第八十話「策謀」
ユウリ達は兵士たちに囲まれながら、騎士の先導で会場の中を歩いていた。「巨人殺し」のパーティメンバーである彼らは、専用の場所で観戦するのだと言われ、素直について言っているのである。
しかしやたらと物々しい雰囲気を漂わせていることを、不審に思わないわけではない。何故なら現在、彼らは地下を進んでいるからだ。
一応騎士が言うには「反対側に通じていて、こちら側を通る方が早い」と言う事なので、今はその言葉を信じる他にない。やたらと曲がり角を曲がっていて、すっかり方向感覚など失ってしまったことを、軽く後悔しながらではあるが。
「ここ、随分と大きな檻が多いようだけど?」
ステラがそう言うと、騎士を名乗った男はちらりとこちらを見て、不服そうに口を開いた。
「最近はあまり使われていないが、昔は捕らえた魔物を収容していた場所だ」
「魔物を捕らえる? 随分と危ない事をするのね」
「お前達には関係のないことだ」
最低限の受け答えはしてくれるものの、しかしこちらと仲良く会話をするという気は、まるでないらしい。
そしてその理由は、すぐに判明した。
今回選んだ競技場は、かつては捕らえた魔物と剣闘奴隷や犯罪者を戦わせる、そんな娯楽の為に使われていた場所だった。今でこそそう言った目的で使われる事は滅多にないが、兵士達の魔物を相手にした訓練に役立っている。
そんな便利な場所を、使わない手はない。獲物は既に兵士たちに囲まれ、こちらに向かって来ていると聞いて、ロッコはニタリと笑みを浮かべた。
「いやはや、流石侯爵閣下の精鋭。こんなにも仕事が早いとは、素晴らしい!」
「当然だ。だが、本当にこれで良いのだな?」
「勿論でございます。全ては我々を導く貴き方の思し召し。その力は侯爵閣下も、ご存じでございましょう?」
商人の絶賛する様子の隣で、貴族らしき男の姿は僅かな迷いを見せる。このロッコとその背後に居る、人買いギルド。彼らが手にしたと言う力。この世界に生きる者であるならば、決して無視してはならぬ存在。
「それにローヴィス教の皆さまからも、御助力頂けるのです。言うなれば、人間の法で裁けぬ悪を懲らす為のもの。何も迷う事などありますまい」
「そう、だな」
いまいち歯切れの悪いオレール・ドッス侯爵の態度を、まるで気にした風ではないロッコの様子は、とても不気味に映った。
(……出来れば今一度、マクシム司祭殿と言葉を交わしたかったが)
心の中で、そう零す。マクシム司祭も迷っている様子だった。だからこそ今一度ちゃんと話し合い、ロッコの主張に乗るべきか否かを、問いたかったのだ。
これから行うことは、本当に神々の意思に沿うものなのか。正義ある行いであるのかを。
やけに広い通りに出る。同じ地下ではあるものの、息苦しさからは多少解放され、ユウリ達は小さく息を吐く。そこを少し進んだすぐに、先導していた騎士が足を止めた。不思議に思い声を掛けようとした次の瞬間、自分達を囲んでいた兵士が、手にした槍をこちらに向けて取り囲んだのだ。
「ちょっと、どういうつもり!?」
「なんで? なんでなのー!?」
咄嗟にステラがルナを、アイリスはマットを抱きかかえる。ユウリは皆を庇う様に立つとゆっくりと周囲を見渡し、相手の次の行動を注視していた。
「……お前達には、奴隷契約における脱走容疑が掛かっている。手荒な真似をされたくなければ、そのまま大人しくしていろ」
騎士がそう言うと、周囲を囲んでいた兵の槍が、少しだけこちら側に突き出される。攻撃するつもりは無いが、不審な動きを見せればすぐに攻撃できるのだと、言外に示しているようだった。
奴隷契約における脱走容疑。そう告げられ、ユウリとステラ以外の面々の顔から、血の気が引いた。
マットは正真正銘、元奴隷だ。魔物の襲撃で元居た町が滅び、逃げ出したところをユウリに救われている。アイリスとルナは奴隷商に捕まり、まさにこの街に運ばれようとしていたところを魔物に襲われ、隊商は全滅。自分達もあわやと言うところを、ユウリ達一行に救われた経緯を持つ。
そのまま一行は拘束される事こそ無かったが、身動きが取れないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
パチパチと兵士たちが持つ、松明の爆ぜる音だけが耳に響く。あれからどれくらい経ったのか、暗い地下では時間の感覚が鈍ってしまう。それほど長くないようでもあり、そうでもない気がしてくる。
奴隷契約における脱走容疑。ユウリには寝耳に水のような話だが、アイリス達にとっては言い逃れは出来ないのではないかと、それぞれが絶望し始めていた時。
コツコツと高い音を立てながら、誰かがこちらに向かってくるのが分かった。一人二人ではなく、複数。増援かとユウリとステラは身構え、音のする方へと視線を向ける。
「おお、これはこれは。皆さまの御助力のお陰で、漸く大切な商品を取り戻せました。これで大きな損害を出さずに済みます」
どこか芝居がかった言葉で現れたのは、ユウリ達には見知らぬ男。何処にでもいるような、やや痩せぎすの中年くらいの男性だと言うことは分かるが、だからこそ余計に不気味に感じた。
「……ロッコよ。こやつらで良いのだな?」
「勿論です侯爵閣下。エルフの姉妹、半獣人の女に、人間とリリルトの小僧。確かにこのロッコが仕入れ、そして脱走した奴隷たちでございます」
突然やって来た者達がそんなことを言い合い、ユウリは相手の言い分のおかしさに呆れ、否定する言葉がすぐには出てこなかった。
「ふざけないでっ。アンタなんかに買われた覚えも無ければ、奴隷なんかに一瞬でもなった事は無いわ! わたしは囁きの森に住まうエルフ族。そのウィロウとイリスの娘、ステラ! そのような妄言で我らが尊厳を奪おうと言うのであれば、我らが同胞と我が友である精霊たちが黙っていると思うな!」
キッとロッコをきつく睨みつけ、ステラの怒声が地下に響く。周りを取り囲んでいた兵士たちに、動揺が走る。魔法士の力を恐れての事だろう。しかし、彼女が幾ら魔力を練り上げ精霊たちに呼びかけても、その反応が鈍い。
「……なんで精霊たちの反応が、こんなにも薄いの?」
「ほほほっ、当然ですよ。ここは地下通路。風も水もなく、人工物である石畳には、地の精霊も干渉するのが難しい。エルフの多くは、この三つの精霊とやらを得意としている……ですよねえ?」
想定外の事態に、ステラも僅かに焦りを見せた。それを見て勝ち誇ったように、ロッコがにたりと笑う。袋の鼠なのだから、大人しくしろ、と。
「ぐっ……小癪なっ。だったら他の精霊の力を借りるまでよ! ユウリ、時間を稼いでくれる?」
「うん、任せて。……ハアッ!」
言うが早いか、ユウリは仲間たちを伏せさせた直後に、全周囲に気を放った。眼に見えない衝撃が兵と石畳を叩き、弾き飛ばす。騎士がいち早く異常事態に気付いて避難したことで、侯爵とロッコはかろうじて無事であった。
「流石ね。このまま突破口を開くわ。『燃え盛る火よ。踊れ、踊れ。舐めるように、あいつらを焼き払ってちょうだい。フレイムタン』」
兵士が持つ松明の炎、騎士が掲げていたランタンの明かり。そこから燃え盛る炎が、意思を持って周囲を舐めるような動きで、ロッコに向けて襲い掛かる。兵達はユウリに吹き飛ばされて倒れている為、彼らを守るのは一人の騎士のみ。
それを理解していた騎士は剣を抜き放ち、意思を持ったように迫りくる炎の前へと躍り出る。裂帛の気合を込めて炎へと斬りかかるが、実体のない炎を切る事など出来るはずもない。しかし僅かながらも勢いは殺せたようで、騎士は二度三度と剣を振るって炎の侵入を防ごうと試みる。
「このまま逃げるわよ。『闇の幕よ、優しく覆え。わたし達の姿を、あいつらから隠してちょうだい。シャドウカーテン』」
その様子を見て、ステラはすぐに次の手を打つべく、新たな魔法を紡ぐ。
自分達の言語とは全く違う、不可思議な言葉が終わるや否や、炎に照らされてゆらゆらと揺れ動く影が、全く違う動きを始めたのだ。影はステラ達の周りを覆うように動き、彼女たちをすっかり隠してしまう。
「クッ。奴らが逃げたぞ、追え! 外で待機しているマクシム司祭様にも連絡して、挟み撃ちにするのだ!」
そんな声を背に、ユウリ達は陰に紛れてその場を離れるのであった。
退屈だと碌に見る気も起きなかった観戦も、流石に決勝戦ともなれば見ごたえがあった。しかしそんなアルベルト達を呼ぶ、世話役の者が彼らに告げる。試合の途中ではあるが、そろそろ彼らも準備しなければならない。
この日行われる試合は、あくまでも前座。自分達の引き立て役なのだ。
「うっし、やっと出番だぜ!」
「はいはい。お子様は元気で羨ましいよ」
最年少のフィルと最年長のノルバロの、正反対の反応を笑いをかみ殺すように見ているのは、魔法士のディディエだ。そんな彼らを気にも留めず、手を組みその場で跪いて祈りを捧げているのは、神官のシャルロッテ。
勇者アルベルトは席を立ちながら、苦楽を共にしてきた仲間たちを見つめ、自分達を呼びに来た世話役に力強く頷き返した。
「わかりました。すぐに向かいます」
「ではご案内致します。こちらへどうぞ」
漸く自分達がこの国にきた、本当の目的が果たされる。修行の旅とは言え、このような事の繰り返しばかりで本当に強くなれているのか、時には疑問に思う事もある。しかし立ち止まる事こそが、彼らの教えにとって最もしてはいけないことなのだ。
自分達が奉ずる陽光神と古の聖者に、己の正義を示す為、前に進み続けなければならない。
「皆、行くぞ」
そう声をかけると、力強い返事が返ってくる。気合は十分。体調も問題なし。
相手はこの国で最高の実力を持つ、ゴールドプレートの冒険者。騎士たちからも恐れられる実力者だ。そして、ひょんなことから互いに言葉を交わすことになった、因縁のある相手。
(ユウリも、どこかで見ているんだろうか。だったらどうか、この戦いを通じてローヴィス様の崇高な教えの一端でも、感じて欲しい)
身勝手な願いだとも気付かず、純粋にアルベルトはそう願う。勇者である事、聖者ローヴィスの教えに疑問など無い。それらは全て天命なのだ。この戦いが終われば、ユウリもきっとその事を理解してくれるはずだと、ありもしない望みを胸に抱いて。
無事に脱出できるのか




