第三百九話「休息」
最後の光が消える。地平の彼方、山々の隙間、夜の帳が空を覆い尽くす。星と月が輝き、淡く地上を照らす中、蠢きだす者たちが現れる。それは命亡き命。無念と怨嗟と慟哭によって動く、空虚の躰。アンデッドと呼ばれる動く死者。
死者の群れはどこから現れたのか。そんな答えなど聞く必要もない。昼間の戦いで散々殺し合った者達が、ヒトも魔物も区別なく、操り人形のようにゆっくりと立ち上がり、そして睨み合う双方を分断する。
片やヒトの陣営を守るように。片や襲い来る妖魔どもを牽制するように。自分たちの役目はそれなのだと、命亡き骸は新たな自分たちを増やさせないかのように、南北に伸びる巨大な壁を作り上げた。
「……とりあえず、こんな感じかしらね? 流石にちょっと、魔力の消費が激しいわ……」
「ご苦労様です、ネクロさん。マジックポーションはあるので、使ってください」
「ええ、ありがとう。遠慮なく頂くわ」
「一日目はなんとか、ってところですかね」
天空城から地上を見下ろし、死者を操るネクロと、その補助をしていたクロトがホッとしたように息を吐いた。
とりあえず、今夜は大丈夫なはずである。悪魔等が襲ってくる可能性は大いにあるが、それも込みでの監視体制は整えてある。
主に天空城の機能に詳しい、ドール・サーバントのレムリアが不眠不休で監視してくれるのだ。
他にもネクロの従者である聖霊のアルド・ビューレルと、ヴァンパイアロードのレミジオ・サルダーリの二名が、アンデッドたちの指揮をしつつ、悪魔達に動きがあった場合、報せてくれる手筈になっている。
「ま、アタシの仕事はこれで一旦おしまいだから、下がらせて貰うわ。みんなもお腹を空かせてるでしょうし、食事を運ぶくらいはしてあげたいもの」
「……いいですけど、人間に戻るの、忘れないでくださいね?」
「あらやだ。忘れるとこだったわ!」
流石に【冥王】との悪名高きネクロ・ノミコンの本来の姿、骸骨姿のアンデッドでは誰も近寄ろうとはしない。ネクロ自身も食事などのヒトらしい生活を営むためには、自身の地球での姿にならなければならないのだ。
ネクロが慌てて一言二言、詠唱を終えると、そこには背の高い美しい人間の姿が現れる。身に纏うものこそいかにも邪悪な魔法士と言った外見だが、それらもすぐに着替えて貴族然とした姿に早変わりするのだから、魔法とは非常に便利なもの。
それを当たり前のように利用し、そしてそれらを目の前で見ているクロトも当然のようにしているのだが、これをこの世界の魔法士たちが見たら、恐らく目を剥いてこの様子に驚いていた事だろう。
「それで、クロトちゃんはどうするの?」
「自分は城に戻って……ああ、神官として怪我人の治療に当たりましょうか。今頃ユナ君が一人で、大半を治しちゃってるでしょうけど」
まるで見てきたかのように語るその光景は、実際にそれが可能だからと理解しているからこそだ。そしてそれでまた彼女への信仰が集まりそうで、非常に困るからこそ、クロトは微妙な表情をしている。
「あの子なら、出来ちゃうでしょうねぇ。でも一命を取り留めただけでしょうし、アタシも一緒に手伝いに行くのも、ありじゃない?」
「……死霊魔法が意外と、治癒魔法も出来るのは知ってますけど、それだと今後、ネクロさん自身の首を絞めませんかね?」
ネクロとしては純粋に助け舟を出すつもりだったのだが、クロトからそんなツッコミを入れられて、大きく肩を落とした。
事実、ネクロは魔法士としての高過ぎる実力と、この戦いに際して人々に魔法の手解きをしたという事実が重なり合い、一部からは非常に慕われているのである。
ここで更に神の奇跡ではない、魔法の可能性を見せるようなことをすれば、更なる厄介ごとの火種を生み出しかねない可能性も、全くの皆無ではない。
「もうアタシは大人しく、引き籠っていようかしら……?」
「なんというか、ご苦労様です」
「……クロトちゃんもね」
今の二人には互いに難しい立場だと、苦笑いを浮かべる事しか出来ないのであった。
「みんな、おかえり!」
天空城へと帰還した【ユグドラシル】の面々を真っ先に出迎えたのは、誰でもないユウリであった。
仲間たちの無事を喜び、真っ直ぐに駆けてくる姿は、その幼い容姿と相まって、非常に微笑ましくさえ感じる。自分たちが血生臭い戦いの後でさえなければ、素直に彼を受け止めていたところなのだが、流石にそうはいかない。
「ただいま、ユウリ」
駆けてくるユウリをそっと出した掌で制しながら、ステラが微笑む。それに気付いてユウリも、彼らに飛び込むことなく数歩手前でゆっくりと立ち止まった。
「ユウリ、援軍ありがとうな。お陰で楽に帰ってこれたぜ」
「驚かされはしたけど、でもやっぱり組むならこのメンツじゃないと、調子が出ないもんだね」
そう言ってクレストとヘルガが微笑んで見せる。それを聞いたユウリも、しっかりと頷き返す。
「みんな強いからね。本当は僕も戦いたかったけど……ごめん」
「ユウリ、君は悪くない。寧ろ自分の役割をちゃんと果たしている。君の抜けた穴は私とイリスが、しっかり埋めて見せるとも」
「そうよユウリちゃん。私達を信頼して任せてくれたこと、凄く感謝しているわ」
少しだけ申し訳なさそうにするユウリに、ウィロウとイリスがフォローを入れる。この二人も援軍探しから一緒に来るようになって、すっかり【ユグドラシル】の一員のような立ち位置になってしまっている。
ステラとルナの両親と言う事もあり、保護者としても頼りになる人材であった。
「無事初日を乗り切った事を喜びたいのは山々ですが、そろそろお風呂に行きません? 意外と汚れてしまいまして……あと最前線にいた四人も、返り血がかなり酷いです」
そんな事を言うアイリスに、ユウリは改めて最前線にいた四人を見る。確かに暗がりでは分かりにくいが、すっかり酸化して黒くなったであろう血が、彼らのあちこちにこびりついているのが分かる。同様にそれなりに臭いもする。
「ここの大浴場……じゃなくて、僕のセーフハウスカードにしようか?」
「ああ、それは助かるよ」
「なんだかんだ言って、いつもの部屋が落ち着くってもんだしな」
ユウリの提案を、彼らは素直に受け入れる。言葉自体は事実ではあるが、しかしその本音の部分は誰にも邪魔をされない、という点がかなり大きい。
パーティを組んだ当初から、彼らはずっとこのセーフハウス内での風呂は、男女関係なく仲間全員で入っていたのだ。嘘偽りなく、そちらの方が落ち着くのも事実であり、ゆっくりしながら仲間たちと語らう時間が欲しいと言う意味もあった。
「じゃあ行こうか?」
「あー、待て待て。城の中をこんな姿で歩けるわけないだろ?」
「そうね。王族の方とかも居るんだし、怒られそうじゃない?」
「そっか……あ、じゃあ転移しようよ。僕たちはこの城の中なら、自由に移動できるんだしさ」
普段使わないが故に、転移の事をすっかり忘れていた面々が、ああと声を漏らす。そもそもこの城内限定の能力とはいえ、自分たちが魔法のような移動を出来ると言う点は、よく頭から抜け落ちてしまうのだ。
ゲーム内で経験があるユウリでさえも、この世界に迷い込んでからそれなりの時間が経っており、よく忘れてしまう程度にはまだ馴染みきっていないのだから。
余り人目が無い事を確認して、彼ら【ユグドラシル】一行は早々に転移して、自分たちが使う大部屋へと移動するのであった。
怪我人を治療する救護室は、多くの人で埋め尽くされていた。比較的軽傷の者は地上での治療に当たり、重傷者は天空城に避難させて、ユナやクロトと言った高位の神官が担当している。
ここにはセタジキス王国の万神殿の高司祭である、ユルカ司祭もその力を揮っている。彼女はユウリ達がセタジキス王国に滞在していた時に世話になっただけでなく、クレストやヘルガにとっても恩人と言ってもいい相手であった。
高位の司祭全てがこの天空城に来ているわけではなく、ユルカ司祭が代表としてきている形になっているのだが、これは仕方がない事である。例え国の危機と言えども、救いを求める人々の為にも全ての司祭が出払うわけにはいかないからだ。
そして高位の奇跡を授かっている神官自体が少ないため、各国の万神殿から来ている神官は非常に少ない。
「流石ユナ様ですね……これほどの人数を一度に癒し、命を繋げられるとは。まさに神の奇跡そのものです」
「……ええ。例え種族、信仰する神々が違おうとも、神々から与えられる奇跡、我らの祈りは全てのヒトに等しく分け与えられる。素晴らしい光景ですね」
ユナが揮う奇跡を横目に見つつ、兵士たちを診ていた男性神官と共に、ユルカ司祭が眩しそうに目を細めていた。
「私は破門され、各地を巡り、己の未熟さと視野の狭さを知りました。そして此度の妖魔帝国なる邪悪な国と、悪魔の脅威の前に、行く先々で僅かに生き残った人々を連れて逃げ延び、この神々の城に救われました」
神官の名はマクシム。セタジキス王国のローヴィス教会を纏めていた元司祭であり、かつてヘルガ達と衝突した過去を持つ。そして最終的にはローヴィス教から破門され、放浪していた男性。
ローヴィス神からの啓示を受け、種族を問わず多くの人々を助けながら、避難民たちと共に過ごしていたところを、ヴォルデス王国から移動していた天空城に偶然拾われ、救われた経緯を持つ。
そして数少ない高位の神官としてその力を頼られ、ユウリやアルベルト達とも再会し、積極的に力を貸してくれる存在であった。
「これも神々の導きのお陰です。ローヴィス様に感謝を」
「ええ。今こそ我ら全ての種族が、力を合わせる時ですもの」
高位の神官は決して人間だけではない。天族の上位存在である聖霊のユナ、一見魔族にしか見えないクロト、そして他の国々にもそう言った神官が居る事を知っている。そして彼らの力は、今この時こそ必要とされているのだ。
それは自分たちも同様だと、この場にいる司祭たちは気を引き締め、自分たちの戦いに全力を尽くすのであった。
「すみません、遅くなりました。状況を教えて貰えますか?」
不意に一人の男が現れ、そんな事を言う。境界神の最高司祭であるクロトが、この救護室まで転移して来たのだ。
「ああ、最高司祭様。今はユナ様が、あちらの重傷者を診ていらっしゃいますので、こちら側をお手伝い願えますか?」
「わかりました、すぐお手伝いします」
ユルカ司祭に言われ、クロトはすぐに怪我人の方へ向かっていく。傷こそ塞がっているが、失った血が戻るわけではないので、それらを補うための奇跡を別に使う必要がある。
ある程度ならユルカ司祭達や、マクシム元司祭でも対処可能な範囲ではあるが、とにかく人数が多い。ここは人海戦術に出たいのが、人情と言うものだろう。
「ユナ君、こっちは俺が診るから、手足などの欠損者の再生の方を頼む」
「わかりました。地上の方々は、どうなってます?」
「怪我をしていないヒトの方が、少ないくらいだよ。そっちはこの城の自動治癒機能である程度対処しつつ、他の神官や魔法士が当たってくれていると聞いてるよ」
最早何でもありに近いが、あくまでも自軍陣地、天空城直下と言う制限はある。それでもそのお陰で、命拾いをしている者も決して少なくなく、人類側の戦力減少を最小限に留められているのだ。
正直なところ妖魔帝国軍に対して、人類側は戦力も少ない。既に大半が蹂躙されている事と、地理的に参戦が難しい国が多い事も、その理由であった。
「……纏めて治したいな」
「駄目だからな?」
「な、なんでもないです!」
ユナの呟きを聞きつけたクロトが、しっかりと釘を刺す。そんな二人のやり取りを不思議そうに、しかしどこか微笑ましそうに見つめる司祭たちに見守られながら、彼らは負傷者たちと向き合うのであった。




