第七十五話「勇者と冒険者」
上機嫌のアルベルトとフィルに挟まれて歩くユウリは、彼らとは対照的にこの厄介な状況をどうするべきか悩んでいた。別に彼らに悪気はなく、純粋な善意に近い。
フィルという少年に関してはよくわからないが、アルベルトに関しては善意百パーセントなのが実に面倒だ。とはいえ最初は混乱で思考が働かなかったユウリも、徐々に冷静さを取り戻してきている。
「あ、アルベルト達は、この街の人?」
「いや、違うよ。俺達はついさっき、他の仲間と一緒にこの街に着いたばかりさ。王都まで来るのに少し無理をしたから、教会にお邪魔する前に少し食べておこうと思って、この広場に寄ったんだ」
彼らの言葉はユウリには問題なく理解できるのだが、どう聞いてもこの辺りとは少しイントネーションや言い回しが違う。その為ユウリは彼らがこの街の人間では無いのではないかと思い、聞いてみたのだ。
実際、アルベルト達はガリオン王国の公用語である北方語とも呼ばれるものを母語とし、共通語は余り得意じゃない。それでも日常会話に支障が出ない程度には会話が出来るが、どうしても北方語の訛りが出てしまう。
「そうなんだ。僕は冒険者なんだけど、今は万神殿の方で修行体験させて貰ってて、今は休憩中……かな?」
「パンテオン……」
ユウリが万神殿の事を話すと、はたとアルベルトが足を止める。フィルは少しだけ眉を下げて、アルベルトの方を振り返っていた。
「ユウリだっけ? 確かパンテオンって、亜人も沢山いるんだろ? なんか嫌な事とかされてない?」
「神殿の人達は、皆いい人だよ。それに人間だって亜人だって、いい人もいれば悪い人だっているのは当たり前じゃないか」
「うっ……そ、そりゃそうかもだけど」
話を誘導しようとフィルがユウリに話題を振るが、逆に言い負かされてしまった。流石に亜人と言えど、神職に就くような者が嫌がらせのような真似をするはずがない。己の発言の迂闊さに、フィルは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「ああ、ごめん。フィルはユウリを心配しただけなんだ」
「大丈夫、別に気にしてないよ」
「それはそうと修行ってことは、ユウリは別に信仰している神様がいるってことかな?」
「えっと、まだそう言う訳じゃないけど……」
「じゃあ修行体験とやらが終わったら、教会にも行って見てくれないか!?」
「……僕と一緒に居る仲間はみんな亜人だから、ローヴィス教のところに行くのは、ちょっと難しいかな」
苦笑しながらユウリがそう断ると、アルベルトとフィルは眼を見開いて、こちらを凝視している。
「亜人の仲間……だって!?」
「嘘だろ!?」
ありえないと言いたげにこちらを見る二人に、ユウリの苦笑いが止まらない。彼らの反応は予想は出来ていたが、いざ実際にその反応をされると、それはそれで困るのだ。
「嘘じゃないよ。あ、ほら。ヘルガさーん!」
ユウリは大きく手を振って、前方にいた虎の獣人女性に声をかける。あちらもすぐに気付いたようで、特に警戒するでもなく近付いてくる。
「ユウリ、アンタまだ食べ足りないから買いに行くって、言ったんじゃないのかい? なんでお友達を作ってるのか知らないけど、そろそろ神殿に帰るよ?」
「え、あっそうだ!? あと神殿の人たちや孤児院の子達にも何か買って行ってあげたいんだけど、時間はある?」
「さて、どうかねえ? 遅れると仕事を増やされるし、待たずに帰っちまおうかねえ?」
「そ、そんなあ!?」
そんな風に会話をしながら、ユウリはちらとアルベルトとフィルを見る。アルベルトは人の好さそうな微笑みを浮かべているが、寧ろ張り付けたような表情だという方が正しい。フィルのように見るからに微妙な表情をしている方が、まだ好感が持てるというものだ。
ヘルガと目が合ったのか、アルベルトの眼が一瞬だけ冷たくなった。その事には彼女も気付いていたようで、しかしあえて気付かない振りをするという選択を選ぶ。背格好こそユウリよりもずっと大きいが、彼と同じくらいの年頃の若者をいちいち相手にするほど暇ではない。
「アルベルト様。遅いので様子を見に来たんですが……って」
「ヘルガ、ユウリは見つかったのか?」
そこへアルベルトの旅の仲間であるノルバロが、女性陣と共にやってきた。それとほぼ同じタイミングで、ステラ達を連れたクレストも合流したのである。
「おいおい、マジかよ……あの体格、噂のゴールドプレートか?」
「アルベルト、フィル。何かあったの?」
「勇者様、どうかされましたか?」
引きつり気味の表情をしたノルバロの後から顔を出したディディエとシャルロッテが、彼らを見て「あっ」と小さな声を上げる。
そしてクレストたちも何やら面倒な空気を感じてか、微妙な表情を浮かべていた。
「……どうなってんのか、説明してくれないか?」
「特になにもないよ。ユウリが買いものに行ってる最中に、お友達を作っただけさ」
「っていうか、あちらの女の子の神官様、いま勇者様って言ってませんでした!?」
クレストとヘルガがあえてスルーしようと努めていたのだが、珍しく空気を読めなかったアイリスが驚きの声を上げる。それによって向こう側もこちらを無視できず、警戒の色が露わになった。
「ローヴィス教が歪めて伝えてるっていう、人間の勇者があの子なの?」
「まあ、年恰好までは聞いてないからなあ……」
「勇者って、ユウリあんちゃんより強いの?」
「それよりも、早く帰りたいです……」
ステラ達もそれに反応し、ユウリを挟んで双方がにらみ合うような形になってしまう。彼女らの呟きは向こうにも十分届いていたらしく、特にシャルロッテからきつく睨まれてしまった。
「歪めて伝えているなどと、何を根拠に仰られているのですか!」
「少なくともエルフには千年以上前から、人間から勇者が現れる意味と言うものが伝わっているわ。他の種族と力を合わせる為の、特別な使命と祝福。でもそれは神々が人間を特別扱いしたからではないわ」
「……馬鹿を言わないでください! 勇者だけが、人間だけがこの世界に平和を齎せる、神に選ばれた存在です!」
「お話にならないわね。だったらそう思っていればいいんじゃない?」
シャルロッテの剣幕に押されることなく、ステラは冷え切った視線で彼女を射抜く。そんな二人の睨み合いを、ディディエは興味深そうにステラの方を見ていた。
「じゃ、僕たちはもう万神殿に戻らなきゃいけないから。アルベルト、フィル。またね」
「え、あ、ああ……おう」
全く空気を読まずにユウリがそう告げて、ヘルガ達の方へ向かおうとする。突然のことに呆けていたフィルは対応できず、素直にユウリを見送ろうとした時だった。
「……ユウリ。亜人にも良いヒトがいる、というのは理解できるよ。でも人間は人間としか分かり合えない。君のような善人を食い物にしようとする輩は、幾らでもいるんだ」
静かに、しかしよく通る声でアルベルトはユウリの背中に言い放つ。その言葉を受けてユウリは振り返り、困ったような表情を向けた。
「前に聞いた話なんだけど、結局この世で一番怖いのは、人間なんだって。どんなに残酷な事でも、人間は正義の名のもとに喜んで悪事を行うことが出来る。良い人だから。神官だからって、正しい事をしているとは限らないんだよ?」
冷たい水を浴びせるような、鋭い返し。穏やかでどこか寂しげに向けられた言葉だからこそ、アルベルトは二の句が継げなかった。
「アルベルト。僕は確かに世間知らずだし、お人好しかもしれない。でも僕にとって大事な人は、僕が決める。君じゃない」
「ユウリ……君は」
「でも出来れば、僕は人間とか亜人とか関係なく、仲良くしたいな」
ふわりと浮かべたあどけない笑みを見て、アルベルトたちは毒気が抜かれたような気になった。それなりに社会の複雑さや闇を垣間見てはいるのだが、それでもユウリにはまだ純粋さの方が勝っている。
一つの考えに染められ、盲目的に信じ抜く純粋さではなく、何にも染まらぬ、天衣無縫の透明な純粋さ。
だからこそ危うくもあり、同時にどこか憧れにも似た感情を覚えてしまった。
「君の考えは、崇高で尊いものだ。それを悪用しようとする者は、必ず現れる」
「そうだと分かったら、そこからやり直すよ。誰だって間違えるんだ。大切なのは間違っていたことに気付いたなら、正しい方法を探して、やり直そうとする事なんだってさ」
アルベルトの確信に満ちた言葉を受けても、ユウリは優しい笑顔で返す。ゲーム時代の年上のギルドメンバーやフレンドたちから聞いた受け売りではあるが、今もその事を思い出せる程度には、ユウリの心に響いている言葉の一つだった。
真っ直ぐで穏やかな少年の言葉を受けて、アルベルトは肩の力を抜いて、苦笑するしかない。
「まったく、ユウリは本当に不思議な子だな」
「アルベルトが、ちょっと融通利かなすぎるだけだと思うよ?」
「むっ、そんなことはない。ユウリはまだ子供だから、社会と言うものを知らないだけだ」
「うぐっ、ぼ、僕はこれでも十五歳だぞ!? こっちじゃ、成人なんだろ!?」
いつの間にか、子供の言い合いのようになりつつある二人。しかしここで互いに歳が近い事を知って、アルベルトは目を見開いた。
「……えっ、一つ下……!?」
「げっ、同い年くらいだと思ってたのに」
「あー。田舎だとあの坊主くらいの背格好の成人ってのは、珍しくもないですからね。この王都も、そんな背の高い奴ら居ませんし。まあ、あそこまでガキっぽい奴は珍しいですが」
そんな風にどうでもいい解説を加えるノルバロの方を、アルベルトとフィルはゆっくりと顔を向ける。事実だという様に頷く男に、思った以上にショックを受けたのだった。
「坊主が十五ってのは、割と嘘くさいと思ってるんだがなぁ……貴族の小僧でも、もうちょい背伸びした言動だぞ?」
「下の毛も、未だ生える気配もないしねぇ」
「ちょっと外野は黙ってて!」
まさか仲間からそんな茶々を入れられるとは想定外で、ユウリは思わず声を荒げる。そんな少年を見てクレストとヘルガはどこ吹く風と笑っているのだから、非常に腹立たしい。
他の仲間はと言うと、ステラの視線はどこか微笑ましいものを見るようでもあるし、アイリスはそ知らぬふりをして視線を逸らしており、自分がどれだけ幼く思われているのか、改めて理解させられてしまった。
因みにマットとルナの二人は首を傾げるだけで、特に気にしていなかった。マットは十歳くらいで歳を取らなくなるリリルト族で、ルナも十歳以降は成長が急激に緩やかになるエルフ族だからだ。
「と、とにかく! 僕らはもう行くね」
そう言って全く絞まらない空気のまま、ユウリは仲間たちの方へと足早に向かうのであった




