第六十四話「腕試しをしよう」
剣戟が響き渡る。二度、三度と、幾度も続く剣戟が。鮮やかに魔剣を操る熟練の戦士の技が、超常の力を持つ少年の剣を軽々と往なし、翻弄していく。
しかし少年も盾と剣を巧みに操り、大男の攻撃を捌き続けている姿は、驚嘆に値する。二人の身長差は大人と子供のそれと大差なく、普通に考えればユウリが圧倒的に不利だ。だと言うのにどちらも退かぬ一進一退の攻防は、先程の魔物の群れを撃退した時間を、数回繰り返すほど続いている。
しかし両者は殆ど呼吸を乱さず、並の戦士と武器では一合も堪えきれない威力の斬撃を、無数に繰り返していた。
純粋な技量では、完全にクレストが上回っている。ユウリは大男の実力をそう評価していた。ゲーム中に対戦したことのあるリアル武術家とやりあった時のような、ある種圧倒的な剣技。素人の技など意に介さない、積み重ねられた技術の粋。昔を思い出すようで、ユウリは思わず笑みを浮かべる。
逆にクレストは驚愕していた。そして同じくらい高揚していた。自身の剣を受けて平然としている、少年の技量や身体能力もそうだが、彼の剣や盾は自分の愛剣を受けても傷一つ付くことが無く、当たり前のように打ち合えているからだ。
これまでそんな戦士はいなかった。例え刃を潰した剣での模擬戦であっても、国の騎士ですら自分の剣の威力と技量を恐れて、試合をすることはない。その強さが知れ渡り、果敢にも挑もうという者が居なくなって久しいほどに。
それだけに今の自分と打ち合えているこの少年を脅威に感じつつも、もっともっと彼と剣を合わせたいと願う。どれほど剣速を上げ、一撃の重さが増そうとも、少年は笑いながらついてくる。彼も楽しんでいると、はっきりと分かった。
「ああ、楽しいな。こんなに楽しい手合わせは初めてだぜ、坊主」
「うん、凄く楽しい。ヘルガさんも凄く強いのに、クレストさんはそれよりもずっと強いよ。身体能力とか武器とか、条件が一緒なら、僕は絶対に勝てないと思う」
心の底から楽しそうに笑う男達に、見守っている女性陣は気が気ではない。
特に二人の強さをよく知るヘルガは、クレストがここまでやり合えるものだとは思っていなかった。六年前に別れてから、更に剣の腕を上げており、スキルを会得した今の自分でも、クレストと戦って勝てるビジョンが見えないと感じる程に。
「よっし、気分がいいついでだ。俺のとっておきを見せてやろう」
そう言って、クレストは大きく後ろに跳んでから、剣を上段に構えた。
「いいか坊主。絶対に当たるなよ? 剣を振り下ろしたら横に避けろ。盾で受け止めようともするな。わかったな?」
「……? うん」
「いい子だ。……サイクロプスをも屠った我が奥義、その眼に焼き付けるがいい!」
裂帛の気合を込めて大上段から振り下ろされた剣は、青白い輝きを纏って大地を裂き、そのまま輝きはユウリの方へと真っ直ぐに飛んできた。
それを見たユウリは小さく笑い、彼もクレストと同じ構えで迎え撃つ。
「おい! ちゃんと避けろ!?」
クレストが叫ぶよりも早く、ユウリは青白い輝きを剣に纏わせ、振り下ろした。クレストが放った斬撃と同じように、青白い軌跡が真っ直ぐに飛んでいく。
そのまま二つの輝きは正面からぶつかり合って、相殺された。周囲に激しい風と衝撃を撒き散らした後、場は静寂に包まれる。
それは目を疑う光景だった。自分の切り札と言うべき技が、完璧に模倣された事。そして相殺され、誰一人傷ついていない事。驚くなと誰が言えるだろうか。
「……う、そだろ?」
「クレストさんの技、ソニックスラッシャーは僕も使えるから、相殺できるってすぐに分かったんだよね」
「は? ソニックスラッシャー?」
「そういうスキルの名前、なんだけど……?」
「ああそうだよ。確かにあれはスキルだ。でも名前なんて知らねえよ! 離れた相手も切り捨てられる、威力もある便利な技……だったのに」
完全に落ち込んだクレストは、その場で崩れ落ちた。自分の最高の技を見せて、少年の今後の目標にして貰おうと思い、先輩風を吹かそうとしただけだったのだ。まさかそれを即座に使い、自分の技にぶつけて来られると誰が予想出来る。
「えーっと、ごめんなさい……?」
「やめてくれ、俺が惨めになる……」
果てしなく微妙な雰囲気の中、その空気を読まずに一人、爆笑する者が居た。
「あっはっはっはっ! これは……これは傑作だね!」
「おいヘルガ! 俺がこんなにショックを受けてるのに、笑うやつがあるか!?」
「いや、私はユウリがスキル使えるのを知ってたからさ。でもここまでアンタがショックを受けるとは思わなかったから、つい可笑しくて可笑しくて……」
腹を抱えて笑うヘルガに、拗ねたような表情をするクレストを見て、彼女は腹を抱えて更に笑うのだ。そのまま周りの者達を置き去りにして、二人は言い合いを始めてしう。
そんな二人についていけないと、ユウリは休憩しようとさっさと何時ものコテージを展開して、ステラ達と一緒に中へ避難するのであった。
「……魔法の、家」
呆然とするクレストに苦笑しつつ、ヘルガはこれまでの事を語って聞かせた。というのも、普段は小さくなってステラの背嚢の中で眠っているはずの黒竜、ユウリの騎竜であるテュポーンがクレストの前に姿を現し、あれこれと語って聞かせたからだ。
どうやらクレストを、こちら側に引き込むつもりらしいと判断したヘルガは、この国にいる間だけだとしても、協力者としてクレストを巻き込むことを、渋々了承したと言う訳である。
「まあなんだい。あの子はさっきの説明通り、ちょっと常識ってもんじゃ計れないのさ。その使命にしろ、道具や武具の数々にしろ、そして実力にしろね」
「なんだその、世界樹を植える場所を探す旅ってのは……おまけにお前、あの坊主にスキルを教わったんだって?」
「ああ。お陰で更に強くなれたと自覚しているよ。だからこそあの子の底知れなさ、その正体がなんなのか、思うところはあるんだけどね」
未だ呆然としているクレストに苦笑を浮かべながら、ヘルガは肩を竦めた。
彼らが居る場所は、湯気が立ち込める湯船の中。隣ではユウリがマットと一緒になってはしゃいでいたのだが、ステラに咎められてお説教を受けていた。
アイリスは我関せずと言う様子でのんびりしており、無意識的に撒き散らす色香は、なかなか危険なものがある。ルナはというと、ステラに教わっている精霊魔法の訓練と称して、水の精霊と戯れており、彼女の周りだけ幻想的な光景だ。
その中に成人男性のクレストも一緒にいるのだが、誰も気にしていない。これを機に、男女で分かれて入ろうとユウリが提言したのだが、女性陣が謎の団結力を見せて、見事に阻まれると言う珍事が起きていたが。
「しっかしこの風呂もとんでもねえな。っていうか、お前らがやけに身綺麗だと思ったら、毎日こういうことしてたのかよ……」
「まあね。服も簡単に洗濯出来てしまうから、ついつい甘えてしまってて、それぞれが色んな危機感を抱いているくらいには、快適過ぎる生活をしてるよ」
「下手な王侯貴族よりヤベーじゃねえか」
顔を引きつらせるクレストに、ヘルガ思わず視線を逸らす。それが全てを物語っていると理解したクレストは、大きく息を吐いた。
「それにしても……まさかお前のそっちの姿が、また見られるなんてな。随分あいつらに気を許してるじゃないか」
「……この前の消月の日にバレるまでは、隠してたんだけどね。まああの姿での風呂は、実は結構大変だったんだよ。全身洗うのにも乾かすのにも、ひどく手間と時間が掛かるんだ」
「ははっ、違いない。知ってる獣人の奴らの水浴び嫌いも、大体それが理由だもんな」
今のヘルガはクレストの言う通り、人間の姿に戻っている。くすんだ短い金の髪を手櫛で梳きながら、彼女は苦笑した。
「それでやっぱりお二人は、そういう関係だったんですか!?」
「いきなり割って入って来て、言うことがそれかい!」
二人の関係に興味深々なアイリスが、本当に突然会話に割って入ってきたところを、ヘルガは間伐入れずに頭を押さえつけ、そのまま湯船に沈めた。
因みにアイリスの言葉を聞いていたのか、ステラとルナも意味深な笑みを浮かべて、こちらの様子を窺っている。
「アンタらねぇ……!」
「あらいいじゃない。テュポーン様が、クレストにもここの利用を許可されたんだし。今後どうするにしても暫くは一緒なんだから、親睦を深めると言う意味でも、聞いて損は無いと思うわ」
「もふもふじゃないヘルガさんも、綺麗、です」
「は、鼻に入ったじゃないですか~! ですがこの程度では諦めません!」
押しの強い女性陣を相手に、多勢に無勢ではヘルガとて不利なのは否めない。そんな彼女を庇うかの如く、クレストはそっとヘルガの前に腕を差し入れ、ステラ達に苦笑いを向けた。
「あのヘルガが、いいように押されてるのは見てて面白いが、そろそろ勘弁してやってくれないか? そりゃあ、元相棒がパーティを解散してから、今まで何をやって来たのかってのには、俺も興味がある。だけどこいつの性格上、素直に話してはくれないさ。時間をかけて、じっくり聞き出すしかないと思うぜ?」
それは遠回しだが、ヘルガへの宣言とも取れた。だからこそステラ達は、素直に引き下がる。彼は自分が、ヘルガの事をちゃんと理解しているつもりだと、ある種の惚気にも近い言葉ではっきりと示してきたのだ。ならば外野が足を踏み入れるべきではない。
ステラ達は納得したようにヘルガへの追及を止め、そっと二人から離れるのであった。
「……礼は言わないからね。ってかアンタも、私みたいな恩知らずはさっさと愛想を尽かしな」
「生憎と、愛想を尽かす理由がないもんでね。あの時、苦しむお前の力になってやれなかったのは、紛れもない事実だ。俺の方が愛想を尽かされたと思ってたくらいだよ」
「バッ……そんな訳ないだろう!?」
「……そうか。それは、有り難いな」
万感を込めるように、クレストはそれだけを言ってから、彼は何も聞かなかった。ヘルガも何かを耐えるように目を伏せ、彼から背を向ける。
そんな二人のやり取りを見ていた外野は、静かに盛り上がっているのだが。因みにその中には珍しくユウリとマットも加わり、彼らがどうなっていくのかと興味深く見守っているのであった。
当たり前のように混浴を選択する女性陣。理由はあるのですが、機会があればその内に。




