第八十一話「試合」
本日のメインイベントを直前に控え、観客のテンションは最高潮だ。賭けた相手に声援を送る者、野次を飛ばす者、どさくさに紛れて他人の懐を狙う者。様々な者が居るが、この一戦を見るために彼らはここに居る。
向かい合う入場口から最初に現れたのは、この国に修行のために来たと言うローヴィス教が喧伝する勇者一行。まだまだ年若い者が多く、中にはかなり小柄な者まで混じっているが、観客の奇異の視線とは裏腹に彼らは実に堂々としている。
特に勇者として紹介された若者は立派な鎧に剣を携え、御伽噺からそのまま出てきたような、まさに「勇者らしい勇者」の姿をしていた。
彼の隣を歩くのは、最も小柄な少年だった。こちらは実用性を重視した武骨な鎧を身に纏い、大振りな斧を悠々と片手で持っている。彼が見た目通りのか弱く幼い子供ではないと、アピールしているかのようだ。
彼らの後ろには白い法衣を身に纏う神官の乙女が続く。清廉なイメージだけでなく、見つめられるだけで自身の悪しき部分を見透かされそうだと、錯覚させるほどの存在感を放っていた。
そんな乙女の隣には、妖しげな雰囲気とローブを纏う女が並んでいる。豊満な胸元や体つきは男女を問わずに魅了しそうな程。意志の強さを感じさせる赤い瞳は、しかし高度な知性をも感じさせ、触れることを決して許しはしないだろう。
そして最後尾には、ちゃんと武装しているのかどうか、よくわからない男が現れた。この中では最も年長と思われるが、体を覆うコートのような衣服の下には鎧が見え隠れしているのだが、観客席からはとても見えないだろう。しかし油断なく隙を見せないその姿には、彼も間違いなく勇者の一党の一員なのだと確信させるものがあった。
「……見世物にされるのは、あんまり慣れないな」
観客の歓声を聞きながら、アルベルトは小さく息を吐く。彼らにとっては自分達など、ただの退屈しのぎの一つに過ぎない事を彼は理解している。
それが悪いとは言わない。この世の殆どの人々にとって最も大切なのは、今日の生活と明日の糧、それだけだ。世界を救うと言う大望も使命も、選ばれた特別な誰かだけのモノでしかない。
「勇者様、そのような事を仰るのは……」
「わかっているよ、シャルロッテ。彼らはローヴィス教が伝える勇者の存在を、本当の意味で信じてはいない。だからここで、真実である事を示すんだ。そうだろう?」
「ええ、その通りですわ。その為には我々が世界を救うに値するのだと、その力を示さなければなりません」
辟易とした態度を見て、驚いたように口を開いたシャルロッテを、やんわりとアルベルトは制す。彼女が満足そうに頷いたのを見て、ほっと息を吐いた。彼女は神官として聖者ローヴィスから奇跡を授かっている為か、自分以上にローヴィス教に心酔している。
実はアルベルト自身も奇跡を授かっているが、彼はローヴィスからではなく、陽光神エルードから奇跡を賜っているのだ。聖者を導いた至高の存在から、導きを得られた事自体はとても誇らしい。
しかしその力も伸ばす機会が無かったため、神官としての実力はほぼほぼ最低に近い。どんなに学びたくとも、周りが勇者としての力をつけることを優先させてきた為、そんな現状に少しだけ嫌気が差しているのだ。
「……よし、皆。準備はいいかい?」
大きく息を吸い込み、考えを切り替えるようにアルベルトは声を上げた。
「流石に五月蠅いったらありゃしないねえ」
彼らとは反対側の入場口から遠目に勇者たちの姿を見ながら、ヘルガが嫌そうに呟いた。余程うるさいのか、耳をぱたんと倒して顔をしかめている。石造りの通路なので、音が反響するのもよくないのかもしれない。
「そろそろ俺達の番だな。あんまりやり過ぎるなよ、ヘルガ?」
「ハッ、誰に言ってるんだい。アンタこそ手加減とか言って、やる気のない戦い方をするんじゃないよ」
流石に熟練の冒険者の二人は全く気負った様子は無く、気楽なやり取りでは寧ろ余裕すら窺わせている。魔物との死闘ですらないこの状況など、クレストとヘルガにとっては平穏な日常のそれと大差が無いようだった。
それでも二人は、適度に緊張を保っている。これから戦うのだ。例え模擬戦だったとしても、試合は試合。戦いは戦いだ。常に不測の事態が起きるものと考え、どうするべきかと様々な状況を頭の中で想定する。
そんな準備さえも無駄になる事の方が多いのだが、心構えと言う意味では有効なのだ。
「門が開くぞ。それじゃあ、軽く遊んでやりますか」
「向こうは魔法だけじゃなく、スキルの一つや二つくらいはありそうだし、気を抜いたら大怪我じゃ済まないからね?」
「わかってるって」
こうして二人は大きな歓声が響く中、堂々と揃って入場していくのであった。
「それではこれより、ローヴィス教が伝える神に選ばれし勇者一行と、我が国最高の冒険者「巨人殺し」による手合わせを開始する!」
それぞれの武器がちゃんと刃の無い物で、不正が無いかを確認された後、審判らしき男が高らかに宣言する。その言葉を合図にしてか、観客席は一斉に静まり返った。
戦いが始まるのは今か今かと、固唾を飲んで見守る中。両者は睨み合う様に間合いを取り、己の武器を構えている。
「始め!」
合図と同時に、アルベルトとフィルが走った。人数の上では、勇者たちが有利だ。だからあえて後続の三人は、全く動く気配を見せていない。フェアに戦おう、というつもりなのだろう。
「おやおや、勇者様が優しすぎて、涙が出そうだよ」
「……ヘルガ」
「冗談だって。おチビちゃんは任せるよ?」
「了解だ」
勇者側の様子を見て、ヘルガは心にもない事を言う。寧ろそれだけの余裕すらあったとも言える。クレストが軽く諫めるが、彼女は軽く肩を竦めるだけだった。
次の瞬間、お互いに武器がぶつかり合う。
アルベルトが放った鋭い一撃を、ヘルガは手にした両手剣で力任せに叩き、そのまま若者ごと弾き飛ばす。
「その程度かい、お坊ちゃん? もうちょっと真面目にやらないと、怪我をするよ?」
「クッ……!」
素早く体勢を立て直し、盾を構えて相手の出方を窺う。しかしヘルガから打ってくるようなことは無く、侮られているとすら言える態度でこちらを見ていた。
「どうしたんだいお坊ちゃん。盾を構えて縮こまってないで、掛かってきていいんだよ? 獣女相手に怖がる必要は、ないんじゃないのかい?」
更なる挑発。ヘルガは悪役として、勇者を引きつけておけばいい。亜人を相手に一対一で戦って、それに勝てなければならないという、ローヴィス教側の意地や見栄を突いた、効果的な挑発だった。
アルベルトはヘルガを睨みつけ、雄叫びと共に彼女に躍りかかる。
「ふうん。スキルはまだ見せちゃくれないのかい。悪くない判断だし、完全に挑発に乗ってる訳でもない。嫌いじゃないよ、そういうの!」
初めてユウリと出会った時の、彼の腕試しをしたことをふと思い出す。そこまで昔の事ではない筈なのに、妙に懐かしくなったのは、勇者と呼ばれる若者の剣が、ユウリのように真っ直ぐだったからかもしれない。
ほんの一瞬だけ感傷に浸るように、しかし次の瞬間には再び相手の剣とまともにぶつかり合い、そして弾き飛ばす。
「さあ、どんどんかかっておいで! 私を踏み台にするんだったら、もっと気合を入れて打ち込んで来な!」
「……俺を、指導してるつもりか!?」
「そう感じたのなら、アンタはまだその程度の腕って事だよ。悔しかったら私に勝って見せなっ」
小細工もせず、単純な力と力。技と技がぶつかり合う。【剛剣】の相棒だという女の実力に、会場の誰もが息を呑んでいた。
「くっそ! 何だよお前っ、【剛剣】の癖に勇者様と戦うのが怖いのかよ!?」
「おいおい、戦闘ってのは弱い奴、厄介な相手から叩くのがセオリーだろ? つまりチビスケのお前から倒すのは当たり前だ」
「んなっ、ぶっ殺す!」
噂の【剛剣】が勇者ではなく、迷わず自分に向かってきたことに、フィルは驚きを隠せない。その真意を問いただすと、クレストが挑発するように笑うので、少年は完全に頭に血が上ってしまった。
「こんにゃろおおおっ!」
青白い輝きが斧を纏い、クレストへと襲い掛かる。例え刃を引いた斧とは言え、まともに当たれば致命傷になるだろう。寧ろこんなにも早くスキルを放ってくるとは、挑発は効果覿面だったようだ。
「やれやれ、気功を乗せたスマッシュか。まあ悪くないぜ、当たればな?」
そう言ってクレストは斧の軌道を逸らすように、気を纏った剣で斧の側面に剣を当てて往なし、素早く少年の背後を取る。目標を失った斧はそのまま地面を叩き、派手な音と土煙を上げて周囲を抉って見せた。
その派手なパフォーマンスに会場は大きく盛り上がり、誰もがこの戦いの行方がどうなるのか、見逃せないと眼を皿のように大きく開いている。
「なるほど。ユウリの坊主との訓練は、意外と役に立つな」
スキルを使う相手との戦い方は、これまでの自身の経験と、ここ最近のユウリとの手合わせで更に磨かれている。スキルにはスキルをぶつけるしかない、とどこかで思っていたものだが、それでは効率が悪い気付いてからは、クレストは相手のスキルの往なし方や躱し方を研究してきた。
スキルを使うのは人間だけではない。だからこそ対処の仕方を覚える意味はあると判断した事が、功を奏したと言えるだろう。
ちらとクレストが横に視線を向けると、勇者の仲間たちは動くべきかどうかで、逡巡しているのが見えた。すぐに襲われる事は無いだろうが、それも時間の問題だろう。
その間も二人は激しい攻防を繰り広げており、見ごたえのある派手な試合になっている。
「よそ見っ、すんじゃねえ!」
「勢いだけだな。乱雑に振り回すから、スタミナが持たない。もっと頭を使うんだ、チビスケ」
派手ではあるが、派手なのはフィルの方だけだった。クレストからは、殆ど攻撃を仕掛けていない。足を払ったり蹴飛ばしたりと、まともに打ち合ってすらいないのだ。
フィルの少々真っ直ぐ過ぎる戦い方に、熟練の戦士は少しだけ心配になってくる。これまでは少年のスキルによる、身体能力の強化と破壊力によって殆どの相手を強引かつ、力任せに打ち破って来れたに違いない。
そして実際に、ここまで来れてしまっている。このまま旅を続けさせていたら柔軟に戦うことを放棄して、力技が通じなくなった途端に死ぬことだろう。流石にそれは忍び無いと感じたのか、クレストも少年を鍛えるように体が動いてしまっており、適当にやられて終わらせる、という主目的を見失いつつあった。
このまま試合は終わってしまうのか。頑張れ勇者一行




