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第三百二十話「双翼」


 たった一人。たった一人が現れたその瞬間、総崩れになった。絶対に外すことのない、威力は一撃で悪魔ディアブロを屠るほどではないが、どこまでも追いかけてくる魔法の矢マジック・ミサイル

 そして当たり所が悪ければ、一撃で屠るほどの高威力を誇る弓矢が雨霰と降り注いでくる。

 これにより妖魔王の周りに居たゴブリンたちは、総崩れとなった。余りの無法、理不尽ぶりに訳が分からず、ワイバーンやグリフォンなどの空の魔物と、それに乗っていたゴブリンロード達はただ落とされていく。

 悪魔達も抵抗しようと試みるが、近付くことさえ出来ない猛攻を前に為す術はなく、妖魔王ザンギィの周りからは離れざるを得なくなってしまった。


「さあ、これでいい。聖剣使い達、遠慮はいらないぞ」


 この混乱を作り出した元凶。妖魔帝国軍からすれば、恐るべき力を誇る闖入者であるクロトが、僅かに口角を上げて宣言する。

 圧倒的な力を見せつけ、それでも前に出ようとしない姿に少しだけ呆れつつ、しかし聖剣使いであるテオドールとラルドが改めて剣を構えると、それぞれの竜が咆哮を上げた。


「ここまで綺麗に道を舗装されてしまっては、やるしかないな」

「はいはい。じゃあ妖魔王をとっとと叩き斬って、終わりにしますかね」


 軽い言葉とは裏腹に、即座に妖魔王へと突撃する二人。それを迎え撃つ妖魔王ザンギィもまた、自身の竜にブレスを吐かせて相手を牽制しながら、彼らを迎え撃つべく構える。


「ほざけ人間風情が! 聖剣を持っただけでこの妖魔王ザンギィ様を、どうにかできると思いあがるなよ!?」


 異形とかした左腕を振り上げ、ザンギィが吼える。邪剣ティルヴィングが妖しい光を放ち、それが振り下ろされると同時に、衝撃がテオドールとラルドを襲った。


「ちぃっ!?」

「くっ!」


 相手のドラゴンブレスもそうだが、それに合わせた衝撃波を受けて、それぞれのドラゴンごと押し返される。天空城からの支援、神々からの加護を受けてなお、彼らを圧倒ほどの力。

 何とか聖剣を振るい、耐えることは出来たが、何度も受けられるような攻撃ではないと即座に判断し、二人は左右に分かれてザンギィを挟撃するべく襲い掛かった。


 二人の駆る竜が、妖魔王の騎竜に襲い掛かる。それに抗おうと牙と爪を振るって、抵抗を試みる。邪魔者の居なくなった空で、ただ暴れる三頭の竜。その上を器用に動き回りながら、聖剣と邪剣はぶつかり合っていた。


「温いっ、その程度か!」


 右手に邪剣を持ち替え、それぞれで二人の聖剣を受け止めるザンギィ。その膂力はオーガやトロールすらも軽く凌駕しており、強化されているはずの二人で以ってしても、押し返すことは出来なかったのだ。

 完全に力負けすることになった二人は驚愕しつつも、妖魔王なのだからこのくらいは当たり前だと、素早く剣を引く。


「逃がすと思ったか!? 『我が怒りは我が神の怒り。喰らいつけ、撃ち貫け、イービル・バレット』!」


 すぐに二人が己の間合いの外に脱すると判断したザンギィは、先を読んで神邪魔法を詠唱し、禍々しい弾丸で二人に追撃を放つ。

 その力は先程のクロトの放った魔法のように、決して狙いを外すことなく、竜の上を動き回る二人を縦横無尽に、どこまでも追いかけてくる。


「だったら、こうしてやるまでだ!」


 そう叫んだラルドが、聖剣アスカロンを青白く輝かせ、邪の弾丸を見事に切り払った。それと同じくして、テオドールも聖剣デュランダルで攻撃を防ぐ。

 次は反撃だと言わんばかりに、ラルドがザンギィに斬りかかる。そこへテオドールが、彼の攻撃に合わせて魔法を発動させた。


「ならばこちらも魔法で対抗しよう。『静かなる水は、全てを映す鏡の如く。汝のその目を惑わさん。ミラーイメージ』」


 テオドールの詠唱が終わると同時に、妖魔王に斬りかかったラルドが二人、三人と分身して相手を囲んだ。水の鏡像を映し出し、相手を惑わす魔法だが、実戦で扱うには少々癖の強い魔法であり、鏡像自体は只の幻と変わらない。

 ゆえにここぞと言うタイミングで使う魔法なのだが、テオドールは迷わずにその札を切った。


「っ、甘いわぁ!!」

「こんのっ!」


 ザンギィは迷わず、その全てを攻撃した。左の剛腕と右の魔剣により鏡像は霧散し、ラルドの攻撃も弾かれてしまう。その見事な反撃に、流石のテオドールも舌を巻いた。


「流石は妖魔王。ゴブリンでありながら、ゴブリンロードとすら全く比べ物にならないか」


 そう零す程度には、相手に付け入る隙がない。

 苦しい状況だと、二人は微かに苦い笑みを浮かべた。



「アルナ君、エイダさん。二人も彼らの援護を。全員で掛からないと、アイツを倒すのは厳しいぞ」


 妖魔王との戦いを見ていたクロトが、天馬に乗った二人に言う。彼女たちは戻ってきたはいいものの、いざ妖魔王との戦いにどう介入すべきかと、機を窺っていたのだ。

 何せ相手は三頭のドラゴンが暴れている中で、その上で切り結んでいるのだ。安易に飛び込めるような状況ではないのは当然だろう。


「わかっています!」

「はい。聖剣を託された者として、戦列に加わりたくはあるのですが……」

「確かにアレでは、事故が怖いな。ならどうするべきか」


 この状況で参加しろと言うのは、流石に自殺行為が過ぎる。せめて妖魔王とドラゴンを引きはがせれば、戦いやすくなるはずなのだ。



「それでしたらクロト殿、地上にも悪魔ディアブロはまだ残っています。我々だけでは、対処しきれません」

「……ヴァレリアさん」

「ドラゴンはドラゴンに任せれば良いと思いますが、妖魔王は殿下達でなければならないのでしょう?」


 竜騎士団と共に戦っていたヴァレリアも、空の敵がある程度とはいえ一掃された事で、手が空いている。それでも流石に、悪魔の相手をするのは厳しいだろう。

 そしてこの状況で、ヴァレリアが何を言いたいのか。それが分かるからこそ、クロトは小さく息を吐いた。これは自分の役目なのだから、動くにしても支障はない。


「……そうだな。少しだけ、見せるか」


 そう小さく呟き、クロトは両腕を広げる。それぞれの手にはいつの間にか剣が握られ、そしてその背には手にした物と全く同じ剣が翼のように広がっていた。

 その光景を見て、彼女たちは慌ててクロトから離れる。彼が何をするのか、その力を十分に知っているから。


「無尽翼剣インフィニット……大盤振る舞いだ。持っていけ」


 剣が舞う。文字通り無数の剣が現れ、空中を舞う剣が地上のゴブリンたちを、悪魔ごと切り刻んていく。それぞれ一つ一つが意思を持つかのように複雑な軌道を描き、時には人々の盾のように攻撃を妨げ、渡り鳥が編隊を組むように自在に飛び回る。

 悪夢のような光景。しかしそれさえも、彼の力のほんの一部に過ぎない。


『馬鹿な!? これが全て魔剣だとでも……!?』

「大盤振る舞いだと言った」


 自在に空を舞い、悪魔だけでなくワイバーンをも斬り落し、まるで意に介さないかのようにただ敵を屠る。しかも自身は地上と空中、両方を行き来しながら、両腕の剣を振るいながら悪魔を屠り続けているのだ。


「散々人を引っ掻き回して、ストレスを溜め込ませてくれた礼だ。遠慮せずに受け取ってくれ」


 そう言って両手に握られた、それぞれの剣が青白い輝きを纏う。その光の意味するものなど、一つしか存在しない。


「ごく初歩のスキルだ。生き残れよ?」


 双翼が羽ばたく様に、刃は交差する。地上に放たれたその威力は筆舌に尽くし難く、最前線のさらに奥、彼より前に居た敵の全てが消滅する。そんな現実味の無い、非常識なもの。


「……しまった。思ったより力を入れすぎたか」


 想定以上の威力が出てしまい、力加減を間違えたと苦笑する。これではユウリの事を笑えないと、自分自身で呆れてしまう。

 だがこれで大勢は既に決したも同然。あとは聖剣使い達が、見事妖魔王を討ち果たせばそれでいいのだ。


「まあこれでよし、と。あとは妖魔王を叩き落せば、彼らも戦いやすくなるはず」


 不意に姿が消え、クロトは妖魔王の背後に転移する。

 突然の出来事にラルドとテオドールは驚き、思わず後ろに飛び退ってしまう。


「なっ!?」


 そしてザンギィはクロトの方へ振り向く間もなく、ドラゴンから蹴落とされ、遥か下の大地に叩きつけられた。


「今度こそ、場を整えたんだ。頑張ってくれないと困るぞ?」

「……うわぁ」

「無茶苦茶にも程がありますが、わかりました」


 ドン引きしている二人を見ながら、クロトは肩を竦めて見せる。彼の剣は既にどこにもなく、影も形も見当たらない。そんな様子に驚きもせず、ラルドとテオドールは一瞬、互いに視線を向けあってから地上に向かって飛び降りていく。

 そしてその後を追うように、アルナとエイダ、そしてヴァレリアも地上に向かうのだった。



 地上に墜とされた。それが何を意味するのか、ザンギィはわなわなと怒りに打ち震えている。折角手に入れた力を奪うように、突如として現れた男に足蹴にされて、叩き落されたのだ。

 あの高さから落ちたところで、大したダメージなど受けることは無い。その程度の受け身も取れぬほど、鈍くもなければ弱くもないのだ。だが蹴落とされた。その屈辱的な仕打ちに、今にも怒りが爆発しそうになっていた。


「よっ……と。さあ、今度こそ倒してやるぜ、妖魔王!」

「我らの聖剣で、貴様の邪剣を打ち砕こう」


 聖剣使い達も、自分を追って降りてきた。だがそれが何だと言うのか。空を睨みつけ、角の男を見た。まるで取るに足らないものを見るかのように、何の興味も映さない視線に更なる怒りが沸き上がってくる。


「おのれおのれおのれぇ! このザンギィ様をコケにした事、後悔させてやる!!」


 剣を振るい、腕を振るい、癇癪を起こした幼子のように、辺り構わずただ破壊する。その暴れっぷりに二人は呆れながらも、しかし慎重に剣を振るいながら、その攻撃を搔い潜って機を窺う。


「邪魔だ邪魔だ邪魔だ! 聖剣使い風情が、邪魔をするなぁああああああああああああああ!!」

「嫌だね。お前らの邪魔をするのが、俺の仕事なんだよ!」

「同感だな。決して相容れない敵は、容赦なく責め立てるものだろう」


 再び妖魔王と、聖剣使いの二人が切り結ぶ。その二人に少し遅れて、アルナ達も地上へと追い付いてきた。


「ラルド君も殿下も無茶し過ぎないで! 『ここに温かな癒しの御手を。キュア・ウーンズ』」


 アルナは即座に癒しの奇跡を願い、まずはラルドの傷を癒す。彼は積極的に前に出ているので、テオドールよりも手傷を負う事が多かったのだ。


「遅まきながら、これより我らも参戦します!」

「殿下、我らに指示を!」


 エイダとヴァレリアが怒り狂う妖魔王の前に身を晒し、しかし見事な剣技でその攻撃を受け流していく。それを見てテオドールはすぐに下がった。


「ラルドを中心に、左翼をヴァレリア、右翼をエイダが担え! 私とアルナが遊撃する!」

「っしゃ! 任せろっ」


 即座に陣形を整え、ラルド、ヴァレリア、エイダの三人が妖魔王と対峙する。


「幾ら数が増えたところで無駄だと言うのが分からんか!!」


 吼える妖魔王など意に介さぬかの如く、彼らは果敢に剣を交える。そんな中でテオドールはアルナと共に、少し離れた位置から味方をサポートするべく動き出した。


「アルナ、まずは私と一緒に皆の援護を」

「ええ、勿論です」


 幾つかの魔法を詠唱し、二人は補助魔法や癒しの奇跡を掛けていく。暴風のような相手の攻撃は恐ろしいが、しかし致命傷にならなければ良いのである。今度こそは逃がさないとばかりに、彼らは妖魔王を取り囲み、同時に斬りかかった。


「舐めるな雑魚がっ!」


 妖魔王である以上、邪神の加護を受ける存在。ちょっとやそっとの傷など、すぐに癒せる。自身の傷を顧みることなく、ただ目の前の敵を殺すと、ザンギィは力任せに暴れまわる。

 そんな感情に任せるだけの戦い方、普通ならば戦いやすくなるのだろうが、しかし相手は妖魔王である。超人的な反射神経と戦闘センス、そして悪魔の腕による剛力は数の不利などものともしない。


「あの腕、厄介だな!」

「ならば相手の攻撃が届かぬ位置から、攻撃を加えるだけのこと!」

「お? なるほど、わかったぜ!」


 不規則に暴れるザンギィの攻撃を跳び下がって避け、二人は同時に己の聖剣を構え、叫んだ。


「デュランダル……聖槍ドゥリンダナ!」

「伸びろ、アスカロン!」


 なんと二人の聖剣は、剣としての刃はそのままに、彼らの持つ柄が槍の如く長く伸びたのである。

 これは二人の持つ聖剣が、地球では槍としての逸話も持つが故に与えられた、特殊な変形機能。状況に合わせて武器の長さを変えると言う特性は、竜に跨って戦う事も多い彼らにも適している能力だ。

 それをあえて地上で、普通の槍として扱うように、二人は長く伸びた聖剣を構えた。


 突如として変わった間合いに、妖魔王は僅かばかりに戸惑いを覚えた。本来ならその程度、なんの脅威にもならない。しかし確実に脅威となっているのは、三本目の聖剣の存在があるからだった。

 自身の間合いの外から振り下ろされ、突きこまれる一撃を弾いた隙を、他の三人が的確に切り込んでくるのだ。エイダの持つ聖剣などは特に妖魔王にとっては脅威であり、そして残りの二人も魔剣である以上、軽視はできない。


「小賢しく姑息な真似しか出来ない、ムシケラがぁああああああああああああああ!!」

「ならば徹底的に、姑息に行くとしよう。……『ミラーイメージ』」


 取り囲む者達と、無数の鏡像。特に聖剣使い二人の間合いが変わったことで、対処が更に難しくなっている。

 しかしその猛攻を自らが傷つくことも厭わず、妖魔王ザンギィは強引に弾き返した。ボロボロになりながらも、鏡像を含めた全員を確かにその剛力でぶん殴り、叩き落したのだ。

 今度こそトドメを刺すと、ザンギィが異形の左腕を振り上げた瞬間。


「はぁあああああっ!」

「!?」


 その瞬間を狙っていたかのように、アルナがザンギィの死角から剣を突き出してくる。彼女は先程の無数の攻撃の陰に隠れながらも、攻撃には参加していなかった。妖魔王の力ならば、先程の攻撃さえも凌ぎかねないからこそ、その虚を突くために身を潜めていたのだ。

 慌ててザンギィは反撃するために邪剣を振るう。それをアルナは左手に持った三日月型の魔法の短剣クレセントムーンで受け流し、右手のレイピアで鋭い一撃を放った。


 流れる星のように、一条の光が妖魔王の左腕を刺し貫き、通り過ぎる。それは悪魔ディアブロから移植された腕。本来ならただの魔剣程度では傷一つ付けられない、強大な邪の力を秘めたはずのモノ。それを聖なる光を宿す星の瞬きが、切り落としたのだ。

 あり得ない筈の出来事に戸惑い、しかし妖魔王は自分の右腕を切り落とした女に憎悪を燃やし、目を血走らせながら邪剣を振りかぶったはずだった。


「氷聖剣アルマスよ、力を!」


 エイダがアルマスを地に突き立てると、ザンギィの足元から突き上げてくるように、その右腕を氷が刃が貫く。否、実際に氷が腕を貫き、覆い、邪剣ティルヴィング諸共封じたのである。

 それを可能にしたのはアルナの放った攻撃が、彼らの態勢を立て直すのに十分なだけの時間を稼いだから。


「貰ったぁあああああ!」

「デュランダル、邪悪を断て!」


 二つの聖剣が青白い輝きを放ち、そしてそれは確かに妖魔王ザンギィを断ち切って見せたのであった。 



 悪魔を一掃し、妖魔帝国軍を蹴散らし、そして妖魔王を討伐する。見事なまでの戦果。勝利の雄叫びが響く戦場。妖魔王の乗っていたドラゴンも、聖剣使い達の竜が屠り、地に伏せている。

 しかしその空気とは裏腹に、妖魔王を討った聖剣使い達の視線は、冷たく一人の男に突き刺さっていた。


「……クロトさん。私が貰ったこの剣、魔剣のはずですよね?」


 ゆっくりと、そう問いただすアルナに、クロトはそっと目を逸らしながら沈黙する。彼女の目が笑っていない。割と本気で怒っている目だ。


「クロトさん?」


 地の底から響くような声に、ラルドやテオドールも距離を置き、我関せずと明後日の方を見る始末。この場に味方などいなかった。


「……星剣シューティングスター。言葉遊びではあるけれど、その剣も一種の聖剣そのもの……直接渡した俺自身も、その事をすっかり失念していたよ。聖剣としての力は殆どオマケみたいなものだから、他と比べると弱いんだけど」


 本来は星と言う性質の方が強いため、聖剣としては微妙なのだとクロトは言う。

 そうは言うものの、この世界における聖剣の立ち位置を考えるならば、多少劣っていようが武器としても殆ど同格である以上、聖剣は聖剣であり、神々から認められた証のようなものだ。

 四振りもの聖剣を駆使し、何とか捥ぎ取った勝利。確かに勝利に貢献したのだが、そんなものをよくも渡してくれたなと、アルナから恨みがましく睨みつけられ、流石のクロトも腰が引けるのであった。


なんとか決着……長い。文章も長い。

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