表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/26

撃退せよ!!学園に迫る謎の黒い影!!04

 一つ深い息を吸ってから吐き、精神を落ち着かせるようにみやびは語り始める。


「戦国の世に、とある究極の拳法家が生まれました。その名を桜小路厳海(げんかい)。彼は生涯己の技を極め、その時代の頂点へと昇り詰めました」

「桜小路、というと……」


 優斗の呟きを拾うように、みやびは重々しく頷く。


「はい、厳海は我が直系の先祖。我は桜小路流拳法の正統なる後継者なのです」

「みやびちゃんが、後継者……」


 口元を抑えながら、ゆみこが悲痛な顔でみやびを見つめる。

 大柄の下級生はその厳つさに似合わぬ優しい顔を友人に向け、「大したものではない」と首を横に振る。


「厳海は生み出した全ての拳を後世に伝えました。この力で弱きを助け悪をくじけと。しかし、それに反発するものが現れたのです」

「まさか、それが先ほどの奴らだと言うのか?たしか……闇乃木流とか言ったか?」


 険しい顔をさらに険しくして、猛が問いかける。

 その言葉を聞き、みやびの目がすっと冷たくなる。それは先ほど件の怪物と相対していたものと酷似しており、一同の背がぞくりと震える。


「闇乃木流は桜小路流から離反した悪の拳法家。先ほども言ったように彼らは世の支配を狙っています」

「さっきの怪物は……闇乃木流の拳法の仕業なんですよね」

「はい。邪黒暗心拳はその名の通り人の悪しき心を増幅させ、具現化させるもの。先ほどゆみこを呼び出した先輩方にこの拳がかけられていたのでしょう」

「え……!?あれはあの先輩たちだったの?」


 途端に震えはじめたゆみこに、みやびは安心させるように微笑みその大きな手で背中を撫でた。


「安心せよ。もうあれは我が倒したから、今頃先輩たちも正気に戻っていよう。発見が早く助かった」

「……発見が遅いと、違うのか?」


 発言が少し気になった士郎が問うと、みやびは再び顔を険しくして重苦しく頷く。


「具現化された悪しき心はいずれ本人に返っていきます。その悪しき心に飲み込まれると正気を失い、自分自身が悪しきものへと生まれ変わってしまうのです」

「……拳法、というよりもはや魔法だな」


 ぽつりと呟く士郎に、みやびが苦笑した。


「これも全て厳海の編み出した拳を悪用したものです。本来は心の悩みを解き放ち、人を救うための技だったのですが……」


 悲し気で真剣な様子の彼女の心をおもんばかり、士郎は「そうか」と頷いて会話を終わらせる。

 そしてふと目線を上に向けて、少しだけ埃っぽい教室の天井を見つめた。


 ───何なんだろう、これ。


 思考が宇宙の彼方へ飛んでいく。

 この深刻な空気の中ツッコミを入れる気にはならないので、士郎は心の中だけで呟いた。


(世界のヒロインとは……こういうことを言うのか……)


 夢の中の声と見せられた光景から、世界のヒロインとはてっきりこの世のすべてを魅了するプリンセスのようなものと思っていた。

 だが実際はプリンセスというか……世紀末の救世主と言ったほうが彼女には似合っている。


(僕が見た悪役令嬢ものにこういう展開は無かったなあ。そうか、ジャンルが違ったのか)


 確かに女性主人公(ヒロイン)というジャンルは多岐に渡るし、世界を悪から守る女主人公というものも数多く存在している。

 そういう意味では桜小路みやびは、世界のヒロイン……彼女の言葉通り、弱きを助け悪をくじくスーパーヒロインだった。


(だけどそうなると、夢の中で見た光景がおかしいな。やっぱりただの夢だったのか)


 予知夢ならもう少し予知夢らしくしていただきたいものである。

 何の役にも立たない己の夢に悪態をついていると、ふと優斗が何か気づいた様子でみやびに訊ねた。


「闇乃木流拳法の方たちは、どうしてこの学校に現れたんですか?まさか桜小路さんを狙って?」


 その言葉に一同に緊張が走り、皆みやびに視線を向ける。

 彼女はその厳つい顔に憂いを見せ、「恐らくは」と重々しく頷いた。


「ここ50年は彼奴等の姿は見えず、血が断絶したものと思われていたのですが。どうやら我らの認識が甘かったようです」

「そ、そんな!みやびちゃんのせいじゃ……!」

「いいや、ゆみこ。我がここにいるといつまた彼奴等が来ないとも限らぬ」


 慰めるようにそっと寄り添おうとしたゆみこの肩に、みやびは押しとどめるように手を置く。

 途端に悲し気な顔をする友人から、鋭い視線が逸らされた。


「今日も我のせいで大切な友人と先輩方を危険にさらしました。我はこの学園に厄災を呼び込むでしょう」

「さ、桜小路、それは……!」


 悲痛な訴えに何かを感じた一同……代表するように猛が一歩前に出る。が、みやびはそちらを振り返らなかった。


「責任を取り、我はこの学園を退学させて貰います。皆様の生活にはご迷惑はかけませぬ故、どうぞご安心ください」

「みやびちゃん!」


 桜小路みやびは一同に向けて深々と頭を下げると、出口へ向けて歩き出そうとする。

 ゆみこが追いすがるが、その巨大な背中が止まることは無い。


 泣き出しそうなゆみこ、そしてみやびが頭を下げる前に見せた切なそうな顔を思い出し、士郎は胸が締め付けられる。

 何とか彼女を説得できないものだろうかと一歩踏み出したその時、己の隣で焦った様子の声が上がった。


「待ってください!!桜小路さん!!」


 士郎より先に前に出たのは、ずっと俯き黙っていた速水百合香だった。

 何か悲壮な決意を固めたかのような顔でみやびを見つめ、それでもはっきりと声を上げる。


「貴女のお気持ちはわかりました!私たちを案じていることも!しかしそれは私たちも同じです……!」

「……速水殿」


 ちらりとみやびが肩越しに振り返った。

 百合香を見つめる鋭い目には、驚いたような色が浮かんでいる。

 その視線を真っすぐに受けて、百合香はさらに一歩彼女に向けて踏み出した。


「私は貴女にこの身を助けられました!命の恩人です!貴女が心配なのです!!私も……私たちも桜小路さんを案じております!」


 懇願するかのような言葉に桜小路みやびはさらに目を見開き、体ごと百合香を振り返っていた。


 婚約者の目に宿るのは切なそうな感情。そして表情は今にも泣き出しそうで、士郎は驚く。

 己の知る速水百合香はいつも優雅で冷静さを保つ、良家のご令嬢を体現したような少女だった。


 それが今は憂慮に堪えないと言わんばかりに、感情をさらけ出している。

 何故?と思う前に、百合香はみやびの前に歩み寄りさらに言い募る。


「お願いです、桜小路さん!私にも貴女のお手伝いをさせていただけませんか?せめて貴女が安らかに学園生活を送ることを!」

「しかし……」

「みやびちゃん、おねがい!私も放っておけないよ!」


 百合香に続き、宮村ゆみこもみやびの元へ駆け寄った。

 眼鏡越しの目はすっかり潤んでおり、友人の巨躯へ抱き着くと「お願い」と今一度もらす。


 おろおろと女子生徒二人を交互に見つめていたみやびの視線が、ふとこちらに移る。

 助けを求めるようなその目に、士郎は優斗と顔を見合わせ…頷いた。


「……士郎さん」

「そう、だな。学園としても生徒を守るのは当然だと思う。むしろそんな危ないことを先生たちが推奨するはずがないよ」


 ───桜小路みやびを謎の暗黒拳から守るという無理難題を、学園側に求めるのは無茶ぶりではなかろうか?


 言いながら士郎はそう思ったし、教師陣が聞けば「え?」となるような気もしないでもない。

 が、生徒と教師の一般的な関係としては正解である。

 色々ツッコミたい所を全部飲み込んで、士郎は努めて優しくみやびに言った。


「それに闇乃木流が襲ってくるのは桜小路さんのせいじゃない。君が悪いわけじゃ無いし、僕たちを守ってくれたことは胸を張って欲しい」

「おお!士郎様!なんとお優しいお言葉でしょう!この日比野猛、感激いたしました!!」

「うんありがとう猛。先生や公共機関への相談は、僕も付き合うよ。だから桜小路さんは何も心配しないで」


 感涙する猛を受け流し、士郎が申し出るとみやびの眉が垂れさがった。


 鷹司家の長子である己が出ていけば、教師陣や警察も追い返しはしないだろう。

 実家の力を使うのはあまり好かないが、こういう場合は仕方ない。


 しばらくみやびは黙って士郎を見つめていたが、やがて深々と頭を下げる。

 「ありがとうございます」と低くよく通る声が、礼の形となって届いた。


 ほっとした空気が、教室内に広がる。

 ゆみこはさらにぎゅっとみやびに抱き着き、優斗と猛も安心したように笑った。


 その様子を見て百合香も安堵の息を漏らしたので、士郎は彼女の隣に並ぶ。


「……桜小路さん。良かったわ」

「そうだね。まあ、拳法とか闇乃木流とか言われたときは驚いたけど」

「ええ本当に、素敵。桜小路さん……」


 「え?」と、士郎は隣にいる婚約者を振り返る。


 速水百合香は頬に手を当て、ぼんやりとみやびを見つめていた。

 指の隙間から覗く皮膚が、ほのかに赤く染まっている。


 夕日に照らされているせいかと思ったが、違う。

 婚約者の目はとろけるように潤み、熱を持って桜小路みやびを見つめていた。


「え?」


 今度はもう少し大きな声で呟いてしまったが、誰も反応しなかった。

 嫌な予感が確信に変わっていく。さあ、と士郎の顔から血の気が引いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ