメニューのお値段もそれ相応だ。
校則の関係でバイトは禁止されている士郎にとって、ここでのコーヒータイムはいささか財布にダメージがある。
それは隣に座る速水百合香にとっても同様なのだが、彼女は朝からずっと上機嫌だった。
紅茶とケーキが運ばれてきた今も笑顔は崩れることなく、テーブルを挟んで向こう側の席へと向けられている。
士郎たちの向かい側には大きい女子生徒と小さい女子生徒……桜小路みやびと宮村ゆみこが座っていた。
ゆったりしたボックス席のはずだが、みやびが座ると途端にミニチュアのように感じられて不思議である。
みっちりと詰まる巨躯をにこにこと見つめ、百合香は背筋を伸ばす後輩たちに語り掛けた。
「さあ、桜小路さん、宮村さん。どうぞお召し上がりになって」
「えっと、あの……」
「……申し訳ない。代金は払わせていただきます」
テーブルに並ぶケーキを勧める百合香に、みやびとゆみこは戸惑いっぱなしである。
遠慮がちな声に己の婚約者は首を横に振り、「いいのよ」と続けて語り掛けた。
「今日は喋りっぱなしで疲れたでしょう。わたくしたちのおごりです。ねえ、士郎様」
「ああ。先生に説明するのも結構時間がかかったしね。二人は何も気にしなくていいよ」
出費は確かに痛いが、それでも納得済みの士郎は快く頷く。
今日は休日であったが、『闇乃木流襲撃事件(優斗命名)』について改めて教師陣に説明をしに月城学園へ出向いていた帰りだった。
四人がかりで頼み込み、何とか一通りの理解を得て、学園は桜小路みやびの保護へ協力してくれることで話はついている。
最初は真剣に話を聞いていてくれた先生たちが、次第に「?」みたいな顔をし始めて、最後にはバックに宇宙を背負っていたのが士郎には印象的であった。
そのせいか予定外に時間を取ってしまったので、百合香と相談し二人の緊張をほぐすため喫茶店に寄ることに決めたのである。
しかし「気にするな」とは言ったものの納得しきれないらしい二人に、士郎は苦笑して続けた。
「実はこれはお詫びの意味もあるんだ。二人には……特に宮村さんは僕のせいで嫌な目に合わせてしまったから」
「え……?」
ぱちくりとゆみこが大きな目を瞬かせて士郎を見る。
「君たちが闇乃木流の作り出した怪物に襲われたのは、元をただせば僕のせいだ。僕があの子たちに誤解されるようなことをしてしまったんだよ」
士郎は桜小路みやびに対して不安を抱き、彼女を探るような行動をとっていた。
他意は無かったが、結果として生徒たち……士郎のファンを名乗る女子生徒に誤解を抱かせたことは間違いない。
彼女たちには既に注意をし、反省を促している。
こっそり呼びつけて下級生を痛めつけるという手を取ったにしては、やけに素直に自分たちの言うことを聞いてくれた。
もしかしたら闇乃木流の技を受けたせいで、性格も変わっていたのかもしれない。
彼女らにも外傷はなく、今は普通に学園生活を送っていることが救いであった。
一連の出来事を思い出しながら「すまない」と改めて謝罪し頭を下げる。
唐突な士郎の姿に、みやびは目を見開き、ゆみこはわたわたと手を振った。
「そんな!気にしないでください!!鷹司先輩は悪くないです!!」
「そうです。鷹司先輩、どうか頭を上げてください」
「いや、こうしなければ僕も気が収まらないんだ。僕自身、かなり軽率な行動をしてしまったと思ってるし」
事実、ゆみこはあの女子生徒たちに頬を張られてしまったという話だし、何より怪物と相対するのも恐ろしかっただろう。
再度詫びを入れると、二人はまだ困った顔をしていたが観念したようだ。
同時に粛々と頭を下げて、「ありがとうございます」「いただきます」と手を合わせた。
そこでようやく士郎は顔を上げて、ほっと微笑む。
ゆみこは恐ろしい出来事の記憶を薄れさせて欲しいし、みやびには今だけでも流派だの後継者だのは忘れて楽しんで欲しい。
ケーキに舌鼓を打つ二人の笑顔を見ていると、どうやら願いは現実のものとなっているようだった。
士郎自身も頼んだコーヒーのカップに手をかけ、一口含む。
濃厚な豆の香りを楽しんでいると、隣でふと百合香が笑った。
「士郎様らしいですわね。貴方は昔からいつもこうですわ」
「ん?そうかな?」
首を傾げて彼女を見ると、婚約者はほのかな笑みを唇に浮かべている。
上品なその微笑みに心臓がどきりと跳ねる。こちらの心の中を知らぬだろう彼女は、優雅な仕草で紅茶を飲んでいた。
「いつも周囲を思いやれるお優しい人です。責任感も強くて、相手が誰であろうと自分に非があれば頭を下げれる……鷹司コーポレーションの次期トップに相応しいと思いますわ」
「え、あ……、百合香に改めてそう言われると照れるな」
軽く言ったが照れる、どころではない。
実は飛び上がらんばかりに嬉しいが、かっこつけたい士郎は表面上、気恥ずかしげに頬をかくだけでとどめた。
そんな己に柔らかい視線を向けて更に目を細める彼女に───もしかしてこれは今いい雰囲気になっているのでは、と感じる。
この流れに乗せてもう少し彼女とお近づきに、出来れば次のデートの約束を取り付けられないかと身を乗り出した瞬間、百合香が「あ」と小さく声を上げた。
婚約者の視線が、くるりとこちらからテーブルの向こうへとむく。
「え?」
唐突に崩れた空気に士郎もまた彼女の視線を追った。
当たり前だが反対側の席には、後輩二人しかいない。彼女らは仲良く語り合いながら美味そうにケーキを食んでいる。
「我が母校では甘味と言えばサトウキビであったな。このように柔らかい物は初めて口にする」
「へえ、サトウキビ!それってどうやって食べるの?」
「うむ、直接刈り取って皮をはぎ、それをかじるのだ。噛めば噛むほど甘みが出て、疲労が取れてゆく」
「わあ、何だかガムみたいねえ」
それは少し違うのではないだろうか、と心の隅で少し思ったが今はツッコんでいる場合では無かった。
ぼんやりと彼女らを見つめる百合香の切れ長の目には、自分と会話していた時にはない熱がこもっているように見えたからである。
それは先日、闇の怪物が現れたときに見た彼女の瞳とよく似ている。
婚約者はみやびとゆみこを……否、桜小路みやびのみをじっと見つめているようだった。
何となく恐ろしくなりながらも、士郎は彼女の横顔を見つめてそっと声をかけようとした。
「ゆ、百合香?いったいどうし……」
「……サトウキビ、何てワイルド」
「ワイルド……!?」
ワイルドの一言で済まされるような話なのだろうか。とは思ったが、問題はそこではない。
あの時感じた嫌な予感がよみがえり、士郎の胸中を暗雲が満たしていった。
(や、やっぱり百合香は桜小路さんのことが好きなのか……!!!)
彼女の潤んだ眼、紅潮した頬、うっとりとした表情、時折もらされる悩まし気な吐息。
その全てが、速水百合香の『恋心』を如実に表している。
士郎にはわかった。何故なら士郎自身も百合香を思って、日ごろからこんな顔をしているからだ。
「桜小路さん……やっぱり、素敵だわ」
ぽつりと小さく呟かれたその一言に、気が付かなければ良かったのだろうか。
予感は確信へと変わり、確信はさらに深まっていく。胸中の暗雲には雷が走り、やがて土砂降りの雨が降り始めた。
(……百合香)
恐る恐る、恋する彼女の表情を見つめる。
いつもは瀟洒で冷静な百合香が、まるで年相応の少女らしい顔を今士郎に見せている。
可愛い。
しかしその表情は自分ではなく桜小路みやびに向けられているものである。
どうしてなのか?何故なのか?これが運命だとでもいうのか。
哀れな恋心をびしょ濡れにしながら、士郎はコーヒーを飲む。
不思議なことに何の味もしなかった。




