第六十六話「報告と休息」
王都へと辿り着いた一行がまず最初に行ったのは、冒険者ギルドへと向かって、依頼完了の報告をすることからだった。
ギルドの建物に入った瞬間、ユウリ達は全冒険者からの視線を浴びる事となったのだが、それもそのはず。ゴールドプレートのクレストと、シルバープレートのヘルガ。かつて共に組んでいたと言う二人が、揃って帰還したのだ。
誰もが「巨人殺し」の復活という奇跡的な瞬間に歓声を上げ、また運び込まれたミノタウロスやその他の魔獣の数々に、度肝を抜かれる。
そして当然のように彼らは、ギルドマスターの所へと呼び出されるのだった。
「……今回の討伐依頼ですが、正直に言いますと、想定以上の結果ですね」
ギルドマスターのロドルフォが、呆れたように口を開く。ヘルガをクレストが居る場所へと、意図して送り込んだのは事実だ。多かれ少なかれ、なんらかの成果は出してくれるものだと期待していた。
元々、クレストが長年一人で冒険者活動をしている事を、ロドルフォは良しとしていない。これまでたった一人で活動を続けられたのは奇跡的であったし、だからこそ貴重なゴールドプレートの冒険者を、みすみす失う訳にはいかなかった。
そこへ彼女が帰って来た。弟子連れではあるものの、かつての【剛剣】の相棒が。ヘルガから恨み言を言われる覚悟で、彼の居る地へ送り込み、元の鞘に収まるのが無理でも、暫くは一緒に行動してくれればと思っていたのだ。
「ギルドマスターには色々言いたい事はあるし、アンタの思惑通りになったようで物凄く腹が立つから、報酬だけはしっかり弾んでおかないと、後で痛い目を見るからね!?」
「俺としちゃあギルドマスターには結構、感謝しているがな」
「うるっさいよ!」
どこか和気藹々とすら感じる、この国の冒険者ギルドの英雄達のやり取り。本当に「巨人殺し」が復活しようとは、思ってもみなかった。
「……まあ、「巨人殺し」の再結成には、心から祝福申し上げる。そして君たちが持ち込んだ魔物の数々も、ね」
「それで、ギルドマスターさんよ。ヘルガに会わせてくれた事には感謝するが、アンタの事だ。なんか厄介な仕事があるんだろ?」
「いえ、今のところは特にありませんね。「巨人殺し」が再び揃ったのだという事実さえあれば、それでよかったので。ただミノタウロスと言う大物を持ち帰って来てくれたお陰で、勝手に人々が噂する事でしょう。手間が省けて助かりました」
「アンタが親切心だけで俺とヘルガを引き合わせるとは、到底思えないんだが?」
「そうですね、少しだけお教えしましょう。理由は四つ。一つ目はこの地の冒険者たちに、もっとやる気を出して貰いたい、というもの。二つ目はクレスト、貴方は常々一人で活動しており、万が一があっては、この国全体の損失となる。こちらとしても放置できなかったので、渡りに船だった。ということ」
人差し指を立て、ロドルフォは彼らを見渡すように語る。その静かな迫力に、皆が真剣に聞き入っていた。
「三つ目は、事実はどうあれ、「巨人殺し」が再び揃ったと言う噂で、ローヴィス教からヘルガへの妨害や介入を牽制する事」
「って、それじゃあまた前みたいになるだろうが! ヘルガがどうなったか、忘れたとは言わさねえぞ!」
「二度も同じ轍は踏みません。それはクレスト、貴方も同じでしょう?」
「ぐっ……」
彼らのやり取りから、かつてヘルガがこの国を離れる原因を作ったのがローヴィス教であると、ユウリ達は理解する。ヘルガの方に視線を向けると、彼女は苦笑を浮かべながら、何でもないように肩を竦めていた。
そんな彼女の様子に気付いていたのか、ロドルフォは続ける。
「四つ目……は、これは完全に予定外の後付けです。近々こちらにやってくると言う、勇者への牽制だと思ってください」
「……勇者?」
「はい。ほぼ御伽噺のようなものですが、世に強大な魔王が現れた時、それを討つ為に特別なスキルを授かって生まれて来る人間がいる、と伝わっています。それが勇者であり、ローヴィス教が信奉している存在なのです」
「そんなの初耳だね。随分と人間だけに都合のいい話じゃないか」
「まあ亜人である方々は、興味が無くても仕方がありません。勇者とは人間からしか生まれないもの。そして、ローヴィス教が崇める聖者ローヴィスこそが、先代の勇者であったと言われています。彼らにとっては真実、なのだそうですが」
勇者に関する伝承は人間の種族特有のものらしく、ヘルガも知らなかったらしい。しかしアイリスは知っていたようで、勇者が来ると聞いて、微妙な表情をしている。
そんな中、顎に指を当てて考え事をしていたステラが、不意に口を開く。
「……勇者の伝承については、エルフにも伝わっているわ。確か人間の中から特別なスキルを持って生まれて来るそうだけど、それは神々が他の種族と比べて特別な力を持たない人間が、他種族と力を合わせて悪しき力から世界を守ると言う使命と共に与えられた物、と聞いたことがあるの」
「その特別な力を与えられた事こそが、人間が神々に最も愛された、特別な種族であるという証拠だ、と言うのがあちらの言い分ですね」
「なにそれ、滅茶苦茶じゃない……」
自分達の都合のいいように伝承を捻じ曲げていることに、ステラも流石に呆れた表情を隠さない。ロドルフォも、まさかエルフに勇者の伝承が伝わっているとは思わず、だからこそ勇者の存在が現実味を帯びてきたことに、眉根を寄せた。
「厄介なことに、今代の勇者とやらがローヴィス教徒の中から現れた、との事です。だから今のローヴィス教は、勇者に北の魔王と冥王を打倒させるべく、数年前から修行と称して、各地の高名な騎士や冒険者と手合わせをさせているのだそうです」
「つまりなんだ。俺とヘルガが、そいつらの踏み台になれってことか?」
「有体に行ってしまえば、そうなります。適当に手を抜いてくれて構いませんし、向こうは亜人を毛嫌いしてますから、ヘルガが居る以上、「巨人殺し」として無理に手合わせに参加させられる事は、向こうが嫌がって無くなるかもしれません」
「そう願いたいな。凄く楽で助かるんだが」
「……それはそれで、なんだか腹が立つ話だね」
「本当はこの国の騎士と試合をするだけ、だったはずなんです。どうにもここのローヴィス教の司祭が、「貴重なゴールドプレート冒険者とも、手合わせをするべきだ」などと心にもないことを言った上、無理矢理ねじ込んできたんです。ええ、冒険者ギルドとしては一度断っていますが、奴らは王宮にも話を持って行ったようで……まあ、貴族を幾つか抱き込まれてしまってつい先日、参加せよ、と。なので「巨人殺し」復活の噂は、ちょっとした意趣返しの意味も含まれています」
「……まあなんだ。アンタも苦労してるみたいなのは分かった。俺一人が出ればいいだけなら、気分は良くないが出る事自体は構わない。ヘルガやその弟子たちに火の粉が降りかからないんなら、喜んで踏み台になってやろうじゃねえか」
憮然とした表情のヘルガの肩を抱こうとして、手荒に振り払われたクレストは、やれやれと肩を竦めながら苦笑する。そんな大人たちの様子を見ながら、ユウリは勇者とはどんな人物なのかと、少しだけ期待するのであった。
「問題はここのローヴィス教が、どんな風に足を引っ張ってくるか。「巨人殺し」の噂を聞けば、すぐにでも動きを見せる可能性が高いので、気をつけておいてください。こちらも出来る限り、あちらの動きには警戒しておきます」
「……俺としちゃあ、あまり奴らと関わり合いになりたくないんだがね」
「貴方は信仰上の理由で、今まで撥ね退けていたのでしょうが、それもどこまで通じるか。まあ伝えることは伝えたので、そろそろ報酬の話に入りましょうか」
そう言ってロドルフォは話題を変え、ユウリ達は依頼の報酬を受け取った。持ち帰った魔物の買取額などはまた後日に受け取る事となって、その日は解散することになるのだった。
普通の冒険者なら大仕事を終えて、酒場で宴会に突入するというのが普通なのだろう。しかしユウリ達は巻き込まれたくないと言うことで、ギルド職員に頼んでギルドの裏口からこっそり退散して、亜人街にある宿へと移動する。
道中は特に買い物もせずに移動したのは、一行が目立つからという意味もあった。実はクレストはとても目立つ。非常に体格が大きく、背も高い。
普通の大人は男性でもステラからヘルガくらいの身長であるのに対し、クレストは更に頭一つ以上高いのだ。クレストのような体格の人間は多くない上、冒険者となると彼一人しかいない。ゴールドプレートの冒険者である事を含めても、目立たずに動く方が難しいと言えた。
人々の好奇の目に晒されながら漸く宿に着いた時、宿の親父からクレストと一緒に居る事を囃し立てられ、ヘルガが暴れそうになる一幕があったものの、概ね何事もなく部屋に辿り着くことが出来たと言えるだろう。
「ったく、やっぱり帰ってくるんじゃなかったよ」
「そう言うなよ。ちょっと珍しいものを見たってだけの話だ。それはそうと、坊主は本当にスキルを教えられるんだな。正直、俺もまだまだ先があるなんて、思ってなかったくらいだ」
機嫌の悪いヘルガの気を逸らそうと、クレストが若干わざとらしく話題を変える。彼女もこれ以上は仕方ないと、その意を汲んで話に乗っかることにした。
「……ハッ。ゴールドプレート様が何を言っているんだか。ってか、アンタ本当はとっくにプラチナプレート並になってるんじゃないかい?」
「あー……やっぱりお前には分かるか。前に何度か打診は受けたが、全て断った。ゴールドなら何かと理由をつけて逃げられるが、プラチナは無理だ。この国にも貴族にも、仕えるつもりなんかねえのよ」
「やっぱりそんなところだろうね。アンタがプラチナプレートになっちまったら、色んな国が襲い掛かって来そうだよ。手に入れるにしろ、暗殺するにしろ、さ」
やたら物騒な話が出てきて、なんとなく聞いていたユウリが、体を預けていたソファから立ち上がりそうな勢いで体を起こす。
「ええっ、なんで!?」
「そういうものなんだよ。人間ってのは自分より強かったり、優秀な奴を嫌うからね」
「ほんっと、勘弁願いたいぜ。しかも最近は南の【竜爪の旅団】、北の【剛剣】なんて言われ出してるらしいんだわ」
「ああ、噂には聞いてるよ。小型のワイバーンだかに乗った冒険者達がいるんだってね」
ユウリ達の驚きなど軽く流され、話は他所の冒険者の噂話へとクレストが誘導し、ヘルガもそれを引き継ぐ。全員が色々と気にはなったものの、ワイバーンと言う単語に興味を引かれて、とりあえず先を聞くことにした。
「へー。じゃあ結構強いんだ?」
「ワイバーンもいるらしいが、本命はドラゴンだ。まあ、坊主のテュポーン殿ほどじゃあないだろうが、正真正銘、ドラゴンを手懐けたっていう、とんでもない冒険者達なんだそうだ」
「……なんだい、そのバケモノ集団は。吟遊詩人が大袈裟に歌っただけ……じゃなさそうだけど」
「ギルドマスターの側近から聞いた話だから、ほぼ間違いないらしい。それに奴らのいる国自体が、バケモノみたいなもんだからな。なんせ奴らとは別に、何百年も前から国がドラゴンを飼ってるって話だしよ」
「今までだったら法螺話も大概にしな、って言うところなんだろうけどね。ユウリと出会った後じゃ、もしかすると……って思いたくもなるよ」
ドラゴン。そんなとんでもない存在を手懐けられる者が、この世にいるはずが無いと、誰もが半ば信じていた。が、ユウリとテュポーンと言う特殊な事例が目の前に居る為、なんとなくそうなのかもと一行の誰もが納得している辺り、話す側としては面白みがないのは残念なところだろう。
因みに名前が挙がったテュポーンはいつも通り、占有しているクッションの上でだらしのない恰好のまま、大きな杯を抱えて何やら黄金色に輝く液体を舐めている。
最近は特に退屈だからと、ユウリにしつこくせがんで渡して貰った、やたらと神聖な雰囲気のする黄金の杯である。誰もが聞いたら後悔しそうな内容だと察し、あえて目を逸らして見て見ぬふりを決め込んでいたのだが、それは正しい判断であった。
誰がこんなところで、不老不死を齎すと言う神酒を生み出す聖杯を抱え込んで、酒浸りになるドラゴンが居ると思うだろうか。
「実際どうかは俺も知らんが、そいつらがプラチナプレートなのは間違いない。ま、そんなのと並び称されるくらいには、この辺の冒険者は人材不足のようだがな」
「そういうのは、上の奴らが心を入れ替えないと、土台無理な話ってもんさ」
「違いない」
何やら触れてはならない何かに触れそうになった事を本能的に察知したのか、ヘルガとクレストは早々に話を打ち切って、今後の予定などを相談し始める。
ステラもそろそろ食事の準備をしなければと席を立ち、アイリスとルナがその手伝いにキッチンへと向かっていく。
残されたユウリとマットは少しだけつまらなさそうに、チェスのようなゲームを出して、二人で遊び始めるのであった。
クレストはこの世界でも、上から数えた方が早いくらいには強いんです。
その上でユウリがスキルの使い方を教えているので、更に強くなっているのですが……上には上がいるんです。色々な理由で。




