第八十七話「勇者」
アルベルト達は悪魔を相手に、見事な連携で立ち向かっていた。
回復したフィルは先程の試合のような猪突猛進を止め、相手の動きを見て攻撃するべきタイミングをちゃんと計るようになった。
そんな前衛を支えようと、ノルバロは軽やかに相手の攻撃を誘導して隙を作り出す。がら空きになった脇腹めがけてフィルが跳びかかり、スキルの一撃をお見舞いする。
悪魔はすぐさま反撃に転じようとフィルに狙いを定めるが、攻撃しようとした腕を今度はディディエの炎の槍が刺さり、その動きが数瞬だが鈍ることで、難なく逃げられてしまった。
「ひーっ、こりゃしんどい! こんなバケモノ相手に、よく戦えてるもんだ!?」
「ノルバロ兄貴、次来るぜ!」
「俺が行く! フィル、合わせろ!」
「応っ!」
大振りの一撃。しかしそれはユウリによって、激しい衝突音と共に止められる。その隙を突いて、アルベルトとフィルが再び攻撃を加えていく。
「あの方……あれ程の攻撃を容易く受け止めるなんて、何者なんですの……?」
「ちょっとシャルロッテ! 今は他人の詮索よりも、目の前の悪魔よ!」
「は、はい!」
ディディエの言葉に我に返る。戦闘中に別の事に気を取られるのは命取りになりかねないが、ローヴィス教の神官であるシャルロッテには、ユウリの異常性がハッキリと理解できてしまう。
彼女自身も信仰の関係上その気になれば、メイスや剣を持ってある程度は戦える腕を持っている。実際に武器と武器、武器と盾をぶつけ合うのは腕が持たないのだ。重く本気の一撃ほど生半可な防御は意味を持たず、往なすか回避する以外にない。
相手が魔物などであれば尚更、ヒトとの身体能力の格差は大きくなるのだ。あの悪魔の巨大さ、一撃の重さはヒトが耐えられるようなものではない。それを真正面からまともに受け止められる者が、常人であろうはずがないのだ。
しかし今はそれよりも、目の前の相手を打ち倒さなければならない。シャルロッテは近くに居たインプを杖で叩き伏せながら、何時でも神聖魔法を放てるように構えた、その時だった。
「おい、ローヴィス教の嬢ちゃん! アンタそれなりに奇跡は授かってるな!?」
「え!?」
急に声を掛けられ驚いて振り向くと、そこには【剛剣】が立っていたのだ。彼が自分の所に来る理由が分からずに思わず硬直していたが、クレストはそんなこと気にもせずに言葉を続けた。
「アレは聖なる力の、対になる存在らしい。だから前で戦っている勇者たちに、そいつを付与してやるんだ。出来るな?」
「それって……なるほど、わかりました。マクシム司祭様はあちらの聖兵の方々の指揮に回っておられますし、神官である我々でやるしかありませんね」
思いのほかすんなりと、こちらの意図を読み取ってくれたことにクレストは驚きつつも感謝し、しっかりと頷く。シャルロッテも腹の内はどうあれ、このような状況でそれを持ちだすほど子供でも無ければ狭量でもない。
即座に為すべきことを理解し、互いに聖印を手に取って集中する。
「俺は俺の仲間たちに。アンタは自分の仲間たちにだ。その方が手っ取り早い」
「ええ、当然です。『大いなる勇者よ。勇敢なる陽光の使徒よ。その輝きで彼の者達に、悪しき者を打ち倒す力を与え給え。光を此処に。セイクリッド・フォース』」
「理解が早くて助かる。『貴き豊穣の司よ。我らに今、我らを脅かす力に立ち向かう勇気を。今新たなる夜明けの時、暗闇を照らす光明を与え給え。セイクリッド・フォース』」
祈りを向ける先は違えど、願った奇跡は同じもの。シャルロッテはアルベルト、フィル、ノルバロに。クレストはユウリとヘルガ、そして自分に向けて魔法を行使した。
それぞれの仲間たちに発現した奇跡は、優しくも力強い光によって、対象となった者達を包む。それは聖なる力によって、邪な力を打ち倒す神秘の力。普通の魔物相手にもそれなりに有効な強化を施す魔法として認知されており、特にアンデッドに対して絶大な効果を齎す奇跡だ。
相手は邪神の力を使っている為、この魔法はまさに効果絶大であり、未だ破邪のオーラを使えないアルベルトにとっても、非常に有難い支援となった。
逆にユウリにとっては効果は薄く、元々の能力に僅かな水増し程度では、劇的な変化は見られない。これは彼の武器の性質の問題もあるので仕方が無いが。
それでも他の面々には、これ以上ないほど有効であったことが一目で分かるほど、彼らの攻撃が悪魔の再生能力を上回りつつある。
「あの野郎が言ってた試したい魔法って、こういうことかい。たまにはいい仕事をするじゃないのさ!」
「うん、僕にはあんまり意味ない感じだけど……でもこいつ、まだ倒せそうにないよ」
俄然やる気のヘルガとは対照的に、ユウリの反応は鈍い。中々歯応えのある相手ではあるが、高い再生能力さえなければ剣を振っているだけで、十分勝てる相手ではあるのだ。
しかし周囲にヒトが多過ぎて自分が暴れる訳にはいかず、とてもストレスの溜まる時間が続いている。大きな攻撃はユウリ自身が止めてはいるものの、細かい余波や召喚されたインプ達への対処などには、とても手が回らない。
どうにか相手の動きを止めたいのだが、それもさせてくれなさそうだ。
「せめてシールドバッシュとか当てられたらなあ。でも下手に吹き飛ばすと、観客席が潰れちゃうし……」
相手の巨大さは厄介だった。迂闊に攻撃すれば、どうあがいても大惨事にしか発展しないだろう。かといって相手を野放しになど、出来るはずも無い。
この悪魔と呼ばれる存在の攻撃をまともに防御出来るのは、ユウリただ一人。それはこの場に居る誰もが認めている。インプに手こずっている兵達などは、ユウリが悪魔の攻撃を抑え込んでいるのを見て、驚嘆と羨望の眼差しを向けていた。
「アレは一体……くそっ、とにかく早く避難を終わらせるんだ!」
「バートお兄さん! 闘技場の外にも、あいつらが沢山います!」
「なんだと!?」
聖兵見習いとして動員されていたバートとレーヴィは、観客を避難させるべく他の聖兵見習いたちと、共に走り回っていた。ロッコによってインプが大量に召喚された時点では、彼らも客席付近に居たことで右往左往しながらも、襲い掛かるインプを叩き落としていたのだ。
そんな中で万神殿の神官たちも来ていたらしく、やむを得ず彼らと合流し、種族問わず人々を守り逃がすために奮闘していたのである。
「二人とも、そろそろ護りの加護の中へ。大丈夫。ニアー様は誰であろうと、その手を差し伸べてくださるわ」
老齢の女性神官に促され、二人は少しだけ顔を見合わせる。衣服はボロボロ、体中浅いながらも傷だらけで、あちこちから血が出ている。肩で息をし、体力的にも持たない事は、互いに嫌でも理解していた。
ローヴィス教徒である自分達が、他の神々の奇跡によって護られた場所に入る事は躊躇われたが、ユルカと名乗った神官は、優しく二人の背を押してくれる。
バートとしても、幼いレーヴィが随分と無理をしているのは承知しており、意地を張っている場合ではないとゆっくりと息を吐いた。
「……そうですね。お言葉に甘えさせていただきます、ユルカ司祭様」
「気にしないで。でもこんなことになってしまうなんて、神々は我々に、どのような意図でこの試練をお与えになられたのでしょうか……」
観客席の一角で神官たちが、数人がかりでインプを寄せ付けない為の結界を張っている。ここは比較的安全ではあるが、インプが放つ魔法までは完全に防ぐことが出来ず、冒険者などが外に出てはインプを叩き落としてくれていた。
この中では逃げ遅れた者達が大勢いて、人間も亜人も、中には貴族もいるようだ。
「おまけに、あの巨大な怪物は……まるで古から伝わる、悪魔のようだ」
「バートお兄さん、あれは本当に悪魔なんですか!?」
レーヴィが声を荒げる。幼い頃から聞かされ震えあがって来た、古い伝承に出てくると言う敵対者。ユルカ司祭は静かに彼らに振り返り、口を開く。
「悪魔とは、かつて自らを創造した神々へと反旗を翻し、その罰として永遠の虚無へと追放された者達。とても強い力と肉体を得て生まれた悪魔たちは、その傲慢さから自らが神に取って代わろうとしたのだと、伝えられているわ」
「そんな……だって、あれは神様の力で呼び出されたのでしょう!?」
「理由はわかりません。ただ悪魔たちは、あらゆる手段でその枷を破り、この世界に現れようと画策していると言われています。恐らく今回のこの騒ぎも、そうである可能性は否定できません」
そう言ってユルカ司祭は、少しだけ視線を落とす。今あの場所で悪魔と対峙しているのは、ほかならぬユウリ達なのだ。僅かな間とは言え、寝食を共にし修行をした者達。古くから馴染みのある、ヘルガとクレストもそこにいるのだ。
出来る事なら今すぐにでも彼らの下へ向かい、授かった奇跡で彼らを手助けしたい。だがそれを許されていないと言うことは、戦う事は自身に与えられた神の試練なのではないと、言い聞かせるしかなかった。
「だからこそ我々は、毅然と立ち向かわなければならないのです。神々の徒としてその力を合わせ、この苦境を乗り越えましょう」
悪魔は苛立っていた。目の前の虫けら達が、何時までも自分の邪魔をしてくるのだ。鬱陶しい事この上なく力任せに叩き潰そうとしても、盾を構えるたった一人の子供が、それを悠々と防いだ上で反撃してくる。
その上、自分達を拒絶する聖なる力とやらを纏い、自分を滅ぼそうとするのだ。それが無駄なのだと理解しておらず、その愚かさに怒りさえ沸いてくるのも当然だろう。
召喚したインプ達は大した働きも出来ず、一番鬱陶しい者達の足止めどころか、奴らを嫌がって好き勝手にする始末。何一つ思い通りにならないこの状況を、許しておけるはずなど無い。
ふと視界の端に映る何かに気付く。忌々しい聖なる力。自身を拒む壁がそこにあったのだ。矮小な蟲が身を寄せ合っている様子が滑稽なようでもあり、同時に更なる苛立ちを募らせた。だから思い通りに行かない苛立ちをぶつけるように、大きく息を吸い込むと、身を寄せ合う人々の方に向かって、暗い紫の瘴気のブレスを放つ。
「間に合えー!」
悪魔の意外な行動に、ユウリは慌てて跳んだ。踏ん張りの利かない空中では、流石のユウリと言えど咄嗟に受け止めた力に弾き飛ばされる他なく、悪魔の狙った相手のすぐ手前まで吹き飛ばされてしまった。
本来なら気功で空中を蹴って移動するくらいは余裕で出来るのだが、今回のように不意打ちに近い形で空中を弾き飛ばされたので、姿勢制御が間に合わなかったのだ。
「いっつつつ……痛くないけど、なんてことするんだアイツ!」
勢いよく起き上がり、悪魔に狙われた人々の安否を確認する。すると驚いたようにこちらを見ている、見知った顔が幾つもあるではないか。
「え……えぇ!? 万神殿の皆、早く逃げて!」
「ユウリの坊や、怪我は大丈夫なんですか?」
心配そうに声をかけて来るユルカ司祭を見て、ユウリは焦る。相手は自分達の関係を知っていて狙ったわけではないだろうが、それでも今自分が仲間たちから引き離す為だったのだとしたら、最悪、取り返しのつかない事になりかねない。
「僕は平気だから、早く逃げて!」
「逃げたくても、外にまであの気味の悪い奴らが溢れてるんです。迂闊に動く事も出来ません」
そう叫ぶユウリに、バートが冷静に返す。予想以上に状況が悪いらしいと知って、ユウリは思わず唇を噛んだ。
「早く何とかしないと……でも、皆が居るんじゃ」
アイツを倒せるほどの攻撃は、間違いなく周囲に甚大な被害を引き起こす。
見知った者がすぐ近くにいて、そして避難も出来ないのだと知った。それは自分が更に雁字搦めになっていくような、奇妙な感覚ですらあった。
それでも投げ出すわけにはいかず、どうにか出来ないかと考えを巡らせる間もなく、ユウリは置いて来た仲間の方へ走り出すしか出来なかった。
「ユウリの坊主、大丈夫なのか!?」
「あの子なら無事だと思いたいんだけど……こっちも自分達の心配をしなきゃ不味いよ!」
あのユウリが悪魔の攻撃を防ぐべく、弾き飛ばされてしまったのだ。よく見るとそこには逃げ遅れた者達を守ろうとする、神官らしき者達が張った護りの結界がある。悪魔が狙ったのは、間違いなくあれだ。
それは見物に来ていた、万神殿の者達。無辜の人々の中でも、自分達に比較的近しい者達を攻撃されたと知って、彼らが怒りに燃えない訳がない。
「よりにもよって、無関係な者を狙ってこちらを分断しにくるとは、流石に腸煮えくりかえったぜ!」
「アンタのしたこと、後悔させてやろうじゃないか!」
二人が怒気を膨らませ、邪魔だと言わんばかりに自分達を薙ぎ払おうとする尻尾を、青白く輝かせた二つの刃が力任せに叩き斬る。
これには悪魔も意外だったらしく、苦悶の声を上げて暴れ始める。
遠慮なく叩き付けられる拳を、フィルがスキルによる攻撃で何とか相殺するものの、しかし武器の方が耐えきれずに破壊され、弾き飛ばされてしまった。
「フィル!?」
「不味い! フィルでもアイツの攻撃を防げないとなると、一発でも貰ったらこっちも終わりですぜ!?」
地面に叩き付けられたフィルは、すぐさまシャルロッテが駆け寄り癒しの奇跡を施している。アルベルトはそれを確認すると、悪魔の攻撃をこれ以上後ろに通さないために盾を構えた。
ノルバロが顔を真っ青にしながら武器を構えているが、正直なところ今の彼には荷が重すぎる。それでも戦わなければならないのだから、少しだけ気の毒に思えた。
悪魔が、にたりと嗤った。漸く邪魔者が居なくなったのだと、確信したから。クレストとヘルガの二人は油断できないものの、それでも他の者達を一掃するくらいは造作もない。
先程から踏み潰し、爪でズタズタに引き裂いて死んでいく兵達の数が、加速度的に増えている。勝利を確信した悪魔は、ユウリを釘付けにするべく、再び瘴気のブレスを吐き出そうとした、その時だった。
「絶対に、お前を許さない!」
光が奔った。それは己を絡めとり、拒絶する力。自身の力を削り取って存在を消し去る、有り得ざる力。
何事かと顔を向けようとした時、忌々しい光が己の口腔を貫いたのだ。
「……なんだい、ありゃあ?」
「勇者の力ってやつ、か?」
先程のようなブレスで攻撃を察知したヘルガとクレストは、慌てて軌道を変えさせようと攻撃を仕掛けようとしていたのだが、自分達よりも一手早く、何者かが悪魔の攻撃を不発に終わらせ、釘付けにしてしまった。
それはあの未熟な勇者。全身から不思議な光を溢れさせ、彼の剣から長く伸びた光が悪魔を貫き、その動きさえも止めている。
「邪封剣。邪悪に連なる者の、その身を封じる聖なる刃なり。我が身に宿る破邪のオーラよ。今こそ、その真なる力を解放せよ!」
奇跡が起きた。その光景にユウリは、思わず見惚れてしまっていた。
勇者も万全なら、ギリギリ悪魔をどうにか出来たかもしれない。と言うくらいには相性という意味で、致命的な相手なのです。
しかしユウリは万全でも、状況的に本気を一割も出す事が許されない。
果たして事態は好転するのか?




