第七十六話「絡み合うイト」
「また会えたら……とは、いかないんだろうね」
「それがそうでもないですよ。アルベルト様」
「どういうことです。ノルバロさん?」
ユウリ達を見送った後、アルベルトが小さく独り言ちる。しかしノルバロから意外な言葉を返され、驚いて彼の方を振り向いた。
「……ユウリとかいう子供を迎えに来てた大男、自分の勘違いでなきゃ、【剛剣】クレストです。噂のゴールドプレートなんですよ」
「ああ。多分アンタらと試合をさせられる、そのゴールドプレートだ。その時はお手柔らかにな?」
クレストはまだ残っていたようで、不意にそう声をかけて来た。一行は驚いて彼に顔を向け、アルベルトは鋭い視線を投げかける。
「ユウリのような善良な人を、利用しようとしているんじゃないでしょうね?」
「俺は最近パーティに加わったばかりだから、そう思われても仕方がないよなあ。こいつはあんまり、出したくは無かったんだが……」
そう言ってクレストが胸元から取り出して見せたのは、ドッグタグのような細い鎖の付いた小さな金属板。それをアルベルトらにだけ見えるように差し出す。
「それは……!?」
「そ。これは女神ニアーの聖印であり、このメイージュ万神殿所属の巡礼神官を示す物だ。まあ信用するかどうかは、おたくらに任せるが。そっちの嬢ちゃんも神官なら、相手のアライメントの一つや二つ、調べられるだろ?」
やや素っ気ない口ぶりのクレストが見せたソレに、アルベルト達は驚愕する。
彼の言う巡礼神官とは一つの町や村に留まらず、様々な土地を渡り歩くことで人々に救いの手を差し伸べる神官の事だ。一応の所属は存在するが、冒険者などをしながら活動する神官は、基本的にこの巡礼神官という肩書を持っている。それは勇者の旅に同行しているローヴィス教の神官シャルロッテも、同様に巡礼神官という扱いなのだ。
「……神から直接神託を賜るほどの方が、何故この街の教会といざこざを?」
「おたくらんとこの亜人嫌いが、行き過ぎていた。理由はそれだけで十分だろ」
「貴方は人間でしょう!?」
「さっきユウリが言った事を、そのままお返しするぜ。相手を種族としてではなく、個人として見なきゃ意味がねえんだ。あの坊主はよくわかってるよ。ああ、それとここの教会とやらは、俺が神官だとは知らなかったかもな?」
「……っ」
「ニアー様の教えは神々が生み出した、あらゆるヒト族への祝福だ。そこに人間も亜人もない。差別する事自体が、ニアー様への冒涜に値する。ま、そう言う訳だから、この話はこれで終いだ。そろそろ追いかけないと、置いて行かれちまう。じゃあな」
そう言って何でもないような穏やかな態度で、クレストは軽く手を上げてその場を去った。
予想外の出会いに今回の旅は一筋縄ではいかないと、一行の誰もがそう強く予感するのであった。
ロッコという商人を連れたカスパル達はローヴィス教会へ戻り、報告の為にマクシム司祭の部屋を訪れていた。いきなりロッコを連れて入る訳にもいかないので彼には部屋の外で待ってもらい、三人はマクシム司祭の部屋に入っていく。
カスパルやバートはともかく、まだ幼いレーヴィは滅多に入れない司祭の部屋に、見て分かるほど緊張している。そんな少年の微笑ましい姿を見て、マクシム司祭は一瞬だけ優しく微笑むのだが、すぐに表情を引き締めて口を開いた。
「おかえりなさい、聖兵を目指す若人達。お客様がいらっしゃるようですが、その様子だと頼み事は上手くいったようですね?」
「ただいま戻りました、マクシム司祭様。まずは我らが弟、バートの報告をお聞きください」
マクシム司祭と年長者のカスパルが軽く挨拶を交わし、促されたバートは一礼して一歩前に出る。街の中で聞き込みを続けて調べ上げた内容を報告すると、司祭は穏やかな表情のまま固まってしまっていた。
「そう……でしたか。あの者と一緒にいる幼子らに接触してさえも、何も得られませんでしたか」
「はい。ですがそのすぐ後に商人のロッコ殿に声を掛けられ、件の獣人について我々では判断の難しい話を伺ったので、マクシム司祭様の判断を仰ぐべくお連れ致しました。今は部屋の外で待機して頂いています」
「なるほど。では何時までもお待たせしてはいけませんね。どうぞ、入って貰ってください」
ロッコと言う商人の話を聞き、マクシム司祭は頭を抱える。彼の言う「商品」を、件の獣人が勝手に持ち出して、連れ歩いていると言うのだ。だがそれを違法と言う根拠も存在しないのである。
王都へ元へ向かっていた筈の隊商は、フレアウルフの群れに襲われており、生存者は居なかった。例え生き残っていた奴隷を解放したのだとしても、それは褒められこそすれ、人道から外れた行為ではない。
「ええ、ええ。確かに証拠と言えるものはございません。ですが我がギルドが苦労して手に入れたモノなのです。それを卑しい獣人などに横から掻っ攫われた、などと言うのは外聞も悪く、迂闊に手出しが出来ませんでした」
「ううむ……ですが、それでは」
「司祭様の御懸念も理解しておりますとも。ですが我々も人の子です。今回の商品で得られたはずの稼ぎを少しでも取り戻さなくては、不幸にも死んでいった者達に申し訳が立たない。残された家族たちを、路頭に迷わせる訳にはいかないのです」
熱弁を振るうロッコに、マクシム司祭は難しい顔をしたまま答えない。商品を仕入れられず、彼らが苦しいのは理解できる。だがそれらは教会として、介入していい範疇を超えているのだ。
路頭に迷うというのであれば、ある程度は教会や万神殿が行う炊き出しで、一時は凌ぐ事も出来よう。逆を言えばその程度しか出来ない、と言うことでもある。
「マクシム司祭様、どうかお力添えを願えませんか。ローヴィス様の教えは、我ら人間のために存在する物。今こそ、その御威光を示していただく時だと、私は確信しております」
「しかし人々の模範となるべき我々が、法を犯す事など出来ません」
「法が問題だというのであれば、それは杞憂であると証明いたしましょう。実はあれらの「商品」は、とある貴き方がお求めになられており、その為に仕入れたモノなのです。その御方もまたローヴィス様の尊き教えを、強く支持されていらっしゃいます」
「……どういうことでしょうか?」
まるで法など気にする必要はない。そうとも取れる口ぶりのロッコに対し、マクシム司祭は眉根を寄せる。それが出来る程の存在が彼の背後にいるということは、俄かに信じがたいからだ。
「オレール・ドッス様が、我々の正当性を証明してくださると言えば、ご理解いただけるでしょうか?」
「なっ!? あのドッス侯爵家の……!?」
「はい。ドッス家と言えば、この国でも有数の武力を誇る家柄。そしてオレール様自身もまた、国王陛下から厚く信頼されている御方です。お力を貸していただけるのであれば、私の方からオレール様と直接お話が出来るよう、今夜にでもすぐに場をご用意いたします」
勝ち誇るように、ロッコは笑みを浮かべる。余りにも性急すぎるが、しかしそれを用意できると言った時点で、侯爵家が絡んでいるという話の信憑性は、格段に上がったと言っていい。
「オレール様のお力と、ローヴィス様の御威光。この二つを前にして卑しい亜人に出来る事など、あるはずがないでしょう」
「……わかりました。侯爵様が我らの信仰の力を借りたいと仰るのであれば、否やはありません」
「勿論でございます。今回の件、侯爵家が直接動いたとあれば、民は大きく動揺する事でしょう。しかし教会がローヴィス様の教えとその正義を示し、慈悲を体現なさると言う事なら、民草は安心していられるというものです」
「そう、願いたいものですな」
聖句を諳んじ、マクシム司祭は手を組んで祈る。どうか自分達が、正しき道を歩んでいるようにと。
ロッコが為そうとしている事は、二つの力──権力と信仰の力を使って強引に、合法的にヒトを奴隷へと貶めようという事なのだ。彼らの言い分が正しいのであれば、元々は奴隷なのだから問題は無い。
いや、彼らの言い分こそ「正しいのだ」と、強引に押し通す事こそが必要なのである。
綺麗事だけでは、信仰を守る事は出来ない。権力もまた然り。清濁を合わせ呑んで初めて試練を乗り越えられるのだと、司祭は静かに目を伏せた。
無事に万神殿へと帰り着いたユウリ達だったのだが、少々時間が過ぎてしまったため、ユルカ司祭からお説教を受けていた。しかし遅れた理由が神殿と孤児院への、差し入れを購入していた事が原因だったお陰で、短い注意だけで済んだのであった。
「気持ちは有り難く頂戴しますが、時間は出来るだけ守らなくてはなりませんよ?」
「はーい……」
「ですが、これらの食材は本当に助かります。中々、皆が満足する量の食事が出来ませんから。この規模を維持するにも、多くのお金と物が必要になってしまいますから、信徒の皆さんからのお布施や、国からの援助だけでは中々大変なのです」
そう語るユルカ司祭の言う通り、この万神殿の規模はかなりのものだ。あらゆる神々への信仰が集う場所であると言う性質上、神官の数も多い。そして神官を目指す者や神殿の運営を助ける者と言った、多くの人によって支えられている。
またローヴィス教の教会とは信仰の理由で離れている為、どうしても寄進や国からの援助も分散してしまう。特に貴族は距離的にもローヴィス教会の方へ向かう為、万神殿まで足を延ばす者は年々減っており、地味に頭の痛い問題でもあったのだ。
「ヘルガさんの言う通り、野菜とか肉とかをそのまま持って来てよかったね」
「直接、金をお布施として渡してしまうのもいいけど、ユウリの鞄があるなら、こっちの方が喜ばれると思っただけだよ」
「お金だと、トラブルになった時が怖いですもんね。良い判断だと思いますよ?」
簡単にお説教が終わって、ホッとしているユウリ達。入れ知恵をしたヘルガを、アイリスが褒めるという少し珍しい光景でもあった。
「だからって、ユウリに好き放題散財させるのは、どうかとも思うんだけど?」
「ユウリあんちゃんは、やっぱりすっげーなー!」
「あたしはもっと、果物があったら良かったな、と思います」
ステラが言う様に、やはり少々逸脱した行為だった。目についた肉や野菜をほぼ全部買い取るという、かなりの無茶をしでかしたのだから当然だろう。暢気そうな事を言うマットやルナのように、気にしないでいられれば、どれだけ楽だろうか。
当然額も相応のものとなってしまい、ユウリが手持ちの銀貨で支払ったとは言え、それでも数十枚は軽く使った。普通のヒト一人が、半年は暮らせそうな額である。無茶でないはずがない。
それらの内の幾らかは自分達で使う用として取ってあるとはいえ、大半を神殿に寄付したのだから感謝され、説教も短くなるのは当然だ。
「なんつーか、無茶苦茶だな」
「……今更なに言ってんだい」
ユウリの暴走を止められなかった保護者たちは、揃って深い溜息をつくのであった。




