第三百二十一話「邪王」
長引く戦いではあったが、しかし士気は落ちない。他の戦場と比べても特にエルフの多い最も南部の戦場だからこそ、世界樹を護るためのこの戦いへの意気込み、熱量はどこよりも高いものとなっていたからだ。
その戦場は多くのトロールが跋扈する場所であり、純粋に最も危険な戦場に分類されるだろう。巨体から繰り出す怪力に、即座に回復するほどの高い再生能力。
強力な魔法と言う攻撃手段がメインでもエルフたちでなければ、とてもではないが相対する事は敵わなかったであろう。そしてその拮抗した状況すら、ひょんなことから食い破られかねない、薄氷の上での戦い。
そんな戦場の最前線で、暴れまわる者達が居る。それはこの危ういバランスの上で成り立っている戦場を、何とか持たせていると言ってもいいであろう程の活躍をしている、一つのパーティ。
冒険者集団【ユグドラシル】の者達である。
ユウリを除いたいつもの面々に、ステラとルナの両親であるイリスとウィロウが加わっており、更には対妖魔王用の武器として、クレストとイリスには聖剣が渡されているのだ。
聖剣はただ渡したからと言って、誰にでも使えるような代物ではない。真の意味で使いこなすには、聖剣自身に認められる必要があるのだが、聖剣を渡された二人は短期間で難なくそれを達成している。
そんな彼らの活躍もあって、他の戦場と同様に一進一退の攻防が続いているのだった。
しかし長引く戦いにも、少しずつ変化が訪れていた。
前線のトロールの数が減り、それを補うように他の妖魔たちの数が増えている事。そしてトロールの上位種たちが、随分と前に出てきている事であった。
他の妖魔たちは物の数ではないし、後方のエルフたちからの魔法や弓矢で次々と屠られていくだけの、雑兵に過ぎない。しかし上位種のトロールたちともなれば、強力なスキルや魔法を使い、敵味方を問わない強引な戦法で襲ってくるのである。
これはトロールたち自身が持つ、強力な再生能力に頼った戦い方でもあり、その厄介さは何をしてくるか分からないと言う意味でも、危険極まりないモノであった。
「……相手も大分、焦ってる感じだな」
そんな風に呟いたクレスト。聖剣オートクレールで両断されたトロールを使い、自爆も厭わない範囲魔法を防ぐ盾としつつ、相手の攻撃が終わった瞬間に放った一撃が、魔法を放った個体を含めた複数を纏めて葬り去る。
「あまり嬉しい状況でもないから、なんとも言えないけどね」
驚くべき速さで、戦場を舞うように敵を屠り続けるイリスが苦笑する。想聖剣グロリユーズを振るう姿は冴え渡るほどに美しくさえあるが、見惚れていられるほど気を抜ける状況ではない。
「倒しても倒しても、ちっとも数が減らないんだ。世界中の魔物が集まってきていると言われたって、驚きやしないよ!」
そう言いながらハルバードで、妖魔たちを纏めて薙ぎ払うヘルガ。冒険者としてはゴールドプレートと言う位階に居ながら、単純な戦闘能力だけを見るならば、恐らくクレストと同様にプラチナプレートに届きつつあるだろう。
「確かにそう思いたくなる敵の数だけれど……上位種が混ざっているとはいえ、幾つかおかしな強さの個体が居ないかい?」
そう疑問を口にするウィロウに、仲間たちは無言で敵を睨みつけている。中には聖剣を持つクレストやイリスですら、苦戦するようなトロールジェネラルや、トロールエンペラーが混じっているのだ。
今の二人は聖剣によって王級のトロールエンペラーすら、確実に倒せるだけの力を有している。それが苦戦すると言う事は、トロールの皮を被った別物なのではないかと疑問に思ったとしても、そう突飛な発想だとも思えなかった。
それを裏付けるかのように、前線に居る彼らでさえも、徐々に押されて後退している。敵を引きつけ、盾役もこなすマットでさえも、受けきれない攻撃が多く、回避に徹するしかない。
味方の負傷も多くなりつつあり、アイリスとルナは治療に大忙しだ。
「不自然なくらいに敵が強い。まるで悪魔を相手にしているみたい……」
そんな風にステラが口にした瞬間だった。
空が光る。神々しい輝きが天を覆い、自分たちを優しく包み込んだのだ。それは傷の治癒や体力の回復だけでなく、様々な強化も付与されている事にすぐに気付く。
「これは……神々の加護、か?」
「はっ、こりゃ有難いね。オマケに向こうは大変そうだ」
驚きに目を丸くするクレストと、目の前の光景に動じないヘルガ。
この輝きは聖なる力そのものと言ってもいいようで、妖魔を始めとした邪の力を持つ者には、ダメージや弱体などの効果があるらしい。そしてその効果は特に、一部の上位種には効果が覿面だったようだ。
それはトロールの上位種たちの、化けの皮が剥がれる瞬間であった。その正体は悪魔そのものであり、クレスト達が苦戦するのもよくわかると言うもの。
「なるほど。空からでは天空城から攻撃を受ける。地上で暴れても同じような事になりかねないから、警戒してわざわざ妖魔に化けていたということかな?」
「なんだか回りくどい事をするのね。そこが悪魔らしいのかもしれないけれど」
冷静に分析するウィロウと、呆れたように肩を竦めるイリス。どちらも悪魔と言う存在に対して驚いた様子はなく、それよりも自らの内から溢れる、強化された力の方に興味が向いているようでもあった。
そしていざ悪魔をも相手に戦おうと、気持ちを新たにしたその次の瞬間である。
大雑把に、そして非常識なまでにただ、目の前の敵が微塵に帰した。非常識な力、雑ながらも、しかし味方への配慮を忘れない、繊細なコントロール。
そんな事をするような人物の心当たりは、彼らの中には一人しかいない。
「みんな!」
「……ユウリ!?」
天空城で悪魔への対処の為に待機しているはずの少年が、この戦場にまでやってきているのだ。それは十分に驚くべき事ではあったのだが、しかし目の前の敵の様子を見るに、彼もそれを理解して降りてきたのだと納得できた。
「僕も一緒に戦うね」
「随分といいタイミングで来てくれるじゃないか……ま、助かるよ」
「ユウリちゃんも来てくれたなら、怖いものなしね」
そう言ってニカッと笑う少年を、どこか呆れたような、しかし心から喜んでいるヘルガと、普段と変わらぬテンションで微笑むイリス。
援軍に来たユウリをもみくちゃにしながら、彼らは再会を喜び合う。彼自身も余裕を持って間に合ったことに安堵し、そしてこれまでの鬱憤を晴らすかのように、意気揚々と先頭に立った。
「よし、それじゃあ頑張ろう!」
「おう。だけどやりすぎんなよ?」
「ユウリ、ルーモット大森林の氾濫の時みたいに、暴れ過ぎちゃ駄目よ。でも出来るだけ他の人たちもサポートしてあげて」
そんな風にクレストやステラに釘を刺されつつも、しかし漸く仲間たちとともに戦えるという喜びに、ユウリは満面の笑みで敵に突撃を開始していた。
可能な限り悪魔に限定しているとはいえ、暴風のように吹き荒れる嵐のような剣閃、聖剣を持つクレストやイリスですら苦戦していた相手を、容易く切り捨てていく非常識な姿は、やはり驚きの塊であった。
「……ユウリさん。こっちの話聞いてませんね、あれ」
「彼が強いのは知っているが、一人で暴れさせて大丈夫なのかい?」
元気に突貫するユウリを見て、早々に諦めたのはアイリスだ。そんな彼らの様子を見てやや困惑しているのは、ユウリの規格外な能力を知らないウィロウである。
ユウリが黒竜に選ばれた者であることは理解していても、実際に彼の力の一端を見ることがあったのは、オーガの妖魔王と対峙した一瞬のみ。心配するのも当然であった。
「ウィロウ父様。ユウリさんは大丈夫、です。」
「ユウリあんちゃんは、サイキョーだもんな!」
ルナとマットは何も心配はいらないと言うが、子供たちにそんな風に言われてもなかなか納得しづらいのが人情というもの。それでも今目の前で見せられている光景が事実なのだと、何とか脳を納得させるしかない。
「天空の城といい、常識……常識が通じない」
この世界でも最高峰に近い精霊使いのウィロウですら、判断基準は多くのヒトのそれと大差ない以上は、こういう反応も仕方がないのである。一人だけパーティの空気から取り残されている、ウィロウを置いてけぼりにしつつも、戦は続いたままなのだ。
急激に悪魔の数が減っている。それは開戦初日の、天空城から放たれた光と魔法のような力によって、強引に撃ち落された時にも似ている。
しかしあれだけの規模の攻撃を地上に放てば、人類側にも多大な被害が出るはずである。その様子さえ見えないということは、何か別の理由でもあるのだろうと、トロールの妖魔王オルゼオンは考えた。
「……どういうことだ、悪魔?」
『こちらとしても確認が取りづらくてね。まだ確定した情報はないが……少なくとも相手もかなり強力な戦士を投入したようだ』
オルゼオンの言葉に、悪魔自身も困惑気味だ。悪魔自身はそれぞれ自分たちの同胞の大雑把な位置や生死くらいは、無意識の内に感知可能なのだという。
それが急激に減っていると聞かされ、目に見えて慌てているのだ。異常事態なのは間違いないのだろうが、肝心の原因が何もわからないのでは、対策の立てようがない。
「……初日にオークの妖魔王が滅んでからと言うもの、時間をかけて磨り潰すという戦術を取ったのは、間違いだったようだな」
『っ、しかし! あの時はそうするしかあるまい! 邪槍が自ら我らの下に転移し、回収できたからいいようなものの、我らが神の復活の要となる妖魔王を、これ以上失うような失態を犯せるはずがないではないか!?』
「分かっている。結果として我らは選択を誤ったというだけだ。それに現状、貴様ら悪魔が小賢しい真似をし始めたからこそ、破壊の神も動き出したのではないか?」
『それは否めないが……あの神々の忌まわしい力も含めて、全て聖の神々による策略であろう。おのれ、我らの神は何をしているのだ!?』
今回の戦いにおいて、悪魔がその力を発揮することは、どこまでも難しかった。
直接的な戦力としてだけでなく、偵察などの諜報活動にさえ、邪魔が入り続けているのだ。その全てがあの天空城の仕業なのは明白であり、それ故にどこまでも後手に回らざるを得ないのは非常に厄介だと言える。
かつて世界を二分する神話の戦いにおいて、圧倒的な力を思うがままに揮っていた悪魔だからこそ、力尽くで対処出来ない現状には手も足も出ないのだ。
「ならばやはり、この妖魔王オルゼオンが前に出るしかないだろう」
『待てオルゼオン! それでお前に何かあれば、取り返しが付かなくなるのだぞ!?』
「ならばどうしろと言うのだ? 悪魔どもは何者かに数を減らされ続け、戦況は今間違いなく我らが不利。強大な力で大穴を穿たねば、勢いに乗った人間どもを止めることなど出来ん」
互いに意見が平行線になりかけていたその時。妖魔王オルゼオンの下に、邪剣ダーインスレイヴと邪剣ティルヴィングの、二つの邪剣現れたのである。
『こ、これは……まさか!?』
「オーガとゴブリンが、立て続けに敗れたようだな」
『これで分かっただろう、妖魔王オルゼオン! 最早妖魔王は其方のみ。万が一にも失うわけにはいかん!!』
「……ハッ、何を腑抜けた事を。全ての邪剣が我の前に平伏し、振るわれるのを待っているではないか」
『何を馬鹿なこと……ムッ!?』
妖魔王オルゼオンが邪刃斧リサナウトを掲げると、邪剣ダーインスレイヴ、邪剣ティルヴィング、そしていつの間にか現れていた邪槍アラドヴァルが、妖しい光を放ちながら強大な魔力を放出し始めるではないか。
悪魔もその異常な光景を見て、今はこのままの方が良いと判断し、オルゼオンのやろうとしている事を待つ。
「……なるほど、良かろう。貴様らは全て我が配下。我が手足となって働くがよい!」
荒れ狂う力が、妖魔帝国軍の本陣から溢れ出す。周囲の全てを飲み込むかのように広がり続け、やがてその荒ぶる力は急速に凝縮していく。
禍々しい、黒紫の光が天に昇る。リサナウト、ダーインスレイヴ、ティルヴィング、アラドヴァルの四つの邪剣が、捻じれ、溶け合い、喰らい合うようにして新たな姿を得る。
否、今ここに誕生したのだ。真なる邪剣に相応しいモノが。
「……なるほど、悪くはない。このオルゼオン以外の、全てを飲み込んだか」
周囲の味方、その殆どを飲み込み、喰らい尽くし、そしてこの戦場の全ての骸を飲み込んで、その者は現れた。今の力に呑まれずに済んだのは、悪魔などの強力な生命力を持つ者のみ。
『まさか、全ての死を食らうとは。危うく己まで食われかけたぞ……それで、貴様の事は何と呼べばいい?』
目の前に居るのは、これまでの妖魔王オルゼオンではない。全ての邪剣と、そして数多の生と死を喰らい生まれた、全く新しい存在。
数倍に膨れ上がった肉体は、巨人族と大差なく。内から湧き出る力は、底が見えぬほどであろう。全てを食らい、全てを滅ぼす邪神の眷属。その者の名は。
「あえて名乗るのならば、邪王オルゼオンと返そう。我が邪神剣グルテメーツォと共に、世界樹を……否、あの天空城をも喰らい尽くすために生まれし者なり」




