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闇にうごめく影!闇乃木流始動!!01

ここだけ作画の違うシリアスな笑い回

 蠟燭の明かりが暗闇の中、ほのかに揺れている。

 広い仏堂内を照らすには頼りないその光の中、中心に座っていた男が何かに気づいた様子ではっと身じろいだ。


 隆々とした筋肉を持った、長髪が印象的の男であった。

 彼の鋭い瞳は、じっと闇の中を見据えている。

 蝋燭よりも強い光を宿す目は喜悦に歪み、口元には獲物をいたぶる猛獣を思わせる残酷な笑みが浮かんでいた。


「一の術が敗れたか……。桜小路みやび。小娘と思っていたが、その能力(ちから)恐るべし!」


 口から出た言葉は称賛の形になっていたが、何処か嘲るような声色であった。

 惨たらしい笑みを浮かべたまま、あごに手を当て何事か考える彼の背後。にわかに人の気配が闇から舞い降りる。


 男はちらりと肩越しに暗闇を振り返った。

 蝋燭の明かりが届かない場所に、いつの間にか小柄な影が立っている。

 その影は不気味な声で、「ひひひ」と低く笑った。


「失敗したかえ?東海林(とうかいりん)。お主の腕もまだまだよのう」

「北ノ(きたのぼう)か……。ふん、こんなもの、ただの小手調べよ」


 北ノ防と呼ばれた影はくつくつと歯を鳴らして笑いながら、睨みつける男へと歩み寄る。

 炎の明かりに照らされ浮かび上がったのは、彼よりもずっと小柄な老婆の姿であった。


 いかにもか弱く頼りない老人に見えるが、その実彼女はこの闇乃木流において有数の使い手である。

 忌々しいと鼻を鳴らし、東海林は老婆から視線を逸らした。


「これからどうするつもりじゃ?桜小路みやびは我らの存在に気づいたぞよ」

「ふん、知れたこと。打って出るのよ。我が魔拳であの生意気な小娘の首を取ってやろうぞ!」

「愚かだな、東海林。慢心こそ最大の敵だぞ」


 傲岸不遜に吠えた東海林に答えたのは、北ノ防ではない第三の声だった。

 はっと二人が振り返ると、炎の光の中に巨大な影が浮かび上がっている。


 小柄な北ノ防はもちろん長身の東海林ですら遥かに凌駕する体躯の持ち主を、苛立ち紛れに睨み上げた。


南金山(なきやま)……。それはどういうことだ?」

「先ほどの戦い。貴様が全力を出せば桜小路みやびを仕留められたものを。それを貴様はたかが小娘と侮った故後れを取ったのだ」

「……ぬうっ!」


 痛い所を突かれ、東海林は顔を歪めて南金山を睨みつける。

 常人なら震えあがるだろう東海林の眼光を、大男は涼しい顔で受け止めている。


 流石は闇乃木流の中で最も師範に近い男と称されるだけはあった。

 並大抵の殺気ではたじろぐことすらしないのだろう。


 しかし東海林とて侮られて簡単に引くことは出来ない。

 立ち上がり、こちらを見据える南金山に向かって構えを取った。


 大男は動かない。殺気みなぎる東海林を冷静に見つめ、腕を組んだまま佇んでいる。

 仏堂の中にぴりりとした緊張感が満ちていった。


 ───刹那、部屋中にふわりと……花のような香が漂う。

 張り詰めた空気を一瞬で変えてしまうようなそれを鼻孔に感じて、東海林はちっと舌打った。


西海枝(さいかいし)か……」

「おほほ。まあお二人とも。喧嘩はおやめになって。ここは闇乃木流を称えるお堂ですのよ」


 穏やかな声が耳たぶをくすぐる。

 同時に、すっと南金山から殺気が消えた。東海林も、にわかに香った匂いの元を振り返る。

 お互いに興がそがれていた。


 一同の視線の先……いつの間にか暗い部屋の隅には、天女の如き美しい女が舞い降りている。

 自分たちを見回しながら真っ赤な唇を哂うようにつり上げて、彼女は暗き闇へと視線を転じた。


「さあ、皆さま。我らが愛しき新左衛門様がいらっしゃいましたわ。ありがたいお言葉が聞けましてよ」


 西海枝がそう言った瞬間、仏堂の空気がずんと重たく、冷たくなった。

 東海林ははっと体を強張らせて暗闇に向けて膝を折る。見れば他の三人も、同様に礼を取っていた。


 自分たちをはるかに超える力量の持ち主が、今まさにこの部屋へと現れた。

 それを肌で感じ取り、背中に冷たい汗が浮かぶ。


 先ほどとは比べ物にならない緊張感の中、まるで闇から這い出て来たかのような声が堂の中へ響いた。


「よく揃った。闇乃木四天王よ……」


 響いた声は、まるで空気を凍らせるほど冷たいものだった。

 この声の主……闇の中に佇む男こそ、東海林たち闇乃木四天王の長であり闇乃木流一の使い手、闇乃木新左衛門。


 最も強い負のパワーを持ち、長きにわたって桜小路流を怨敵と憎み、技を磨いてきた執念の拳法家である。

 新左衛門は光届かぬ闇の中で四天王をぐるりと見回す。目視出来ないが、重厚な気配はその動きを東海林たちに知らせた。


「今日貴殿らを呼んだ理由はすでに知っていよう。桜小路流へ復讐する手はずが、全て整った……」


 静かな声であったが、一言一言が重力を発しているように重い。

 深い闇の中でその声の主は、少し間を開けてからことさら静かに冷たく続ける。


「東海林、貴殿はもう彼奴に戦いを挑んだそうだな。まあ、愚かにも敗北を喫したようだが」

「……っ!」


 闇の中から鋭い視線が東海林を射抜いている。

 まるで鋭い刃物を首筋に充てられているようだと感じ、思わず深々と(こうべ)を垂れた。


「も、申し訳ございません!新左衛門様……!こ、この雪辱は必ず……!必ず桜小路みやびを討ってみせます!」

「当然だ。敗北は勝利によってのみ贖われる。……ただし、次は無いと思え」

「ははっ!!」


 東海林が頷くと、闇の中から放たれていた鋭い気配がすっと消えた。


 どうやら首の皮一枚で繋がったらしいが、氷を飲まされたかと思うほどの寒気がいまだに体の中にある。

 だらだらと額を流れる大量の汗に気を遣うことも出来ぬまま、東海林は頭を下げ続けた。


 他の四天王が憐れむような嘲るような視線をこちらに向けているが、それに怒りを抱くことも出来なかった。


 しばらくそのまま誰しも喋らなかったが、やがて闇の中で新左衛門が動く。

 再び静かに四天王を見回したあと、彼は静かに語り始めた。


「思えば長きにわたり屈辱に堪えていたものよ。しかし、ようやく我が闇乃木流が表舞台へ上がる日が来た……」


 東海林は頭を上げ、他四天王も姿勢を正して闇の中の気配を見つめた。

 姿が見えない主は、ふつふつと腹の中で怒りを煮えたぎらせている。それが言葉の一つ、動きの一つからも手に取るようにわかった。


 抱く怒りを全て言葉に乗せるように、新左衛門は朗々と語り続ける。


「幾年辛酸を舐め、煮え湯を飲まされたか!我らが父母、そして遠き祖先へとついに報いる時であるぞ!!」


 仏堂の中で強く風が舞い踊った。

 それは新左衛門の怒りと気力が巻き起こした、能力(ちから)による嵐であった。

 荒々しく髪や衣服をなびかせながら、闇乃木流の長、闇乃木新左衛門は宣言する。


「必ず我らに勝利を!!!」

「はっ!」

「魔拳の東海林、幻拳の西海枝、酔拳の北ノ防、剛拳の南金山。今こそ我らが力を見せるとき!闇乃木流が世界を統べるのだ!!」

「ははっ!お任せを!全ては闇乃木流のために!!」


 四天王は声を揃え、新左衛門に向かって頭を垂れる。

 変わらぬ忠義に僅かに怒りが収まったのか、次第次第に巻き起こる風は小さくなっていく。


 やがて蝋燭の揺らめきが元に戻ったとき、いつにも増して静かな頭領の声が闇の中へと響いた。


「ふふふ、貴殿らの働き、期待しておるぞ」


 それを最後に、仏堂の中に漂っていた重々しい空気がふっと軽くなる。

 闇乃木新左衛門が、気配もなく去ったのだ。東海林の肩に乗っていた重石のようなものが、ふわりと消えていく。


 頭を垂れたまま、他の四人に気づかれないようにすうっと息を吐いた。


(……おのれ、皆の前で恥をかかせおって!これも全て桜小路みやびのせい……!!)


 マグマのような怒りが、胃の腑の中から湧き上がってくる。

 桜小路流、そしてそれを受け継ぐ若き拳法家への憎しみが煮詰まり、今にも破裂してしまいそうだった。


(必ず!必ず私の手で引導を渡してやろう!待っていろよ桜小路みやび!!)


 東海林は暗闇を睨みつけ、拳を強く握る。

 どのような手を取ろうとも、必ず桜小路流に復讐すると奥歯を噛み締めた。

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