第三百八話「落日」
戦いが始まって、既に半日近くが経過しようとしている。妖魔帝国軍の攻撃は激しく、多少押し込んだくらいではびくともしていない。それでもクレスト達が参加している南の戦場は、彼らの優勢のまま戦いが続いていた。
レイメシア国の兵の多くがここに集中しており、その殆どがエルフである。また未だ世界樹に辿り着けていなかったこの大陸のエルフの援軍も、こちらの事情を知って参戦してくれており、他国の亜人達と併せて最も多くの種族が参加している場所となっていた。
また戦いに参加しているエルフたちの士気は高く、彼らとしても絶対に退けない理由があった。何故なら妖魔帝国軍の狙いは世界樹そのものであり、ここを突破されればその魔の手が確実に届きかねないともなれば、エルフにとっては絶対に許されざる事態だからだ。
怒りと使命感に燃えるエルフたちの猛攻を前に、トロールを中心とした妖魔たちの軍勢は近付くことを許されず、ただ死体の山を築き上げていく。だがそうなってくると、相手も戦い方を変えてくる。
仲間だったはずの者たちの肉体を盾に、強引に攻めてきたのだ。これでは相手を倒すのに倍以上の労力が必要になり、例え魔法による攻撃であっても、かなりの手間を要求される。
魔力の消費もそれだけ跳ね上がることになり、天空城からの支援物資が無ければ、とっくに敵軍に食い破られていても不思議ではなかった。
一見してどれほど優勢であったとしても、それは薄氷の上を渡るようなものであり、決して気が抜けない戦いであることを、誰もが噛み締めていた。
「……暗くなりつつあるな」
「そろそろ退きたい所だけど、こうも敵が多くちゃねえ?」
敵陣に最も奥深くまで切り込んでいた、クレストとヘルガ。口調では大変そうにしつつも、全く苦戦しているように見えないのだから、この二人の戦闘能力もすっかり人外じみている。
クレストがユウリから渡された、聖剣オートクレールをしっかりと握り直す。僅かに手元に視線を落とすと、己の意思に応えるかのように、剣は僅かに輝きを増した。その様子を見てクレストは苦笑を浮かべる。
伝承ではベリエスの持つ高位聖剣である、聖月剣アロンダイトと同一視され、呪われたとも魔剣に堕ちたとも言われている。しかし原典ではジョワユーズ、デュランダルと同じ鍛冶師一族によって鍛えられたとされており、ゲーム中でも別物として扱われていた。
そんな聖剣オートクレールのお陰もあって、今の二人は王級のトロールエンペラーすら、確実に倒せるだけの力を得ているのだ。だからこそ焦る必要はない。ただ冷静に、迫りくる敵を屠りつつ、後方のエルフたちの支援を受けながら、確実に退くだけでよかった。
「相手は暗闇を苦としない魔物じゃあ、このまま戦い続ける気なんでしょうね」
「少しばかり奥に踏み込み過ぎた。なんとか道を切り開くから、みんな頑張ってくれ!」
そうクレスト達に語りかけるのは、一緒に戦っている仲間であるイリスとウィロウの二人。エルフでありステラとルナの両親でもある二人は、この大陸のエルフとしても頭一つ抜けた戦闘能力を有する存在だ。
夫ウィロウは精霊魔法に限定するならば、この世界でも最高峰に近いところに在る高位の魔法士であるし、弓術の腕前も非常に高いと言う恐るべき存在。
その妻イリスは肉体的にか弱いとされるエルフでありながら、その剣術の腕は人外の領域に達しつつあり、あのユウリでさえも気を抜くことなど出来ないほどの剣士である。しかも精霊魔法の使い手としても、それなりの腕前があるのだから厄介極まりない。
そんな彼女がユウリから託されたのは、想聖剣グロリユーズ。原典である本家シャルルマーニュ伝説には登場しない、後世の創作によって創造された剣であり、ジョワユーズなどを作った鍛冶師一族が総力を結集して作り上げた、最高傑作となっている。
故に決して折れぬと言うデュランダルさえも断ち切ると言う、色々とおかしな性能をしているらしいが、ゲームの中やこちらの世界では他と同程度の力を持つ聖剣となっており、性能的には大分おとなしいと言えるだろう。
この場には、二振りの聖剣がある。その力は絶大であり、それらを揮う二人の剣士もヒトの領域を超えた、英雄と呼べる存在。そして後方からは、エルフたちの弓矢や魔法と言った支援がある。だがそれでも急がなければならなかった。
「ユウリが言うには、陽が落ちたらアンデッドの軍勢が間に入るってんだろう? ったく、柄にもなく調子に乗り過ぎちまったね……」
「こちらが出来る限り目立ってないと、後ろのエルフたちに突撃されるからな。十分仕事はしたとはいえ、俺も迂闊だった」
「ハッ、アンタも意外と、可愛いところがあるじゃないのさ。聖剣持って、はしゃいだのかい?」
「……本当に、それが出来れば気が楽だったんだけどな」
襲い来る魔物を受け流し、正面から叩き潰し、問答無用に切り捨てる。そんな作業をしながら、二人は何事も無いかのように会話を続けていた。彼らの余裕の表れでもあるが、同時に己が戦場の狂気に吞まれぬために、正気である為に必要な作業なのだ。
その事を理解しているからこそ、二人だけでなくウィロウとイリスの二人も、頻繁に他愛のない話に花を咲かせている。
「聖剣なんて、エルフですら御伽噺に聞く程度のものですもの。まあうちの里は引き籠ってたから、猶更よねぇ」
「……聖剣の出所については、何も聞きたくないよ。なんでも幾つも持ってるんだい、あの子は……ああいや、聞きたくない。聞くものか」
「もう、ウィロウったら本当に気にしいなんだから。もっと大らかに構えましょうよ。精霊たちも困惑するわよ?」
「この歳になって君に、精霊について説教を受けるとは……私もまだまだ未熟者なのだな」
がっくりと肩を落とすウィロウを気にすることなく、イリスは目の前のトロールを三体程、難なく切り捨てる。強い生命力と再生能力を持つトロールだが、聖剣と相性が悪いのか、即座に回復する様子はみせない。
そこへウィロウの放った火を纏った矢が射貫き、確実に相手を絶命させる。多少気落ちした所で、その弓の腕、精霊魔法には微塵の揺らぎや翳りを見せないのは、流石の一言であろう。
陽の傾きは、大きく西へと沈み込む。ここがデムルの森に近いとはいえ、平野であるからこそまだ何とか周囲が見えている。これが森の中であったのなら、とっくに暗闇に包まれ、前後が分からなくなるところであった。
周囲はウィロウの呼び出した光の精霊が照らしてくれているとはいえ、このままでは間違いなく孤立する。急いで自軍のいるところまで下がらなければならないが、しかし相手もそう簡単にこちらを引き下がらせてはくれない。
流石に不味いと誰もが、僅かに焦りを見せた、その時だった。
魔物をなぎ倒し、こちらに近づく者達が居る。援軍が来たのだろうかと、誰もが首を傾げていた時だった。
植物の蔦が魔物の足に絡みつき、精霊の火を纏った剣がトロールの首を一閃する。
小さな影が攪乱するように魔物の足元を走り抜け、それと同時に切りつけて体勢を崩したところを、獣人の戦士たちが囲んで葬った。そんな中で傷ついた仲間を、奇跡を神々に願う祈りの声が、確実に癒していく。
「今のは……」
「みんな! 早く下がって!?」
「ステラ!? それにアンタ達まで!?」
彼らが目にしたのは、天空城で後方支援に当たっているはずの、【ユグドラシル】の仲間たちであった。意外な援軍に驚きはしたが、しかし二人とて一流の冒険者。すぐに彼らの意図を察し、合流するべく動き出す。
「お話はあとで伺いますから、早くこっちに来てくださーい!」
「ウィロウ父様、イリス母様も!」
「おれ、前に出る!」
アイリスとルナが呼びかけ、四人の撤退を補助するべくマットが駆け出す。その様子を見て、ウィロウとイリスも複雑な表情で、しかし確かに嬉しそうに息を零した。
「二人とも……ああもう、なんて無茶を!」
「あの子たちの誰も、弱くなんて無いもの。最高の援軍ね!」
「わかっているけど、お転婆なところばかり君にそっくり過ぎるのは、考えものだよ!? ルナなんて間違いなく、君とステラの影響じゃないか!」
そんな事を言い合いながらも、しかし難なく、援軍に来た者たちのサポートさえこなしながら、彼らは無事に合流を果たす。それが可能だからこそ、彼らが突出することが出来たのだし、それほどの戦力でもあったのだと言う証拠であろう。
「よう、俺たちも助けに来たぜ」
「レイメシアの獣人部隊の……ダモか」
「おうよ。さっさと退けと指示が出てるぜ。そろそろアンデッドが出てきて、両軍を分断するんだとよ。何度見ても意味わかんねぇよな」
流石にこの敵陣の中を進むのは、ステラ達だけでは不可能だ。だからこそ彼らの援軍として、ダモ達も出張って来たのであろう。このような場所で、みすみす二つの聖剣を失うわけにはいかないからこその、決死の行動でもあった。
「……やれやれ。じゃ、有難く引き上げるとしようぜ?」
「アンタ達、最高に良いタイミングで来てくれたじゃないか」
談笑しながらも、しかし魔物の軍勢を屠る手を止めはしない。それでも場の空気は確かに、剣呑としながらもどこか穏やかなものを漂わせているのであった。
眼前の見渡す限りに在るのは、壁。動く死体と言う名の、魂の冒涜。それらが自分たちだけに、牙を剥いている。
こちらが向かっていかない限り、襲ってくることは無い。それだけが救いではあるものの、だからこそ厄介な存在であった。
「……夜の闇など我らには無意味だと言うのに。あの亡者の群れ、忌々しいな」
『だがアレに対して、迂闊に手出しをしてはいけない』
「理解している。あの群れの主、生み出した憎むべき元凶。あの中に破壊の神か、その下僕が紛れているな?」
妖魔王オルゼオンは、平静を崩すことなくただ静かに口にする。傍らに控える悪魔は、情けなくも最初の光で撃ち落され、おめおめと自陣に引き下がって来た存在だ。それでも責めるつもりはない。あれは自分たちすらも打ち滅ぼす、凶器の光。
「この妖魔王オルゼオンは、油断などせぬ。あの空の城は、間違いなく破壊の神が関与しているもの。かつての我が軍勢を滅ぼし尽くし、この身さえをも滅ぼしかけた、恐るべきもの……っ」
『他の軍もアンデッドを前に、退き始めている。例え事の重大さを理解できずとも、あれらに迂闊に手出し出来ない事くらいは、理解しているさ』
北のヴォルデス王国との戦いで、妖魔帝国軍はグレイヴマウンテンの主と目される相手から、強力な妨害を受けている。無数のアンデッドの群れに阻まれ、夜間の戦闘の一切を許されなかったのだ。
否、戦うこと自体は出来たが、アンデッドが相手である以上、こちらの被害が増えれば増えるほど、相手の戦力を増強させると言う悪循環が発生するからこそ、戦う事を断念せざるを得なかったのである。
それと同じ状況が目の前で起きている。【冥王】と呼ばれる存在が、あちら側に加担しているのは明白であった。
「同じ邪の眷属でありながら、我らが神を恐れぬか。所詮は動く死体の親玉。道理を弁えぬからこそ、破壊の神の軍門に下ったということだな」
『実に困ったものだよ。あの力がこちらに在れば、ヒトの国を飲み干す事はもっと容易かっただろうに』
オルゼオンはすぐに撤退の指示を出す。戦いはまだ始まったばかりであり、不穏な気配も感じている。自身に届きそうな、危険な光の存在。幾つか報告に上がってきていた、聖剣と呼ばれるモノ。
聖と邪の、互いに雌雄を決する時は遠くないと、そう感じているのだった。




