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第三百十九話「竜爪」


 天馬が空を駆ける姿は、この戦場では余りにも頼りなく。されど勇敢に飛び回り、人々を勇気づけてくれている。だがその天馬はただ飛ぶだけではないのだ。その背に乗るのは二人の麗人。一人は聖剣を携えし、誉れ高き剣士なのである。


「……アルナ殿! 左手、やや中央寄りの部隊が!」

「すぐに向かいますっ。ウェンティ!」


 エイダの言葉に、アルナは愛馬に指示を出し、そちらへと飛ぶ。途中、ちらほらと空を舞う魔物に襲われるものの、それらをアルナは抜き放ったレイピアで難無く切り捨て、強引に突破していく。

 追いすがろうとする魔物は、エイダが風の精霊の力を借りて風を乱して、相手の進路の邪魔をする。


「エイダさん、どうぞ!」

「承知。そちらも無理はしないよう」


 この戦場で何度も繰り返してきたこと。それ故に阿吽の呼吸とも言えるやり取りで、エイダは天馬から飛び降り、落下する。

 目標は撤退が遅れている、友軍の最前線。彼らを救い出すのがエイダの目的だ。


「氷の精よ、力を貸して欲しい……氷聖剣、ここに壁を!」


 氷聖剣アルマスを抜き放ち、切り払うように大地へと振り抜けば、妖魔帝国軍と戦う友軍との間に、一瞬で巨大な氷の壁を作り上げる。エイダはその氷を伝って危なげなく着地し、困惑する友軍に向けて指示を出す。


「氷の道を作ります。負傷者はその道を使って、速やかに下がるよう」

「助かります。流石は【氷の剣姫】と名高い、聖剣使い殿だ」

「いいから、早く!」


 太い氷の道を敷き、負傷者はその上を滑らせることで、速やかに撤退できるように場を整える。当然、敵は周囲を取り囲もうとするので、そちらへの対処も忘れない。

 エイダは魔晄石を握りしめ、聖剣を掲げる。ハーフエルフである彼女は手にした氷の聖剣のお陰で、自在に冷気を司る精霊魔法を使用でき、自身だけでは使えないような高位の魔法も、ある程度とはいえ可能にしているのだ。

 鋭い氷の棘が敵の足元から伸び、回避できなかった者を串刺しにしながら氷の道を守るように、幾つも伸びていく。

 その中を撤退していく友軍を確認したのち、足元から氷の柱を伸ばして打ち上げるように自身を飛ばすと、上空で待機していたアルナの天馬であるウェンティが上手に拾ってくれる。


「普通なら出来ない動き方ですが、お陰で助かっています」

「そんなっ、こちらこそお世話になりっぱなしですよ!?」

「アルナ殿は十分にやっておられる。私も何度、貴殿の神聖魔法に助けられたか……癒しの術は精霊の力を借りて使えますが、それでも余り上手くもなければ、余力もなく……」


 互いの健闘を称えながら、しかし激しさばかりが増す戦いに、彼女たちは妖魔王と戦う仲間たちのもとに戻るべく、速度を上げた。



 ゴブリンの妖魔王ザンギィとの再戦は、想像以上に厄介なものになっていた。まず聖剣によって切り落とされたはずのザンギィの左腕が、悪魔のものに置き換わったことでより強力になっていたこと。

 そして悪魔を素材とした鎧による防御力の強化と、何よりも厄介なのはドラゴンを支配下に置き、聖剣使いであるテオドールとラルドの二人を相手に、戦えるだけの力を揃えてきたと言う点で非常に危険な相手だと言えた。

 それだけでなく周囲にはワイバーンなどの強力な空の魔物がおり、妖魔の中でも最上級に位置する王級が複数と言う、常軌を逸した状態。更に近衛とも言えるレッドキャップまでもが、様々な空の魔物に乗って襲い掛かってくるのである。

 二人もそれぞれドラゴンを騎獣として戦っているため、戦力的には決して劣っているわけではない。だが相手が更に強化された妖魔王と言う時点で、他の妖魔や魔物の相手をしながらでは、勝利することは殆ど不可能に近い。

 それらを引き離すためにアトラシア帝国の竜騎士団や、冒険者集団【竜爪の旅団】も奮闘しており、一進一退の攻防を続けていた。


「……相手は一番弱いとされる妖魔、ゴブリン。だが上位種ともなれば、一筋縄ではいかない」


 多勢に無勢を強いられながらも、聖剣デュランダルの担い手である【竜皇子】テオドールは、冷静に状況を分析する。

 それもこれも、アトラシア帝国の騎士は冒険者は、その全てがスキルや魔法と言った力を使うことが出来る。例え上位種が相手であっても、簡単には負けないだけの地力が備わっている点が強みだ。

 この世界でも希少な力を習得するための、様々な知識を齎したのが、彼らの国の英雄にして境界神へと至った、現人神クロトである。彼の正体こそ一般に知られていないが、彼がこれまで行って来た活動はどれも歴史に残るもの。

 これらの功績の上に自分たちが今、強力な魔物や妖魔を相手に戦えているのだと、否が応でも思い知らされている。逆を言えば彼のお陰で、このような戦いに引っ張り出されたのだとも言えるのだが。


「こうも数が多くちゃ、下手にスキルも使えねえ! 殿下っ、何かいい案はないのか!?」


 襲い来るワイバーンを、騎竜である青い鱗の竜と共に迎撃しながら、【黒の聖剣士】とも呼ばれるラルドが叫ぶ。彼もまたその名の通り聖剣アスカロンを所持しており、エイダと併せ三人ともがクロトから聖剣を与えられた、特別な戦士なのである。

 しかしこの混戦じみた中、威力の大きなスキルの使用は、下手をすれば味方をも巻き込みかねない。それは自分たちが駆る竜も同じであり、だからこそ攻めあぐねている部分もあった。


「そもそも空中戦で、しかも乱戦を経験するようなことは、我々ですら無い経験だ。そもゴブリンが空を飛ぶ魔物に乗っている事自体、想定外もいいところだからな!」


 自国にあるルーモット大森林での戦いの経験はあり、ある程度の対策や訓練はしてきている。しかしそんなすぐに、誰もが対応出来る訳もなく、また冒険者に過ぎない【竜爪の旅団】では猶更であった。

 少しでも対応を間違えれば、騎獣から落とされる。そうなってしまえば、まず助からないのだ。だからこそ慎重に距離を取って戦おうとするのだが、しかし相手はそうは思っておらず、容赦なく前に出てきてこちらに喰らいついてくるのである。

 しかも相手からは容赦なく、様々な魔法による攻撃も放たれてくる。上位種が多いとはいえ、その戦い方には違和感を覚えるものの、そこを考えている余裕などは無い。

 自分たちも魔法で対抗すればよいのだが、そもそも乱戦をしながら味方への誤射をしないよう配慮しつつ、その上で複雑な魔法の詠唱をしようとなると、非常に難易度が上がる行為になる。そしてそれが可能なほど魔法に習熟している者は、残念ながら居ないのだ。

 帝国魔法省からも味方の魔法士は派遣されているが、彼らは地上での運用を想定しており、そもそも空の魔物相手に戦う兵力としては数に入っていないのだ。

 勿論、可能な範囲で地上から援護射撃はするのだが、既に乱戦となっている以上、よほど精度の高い魔法でもない限り、迂闊に使えないのである。


「大型のワイバーン相手をするのだって、結局俺らでなけりゃ対応しきれねぇ。ああもう、魔法までバンバン撃ってくるなっての!?」

「全く、同意する。……っ? なんだ!?」


 突如として温かな光が降り注ぎ、自分たちの疲労や魔法で受けた痛み、ダメージが急速に引いていくのを感じた。それはラルドやテオドールだけでなく、戦っている人類側、全てがその状況に困惑しているのがすぐにわかった。

 そして同時に、目の前の妖魔や魔物たちの動きが急に精彩を欠き、一部は悶え苦しんでいる姿さえあったのだ。何事かと思っていると、傷が癒えると同時に急に力が湧いてくる感覚が襲い、それが魔法の力によるものだとすぐに理解する。

 そしてそれらの力は、間違いなく奇跡の類だとも理解でき、神々からの祝福であると直感にも似た光景が脳裏に過ぎったのだ。


「……どういう経緯かは知らないが、これは天空城と神々からの支援と見て、間違いあるまい」

「だな。有難いことに、俺たちの騎獣まで癒しと、強化の魔法が掛かってるみたいだぜ」

「見ろ、ラルド。やたらと魔法でこちらを攻撃していたゴブリン、化けの皮が剥がれるようだぞ」


 そう言われて視線を向けると、苦しみだした王級のゴブリンロードや近衛のレッドキャップが、筋骨逞しい巨体を持つ悪魔ディアブロへと変貌しているのが見えたのである。


「全然姿を見ないと思ってたが、そういうことかよ!」

悪魔ディアブロが化けて紛れ込んでいたのは、開戦直後の出鱈目な攻撃が、相当に堪えたと見える。そして悪魔が動き出したと言う事は……」


 呆れるラルドの横でテオドールが冷静に分析し、その言葉が言い終わるかどうかのタイミングだった。

 無数の細い光の線が、正確に悪魔やワイバーンなどだけを射抜いていくのが見えたのだ。それは悪魔達にとっても、決して無視できないほどのダメージになっており、慌てて回避や防御を試みるものの、その抵抗は無駄であるかのように次々に撃破されていく。

 突然の出来事に他の者たちは驚いていたが、竜を駆る二人はまるで気にしていないようで、小さく息を吐いて肩を竦めてすらいたのは、印象的な姿だったと言えるだろう。


「やはり降りて来られたか」

「ま、あのヒトが放っておく訳もないしな」


 そうやってちらと背後に視線をやると、更に幾つもの光の線が、無数の小さな光の矢が器用に自分たちを避けながら、目標だけを撃ち抜いていく。そしてその矢の発生源は、確かにこちらへと近づいて来ているのだった。


 男は羽もないのに空を飛び、手にした長い杖で次々と魔法の矢を放っては、悪魔を正確に攻撃していく。その魔法の矢は不規則に動きながらも絶対に的を外さず、かと言って周囲には一切被害を出すことなくピンポイントで相手を貫いていくのだ。

 これほどの精度と威力を両立させた魔法を扱える者は、帝国でも片手で足りるほどしか居ないと言える。そしてその者は、すぐに最前線へと追いついた。


「遅れてすまない」


 申し訳なさそうに言う、黒い大きな角が特徴的な男に対して、二人はまさかと首を横に振る。


「寧ろ早すぎて、もう来たのかよって思ったぜ?」

「ラルドに同意だな。流石は我が国でも、最高の冒険者殿だ」


 アトラシア帝国で最高の魔法士であり、最高司祭にして、最高の冒険者。彼が欲しいままにしている名声であり、実力を示す言葉。彼らの国の守護神とも言える存在。


「さてクロト殿。相手には悪魔が混ざっているが、このまま魔法戦に徹するおつもりかな?」


 どこか悪戯っぽく笑うテオドールに、クロトは肩を竦めつつ、しかしどうしようかと少しだけ思案顔になる。


「君たちの邪魔をしないのであれば、それが一番ではあるんだが……正確さを重視した魔法では少しばかり、威力が足りない。弓に切り替えるかな?」

「そこで乱戦に加わらないって宣言する辺り、流石というかなんというか……」

「俺が直接加わるんなら、全員撤退させてこの辺りを全部、消し飛ばしてしまえばいい。……こっちもこっちで、繊細な加減が難しいんだぞ?」

「うへぇ。流石、守護神様と言われるだけあるぜ」


 もう慣れたとでも言わんばかりに、ラルドはクロトと軽口を交わす。少なくとも彼らはこの状況下で、僅かな気負いすら存在してないのだろう。


「妖魔王に関しては、我々で、と言う方針のまま。そうですね?」

「ああ、君たちが頼りだ。今の妖魔王の様子を見た限りだと、聖剣使い全員で掛からないと危険な相手だ。アルナ君とエイダさんは?」


 テオドールの言葉を肯定しつつクロトは、この場に居ない顔見知りについて聞く。彼女たちも優れた戦士であり、妖魔王との戦いには必要不可欠だと考えているからだ。


「アルナ達は、空飛ぶ魔物の対処を任せてたけど、地上で敵軍の攻勢が急に強まって逃げ遅れてる奴らが居たから、そいつらの撤退支援に行ってもらった。ペガサスのウェンティは、戦うのが苦手だしな」

「なるほど。噂をすれば、戻って来たみたいだ」


 こちらに向かって空を駆けてくる天馬にクロトが視線を向けると、ラルドも少しだけホッとしたように小さく笑みを浮かべる。共に戦う仲間として、最も頼りになる相棒には近くに居て貰いたい。そう考えるのはごく自然なことだ。


「悪魔の企みも、妖魔王の野望も、ここで根こそぎ潰してしまう。多少のサポートはするから、全力でやるといい」


 そう言ってクロトが、珍しく獰猛な笑みを浮かべるのであった。


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