第六十五話「狩りと訓練の日々」
競うように武器を振るう。彼らの目の前に居るのは、牛の頭に人の上半身、牛の下半身を持つ怪物、ミノタウロス。カテゴリとしては巨人に属し、大男であるクレストでさえも、ミノタウロスと比べれば幼子のように小さく見える程だ。
その圧倒的な膂力から繰り出される戦斧の一撃はあらゆるものを破壊し、強靭な肉体は生半可な攻撃ではかすり傷を付けるのが精々とされている。騎士団でさえ多数で取り囲み、四方から矢を雨のように射かけて弱らせてからでないと、とても戦えない相手。
そんなミノタウロスに少数で真っ向から挑むのは、一般的な冒険者からすれば無謀の極みでしかない。だがこのパーティに、そんな常識が通用するはずがなかった。何故なら彼らは終始優勢のまま、ミノタウロスは為す術もなく打ち倒される運命にあったからだ。
スキルによる攻撃を同時に放つヘルガとクレストの見事な連携によって、ミノタウロスが振るう巨大な戦斧を弾き飛ばす。そのまま怪物の態勢を崩させたところへ、ステラの放った魔法の火の矢がミノタウロスの両目を焼いた。
火の矢自体はあまり大きなダメージにはなっていないが、一時的にでも視覚を失った事で、ミノタウロスは焦ったように両腕を無軌道に振り回す。
ヘルガとクレストが即座に距離を取ると、そこへ怪物の攻撃を軽々と避けながら、ユウリはミノタウロスの頸をたった一振りで切り落とすのだった。
ユウリ達が大物との大立ち回りを演じている頃。彼らの後ろの方では、マットたちが三匹のゴブリンと死闘を繰り広げていた。ミノタウロスの手下だったのか、同時に襲ってきたのだ。
それなりに武器を振るのが様になって来ていたとはいえ、冒険者になってから初めての実戦に、彼らは必死だった。マットは盾でゴブリンの攻撃を受け流しつつ、剣で足や武器を持った腕を狙って反撃を試みている。
普通ならマットの体格ではゴブリンに力負けしてしまうが、そこは気功スキルの恩恵で互角に渡り合えていた。ルナはステラに教わった精霊の力を借り、二匹のゴブリンを転ばせることに成功。
そこへアイリスが、ワイバーンの骨を削って作られたライトメイスで、ルナが転がしたゴブリンを必死に殴っている。
非力な女の腕力とは言え、メイスで殴られる方はたまったものではなく、慌てて反撃を試みるも彼女のドラゴンローブを貫くほどの攻撃力がない。
転がされたもう一匹が武器を手に立ち上がろうとしたところへ、駆け付けたステラが腰の剣を抜き放って、ゴブリンの粗悪な武器ごと、鋭い一閃が致命傷を与えるのだった。
ここまでくれば、すぐに決着はつく。アイリスが殴っていたゴブリンもすぐに力尽きて動かなくなり、マットと死闘を繰り広げていたゴブリンも、剣で胸を貫かれてその生命に終わりを告げる。
こうして、初めてパーティ全員が参加した戦闘は、無事に彼らの勝利で幕を閉じるのであった。
「あああ、ま、まだ手足が震えてます。よ、よく皆さん平気で戦えますね!?」
初めて自ら体を張って戦ったアイリスが、がくがくと体を震えさせながらヘルガにしがみついている。マットは興奮冷めやらぬと言った感じで、クレストとユウリの指導を受けながら先程の戦いについて復習していた。
「アイリスは思った以上に戦えていたわよ。マットと一緒にゴブリンを引きつけてくれてて、助かったわ」
「あたしは、ちゃんとできてましたか……?」
「もちろん。こんなに早く精霊に力を貸して貰えるなんて、ルナは良い精霊使いになれる素質があると、わたしが保証してあげる」
ルナを抱きしめて褒めちぎりながら、ステラは優しく笑う。今回の戦いはかなり心配していたのだが、武具をワイバーン製にしていたお陰で、一人も傷らしい傷を負うことなく無事に勝つ事が出来たのは、本当に幸運だった。
「まったくだよ。アイリスも不格好な戦い方ではあったけど、一歩も退かずによく頑張ったもんさ。初めての戦いでこれだけ出来たなら、今後も冒険者としてやっていけるだろう」
装備のお陰である事はヘルガも十分理解しているが、だからこそ戦いの恐怖に呑まれて逃げ出さなかったアイリスを、彼女は手放しで賞賛する。
かつてのヘルガを知る者が見れば目を剥くこと間違いなしな光景であり、かつて彼女と組んでいたクレストは驚きつつも、その変化を喜んでいた。
「しかしミノタウロスなんて、随分な大物が出て来たね。他のパーティとかち合っていたら、間違いなく全滅してるよ」
「運が良かったのか悪かったのか……ま、俺とヘルガが居るんだ。復活した「巨人殺し」の戦果とするには上出来だな」
「馬鹿言ってんじゃないよ。私はアンタとは、もう組まないって言ってるだろ」
「俺はこのまま、このパーティに加わってもいいと思っているんだがな。坊主は手合わせしてても面白いし、マットのチビスケも気功とか言うスキルがあるからか、なかなか教え甲斐がある。ステラとルナは良い魔法士の師弟だし、アイリスの嬢ちゃんはまあ、今後に期待だな」
そう言ってクレストは豪快に笑った。これだけの相手と戦って、誰一人として傷を負うことなく無事に勝利を収めたのだ。ゴールドプレートである自分がいたからと言って、普通ならここまでの戦果は期待できない。だからこそ面白いと思うのはある種、自然な流れであろう。
共に肩を並べて戦ったとクレストは上機嫌なのだが、対照的にヘルガは複雑な表情を見せるのだった。
ミノタウロスと言う大物との戦いが終わり、後処理を済ませた一行はすぐにユウリのコテージへと、引き籠ることにした。
これが普通のパーティであっても、すぐに安全を確認して休むだろうということで、心身ともに疲れ果てた初心者たちを休ませることを優先したのだ。
「ミノタウロスは、僕とステラさんが戦わなくても、良かった気がする」
「……確かに、坊主の言う通りかもな。ヘルガがスキルを使えるようになってたのもあって、俺とヘルガだけの二人だけでも、まず負けなかっただろうさ」
「業腹だけど、コイツと同意見だよ。でもユウリとステラがこっちに居てくれたお陰で、マット達に実戦を経験させてやれたし、こちらも更に安全に戦えたってのは間違いないからね。二人がこっちに居てくれたのは、凄く助かったよ」
今のクレストとヘルガにとって、ミノタウロスは現実的に十分倒せる相手だろう。しかしそれでも何か一つ間違えれば、たったの一撃であっさりと形勢逆転されかねない、それだけの力がある危険な相手である事に変わりはない。
ユウリとステラの助力が不要だなどと、そんな楽観視ができるはずもないのだ。
「しかしいいのかね。俺までこんなに寛いじまってさ……」
クレストはゆったりとソファに座ったまま、ステラが用意してくれたお茶に口を付ける。お茶請けには王都で購入していたらしい菓子が並んでいた。
多くは干した果物などだが、中にはステラが作ったクッキーのような菓子も混ざっている。その菓子はサクサクとした触感が心地よく、甘さは控えめで後味はさっぱりとしていて、つい次へと手が伸びてしまう。
皆がそれぞれ思い思いに寛いでいるのだが、自分達はつい先程まで死闘を繰り広げていたのである。この切り替わりの早さとギャップに、相応に戸惑いを見せても仕方がないだろう。
「慣れろとは言わないけれど、ここはこういうものだから、としか言えないよ」
「絶対に安全な領域を創り出す魔法の家……反則もいいところだな。一緒に来てる他のパーティに、申し訳なくなるぜ」
「……私も思うところが無い訳じゃないから、ノーコメントだよ」
「ま、こういうのも冒険者の実力ってことで、納得するさ。ただ他の奴らには秘密にしとかないと、面倒にしかならんがな」
クレストの懸念に対して、ヘルガも分かっていると頷きながら大きな溜息を吐く。それを見た大男は、彼女も相当苦労しているのだと、すぐに察することが出来た。
「ま、今はしっかりと依頼を達成する事だけを考えようか」
「……そうだね」
どこか黄昏ている大人組を他所に、ユウリ達はどのお菓子が美味しいだの、今日の食事のリクエストなどと、とても気楽に過ごすのであった。
それから日数を重ね、毎日のように魔物と対峙する日々はユウリだけでなく、アイリス達にも充実した時間を与えていたようだ。
ユウリが便利だからと、アイリスにも気功の基礎を教えていると、クレストも興味深そうにその輪に加わり、気功の基礎をすぐに習得してしまった。
クレスト自体は元々恵まれた肉体を持っており、更にヘルガと同様に、これまで無意識的に気功を使ってきていたのだ。なのですぐに基本の習得は出来てしまう。だからこそソレに気付いたヘルガが、深い深い溜息を零していたが。
更にヘルガと共に、新たな攻撃スキルをも習得しており、彼自身が夢でも見ているんじゃないかと呆然とする一幕もあった。
またクレストはヘルガ以外だと、アイリスとよく話している姿が見られた。その内容は人生相談染みたものだった為、ユウリ達はあまり気にする事は無く、しかしヘルガが微妙な表情を浮かべるが、特に何か言う訳ではない。
あれからマットやルナも何度か実戦を経験し、命のやり取りに対する心構えが徐々に出来てきている。ヘルガやステラがしっかりとアフターケアをしてくれているお陰か、必要以上に怯える事や、戦うことを忌避する事は無いようだ。
そんな日々が続きながら魔物を狩り続け、いよいよ撤収の日がやってきた。
「なんだよこの数……そっちだけで俺ら全員よりも、仕留めた魔物が多いじゃねえか!?」
「……流石【剛剣】率いる、「巨人殺し」ですね。戦果が異常と言ってもいいほどですよ」
「ミノタウロスを狩るとは……「巨人殺し」復活早々、とんでもないのを倒したな。わざわざ応援を寄越すわけだ」
「あ、いや。ミノタウロスを見つけたは、完全に偶然なんだがな……」
合流したシルバープレートのパーティ達から、完全にドン引きされているが、それも仕方がない。基本的にゴールドプレートであるクレストがおかしいと言われているので、そこは不幸中の幸いだろう。
ユウリ達一行は、クレストを加えてから三十日近く、ほぼ休みなしで毎日魔物を退治していたのだ。
普通なら数日おきに食糧や消耗品の買い出しと武器の手入れの為、持ち場を離れて近くの町や村へと戻らなければならない。それを一切行うことなく、彼らは荒野で長期間活動していたことになる。
「……ユウリのせいにするのはおかしいけれども、ユウリが原因だからねぇ。これは」
「食料も備蓄は十分、食べられる魔物もそこそこいたし。そのうえ、水は一切気にしなくて良かったものね。夜も見張りを立てずに、ふかふかのベッドでぐっすり眠れるし」
「で、でもクレストさんだって凄かったじゃん!? モンスターは殆どクレストさん達が倒してるし、武器の手入れ、殆どしなくてよかったんだよ!?」
「それはアンタも同じだろ? いや、私ら全員、似たような物かもしれないけどさ……」
ヘルガとステラの、何とも言えない視線が少年に注がれる。ユウリは必死に言い訳をするが、それで今回の戦果が誤魔化される訳ではない。
ユウリの言う様に狩った魔物の多くは、クレストとヘルガの活躍によるものだ。ユウリはパーティプレイを意識し、盾役として振る舞うことが多かったため、今回は随分と大人しくしていたつもりである。
だが敵の攻撃を全く通さず、自分にほぼ全ての攻撃を集中させて完璧な壁役として振る舞った事で、ここに居る間は仲間の戦闘時の負傷が、一切起こっていないのだ。
魔物と遭遇せず暇を持て余した時の訓練中も、マット達が軽い怪我をしていたくらいで、それらもルナの魔法の訓練と称して、精霊魔法によって治して貰っている。
余りにも恵まれ過ぎた環境で、だからこそ異常さが浮き彫りになっているのだが、今回はクレストと言う生贄のお陰で、なんとか誤魔化すことが出来た。
因みにヘルガも、その生贄に片足を突っ込んでいるのだが、あえて見ないフリをしている。
こうして彼らは、他の冒険者たちからの羨望の眼差しを受けながら、王都へ帰還するのであった。
クレストとヘルガは都合のいい隠れ蓑へと進化した!
ユウリは仲間内からは「ユウリだから」で済まされ、外部からは「流石【剛剣】とその相棒!」と納得される。保護者は大変そうですね。




