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第八十二話「乱入」


 試合は、一種の膠着状態に陥りつつあった。ヘルガは真っ向から勇者と打ち合い見ごたえがあるのだが、逆に【剛剣】と謳われる国の英雄は、スキルを使うとは言え小さな少年を相手に、倒すでもなく弄ぶような振る舞いをしているのだ。

 勇者と【剛剣】の一戦こそを本命と思っていた観客たちには、これでは面白くない。次第にブーイングが飛ぶようになり、後の方で彼らの戦いを見ていたアルベルトの仲間の一人、ノルバロが小さく舌打ちをした。


「コイツは不味い。あの【剛剣】はお節介でフィルの奴を鍛えようとしてるが、見てる奴らの殆どはそれを分かってないな」

「アルベルトがスキルや破邪のオーラを使わず、亜人と真っ向からやり合ってるのも良くないわね。お偉方……特に教会側の方が後で五月蠅いわよ。これ」


 ノルバロの呟きに、事情を把握している魔法士のディディエが、あからさまに眉を顰めた。自分達は殺し合いではなく、腕試しに来ているのだ。相手が稽古をつけるつもりだと言うのであれば、それを利用するのに否やはない。しかし彼らとて、立場や面子というものがある。


「そろそろワタシたちも、彼らの戦いに加わりましょう。ワタシとディディエさんの魔法を見せれば、観客もその力に目を奪われる事でしょうから」


 これ以上の引き伸ばしは出来ないと判断した、今まで沈黙を守っていたシャルロッテが口を開いた。それを受けて二人も首肯し、それぞれ介入すべき相手を決めて動き出す。


 何合目かもわからぬ、剣のぶつかり合い。既に腕は痺れかけており、剣や盾を構える腕も重い。息は荒く、既に肩で息をしている状態だ。自分がこんな状態だと言うのに、相手をしている獣人の女は殆ど息を乱しておらず、余裕の表情なのだ。悔しさに思わず相手をきつく睨みつける。


「……なるほどね。アンタの腕は悪くないし、かなり戦い慣れもしている。でもそろそろ、身体の方が限界のようだね? もったいぶらずに、そろそろスキルの一つも出さないと、いいとこなしで終わっちまうよ?」


 どこか呆れたような口調のヘルガに、アルベルトは思わず目を見開く。


「なんで知っているんだとでも言いたげだけど、そんなの当たり前だろう? 魔王を討伐しようって言う勇者が、スキルを使えないなんて考える馬鹿がどこにいるんだい」

「……貴女が使わないので、控えていたんですけどね」

「馬鹿だねえ。私は最初から使ってるっての。そっちのチビの坊やと同じ、気功ってスキルで身体能力の底上げくらいやってるのに、気付かなかったのかい?」

「なっ……!?」


 キコウなるスキルの存在は知らなかったが、仲間のフィルが身体強化のスキルを使っていると聞かされ、驚かないはずがない。しかし彼に驚いている暇は無かった。ブーイングが強くなり始めたのを感じてか、ヘルガは会話を打ち切り、鋭い一撃を放ったのだ。

 青白く輝く、必殺の一撃を。


「うおおぉおおっ!!」


 全霊の力を込めて、剣を振る。光を纏い、片手剣へと収束した刃で迎え撃つ。オーガの腕をも軽々と切断した、邪封剣と呼ばれる技。邪な存在に対して絶対的な力を誇る、勇者だけに許された秘剣である。

 スキルとスキルがぶつかり合うその直前。勇者の体を、淡く優しい光が包む。ヘルガがちらと視線を奥に向けると、神官シャルロッテが癒しの聖句を唱えており、アルベルトの失った体力を回復させていたのだ。

 それに気付いたヘルガはニヤリと笑い、直後けたたましい音と衝撃波が巻き起こる。土煙が視界を覆って周囲の地面をも抉り、両者は弾き飛ばされた。


 ヘトヘトになった少年は、半ば気力だけで斧を振り上げて大男に向かっていく。それを軽々と往なし、クレストは少年の手から斧を取り上げて、足を払って転ばせた。

 次の瞬間、視界の端に煌めく物が映る。それを待っていたかのように、クレストは軽く剣を払い、その光る物体を難なく叩き落す。

 その正体は数本の短剣。小さいが中々の精度で放たれたもので、当たったもそこまで大きなダメージは期待できないが、乱戦であれば厄介この上なかっただろう。それだけに惜しい一撃だった。


「……チッ、死角から狙ったつもりだったってのに」

「そりゃ残念だった、なっ」


 悪態をつくノルバロに向けて、斧を投げつける。ノルバロは思わず避けようとするが、しかし何かに気付いて足を止めてしまう。ショートソードを素早く抜き放ち、飛んでくる斧に叩き付け、なんとか弾き飛ばす。だがこれで彼のショートソードは曲がってしまい、使い物にならなくなってしまった。


「アンタッ、なんって危ないことしてくれてんだ!?」

「魔法士が詠唱してんのを邪魔するのは、当たり前だろ」


 抗議するノルバロに対して、クレストは呆れたように言い放つ。彼が逃げなかったのは彼の後ろに、仲間の魔法士が居たからだ。今まさに魔法を撃たんと準備している最中で、先程の攻撃を避けることなど出来なかったが故の判断だった。

 だからこそクレストはそこを狙ったのだ。彼らの戦い方は、綺麗過ぎる。もう少し狡くなった方がいいとさえ、思わず考えてしまう程に。


「まあ、魔法が完成したとしても、それで勝てるほど世の中は甘くないぜ?」

「な、なにを……」

「二人とも、避けてください! 『ファイアランス』」


 詠唱が完成したディディエの声に合わせて、ノルバロは横に跳んで避ける。オーガにかなりの痛打を与えた炎の槍が、解き放たれたのだ。あえて避けろと忠告しているのは、この一撃を受ければタダでは済まない事を理解しているから。あくまでも模擬戦なのだと考えている彼女の心根の優しさ、正しさからくる言葉だった。

 深紅の軌跡を描き、魔法を見るのも初めてだろう観客の多くがその大きな炎の塊に、悲鳴にも似た驚愕の声を上げる。アレは人智を超えた力であり、それを向けられた者は逃げ惑うしかないと。当たったら待ち受けているのは、確実な「死」だと確信するほどに。


「はぁあああ……ハァッ!」


 動かない大男を見て、誰もが【剛剣】の敗北を悟った瞬間。クレストは剣を構え、気合と共に炎の槍に向かって突き出した。剣に纏った見えない力が、炎の槍とぶつかり合い、一瞬だけ拮抗する。途端に行き場のない力が弾け飛ぶように、周囲に衝撃を走らせた。

 観客席にまで届くような熱風が吹き荒れ、あちこちから悲鳴が上がって、特に貴族席の方は大慌てのようだ。


「嘘でしょっ? そんな、ありえない!?」

「おーおー、ユウリの坊主に教わった気功の使い方、本当に魔法に干渉出来るんだな。こりゃあいいや」


 驚き過ぎて固まってしまった魔法士の女を他所に、クレストが暢気な事を言う。そして同時に理解させられる。ゴールドプレートの称号を持つ冒険者の実力は、自分達を纏めて相手取ってすら勝てるかもしれないほどの、高みにあるのだと。


「魔法士の嬢ちゃん。さっきのヤツは俺じゃなく、ヘルガの方に撃つべきだったな。それならまだ幾らか、勝ち目があったかもしれないぜ?」

「な、何よアンタ!? 本当に人間なの!?」

「別に人間である事に固執はしないが、一応は人間だな」


 泰然と構える大男に、彼らは絶望を覚えた。これ程の達人がこの世に居た事を知り、自分達の未熟さを突きつけられて。



 暗い通路を、右へ左へとひた走る。この地下道を通った時に随分と複雑な順路を進んだせいで、すっかり来た道が分からなくなってしまっており、方向感覚も完全に狂ってしまっていた。

 それでも足を止める事は出来ない。背後からだけでなく、様々な曲がり角からも人の声や足音が聞こえてくるのだ。全てが自分達を追ってくるものと思い、彼らはただ走るしかない。

 先頭を行き、皆を先導する役割を担っているのはユウリだった。夜の闇をも見通すゴーグルを使い、明かりに頼ることなく進むことが出来る。ステラも精霊の力のお陰か、余り闇夜を苦としない。

 マットの方は走るのも、スタミナも問題はない。だがこの暗闇では、彼のすばしっこさは生かすことが出来なかった。

 問題はアイリスとルナである。元々スタミナが無く、最近やっと体力がついてきたかどうか、という感じだったのだ。アイリスは猫の半獣人ゆえ多少の夜目は利くが、かといって安全に全力疾走出来る訳でもない。

 ルナはステラと同じように暗がりは余り苦にならないが、走って逃げ続けるための速さと体力が無い。

 必然的に彼らの移動速度はアイリスとルナに合わせたものとなるので、彼らを追ってくる者達の怒号も段々と近付いてきているのが、嫌でも理解出来た。


「わ、ワタシの事は置いて、逃げてくださいっ。アイツらの目的は、ワタシのはずです。ルナはユウリさんなら、簡単に抱えて走れるはずですし!」


 ガチャガチャと鳴る鎧の音に混じって、いよいよ足音が近づいてきた。するとアイリスが自分を置いていくようにと、肩で息をしながらそう訴えてきたのだ。少なくとも現状で一番足を引っ張るのは、自分自身だとアイリスは理解している。だからこその訴えだった。


「……悪いけど、お断りよ。あんな嫌な気配をさせている奴らに、大事な仲間を渡してやるものですか!」

「僕もステラさんに賛成。気配は知らないけど、アイツらが悪い奴らだってのは、僕だって分かるよ」


 アイリスの提案は、先を行く二人から即座に却下される。それが有難くもあり、しかし現実と言う非情な存在を前に語るには、余りに暢気だ。それでも彼らは、全員で逃げることを諦めないのだろう。

 いつの間にかユウリが、何時もの装備を身に着けているのが、ぼんやりとだが見えた。既に徹底抗戦の構えなのだと気付かされる。

 それを見たステラが、ユウリに頼んで彼の剣を少しだけ光らせると、周囲が明るくなる。そのまま彼女は光の精霊を呼び出し、自分達の頭の上に小さな光の球を幾つか浮かべた。

 もう自分達の存在を、隠すつもりは無いらしい。


「ブレスレットの使い方、教えたよね? あんまりやりたくないけど、戦おう」

「ええと、確かブレスレットに意識を集中させて……」


 ユウリの指示にステラはすんなりと従い、此処に来る前に身に着けていた、ブレスレットの使い方を思い出す。ブレスレットに付いている宝石が輝いた次の瞬間、丸腰の筈のステラが、いつも通りの武装を身に着けていたのだ。


「ユウリさん、一体どれだけ魔法の宝物を持ってるんですか……いえ、知ってましたけど。まあそうですね。ここで捕まるのも面白くないと言うか、だんだん腹が立ってきたので、とことんやってやろうと思います!」


 既にルナとマットも装備は終わっている。アイリスも一つ息を吐いて、ブレスレットに意識を集中させ、ユウリと出会ってから身に着けているドラゴンローブを含む、装備一式を身に纏う。


「さあ、ちょっと暴れるよ!」


 全員が装備を整えた事を確認して、ユウリは追手が来る方へと走り出した。



 場内が騒がしい。先程までの勇者たちと「巨人殺し」の戦いとは別に、何かが起きている事を冒険者ギルドマスターのロドルフォは感じ取り、すぐさま護衛を兼ねて連れて来ていた冒険者達に命じ、情報を集めさせていた。

 するとどうやらこの会場のどこかで、乱闘騒ぎか何かが起きているとの事だ。多くの兵や、ローヴィス教の聖兵までもが動いていると言う情報から、ロドルフォはキナ臭いものを感じ取る。


「……やはり何かが起きてましたか。他の冒険者たちを集め、聖兵の動きを突き止めなさい」


 ロドルフォが指示を出した、その時だった。

 ドォンッと何かを破壊するような、重く大きな音が響いたのだ。慌てて音のした方へ視線を向けると、選手が入場する出入り口が破壊されているのが目に入り、次いでそこから誰かが飛び出してくるのが見えた。


「あれはまさか……!?」


 クレストとヘルガの仲間たち。ロドルフォが彼らの弟子だと認識していた者達が、会場に乱入して来たのだ。

 そしてその後を追う様に、兵達がぞろぞろと続いてやってくる。明らかに異常事態だと分かるのだが、しかしなぜこのような状況になっているのかが分からず、貴族たちも含めて誰もが混乱していた。


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