第三百六話「仲間」
戦いが本格的になり、天空城も忙しく動き回る者たちで、騒がしくなっている。悪魔達が後ろに下がり、暫くは動かないと判断したユウリやクロト達も城の方へと引き上げてきていた。
ベリエスは戦場に降り、ヴォルデス王国の騎士としての役割を果たしに。
レイとネクロの二人は、各国の王族とのやり取りに忙しくしている。特にネクロは戦場に出ている魔王バルバシムの名代として、トワイア魔王国側なので、責任重大だ。
ユナは神官として、時には他の神官たちを指導しつつ、傷病者の治療に当たっている。
それぞれがやるべき事を行っているものの、特にユウリはやる事が無い。精々天空城の主として、玉座に座っている事を望まれている程度なのだ。
クロトはユウリを玉座の間に送った後、神官としての立場があるのでそちらの手伝いに向かうべく、城内を歩いている。あちこちですれ違うのは、各国の重鎮と思わしき人物たち。
そして各種生産を担うユウリの従者たちと、各国から送り込まれた職人たちも居る。
とりあえずは戦いは拮抗しており、あとは人々の力を信じるしかないと思いながら、もどかしさを覚えていた。そんな中で不意に、彼を呼び止める声が聞こえてきたのだ。
「クロトさま」
「クロトさまー」
「クロトちゃーん!」
自分を呼び止める声に、クロトはふと足を止める。声の主を確認し、彼は自分を呼んだ者達の視線に合わせるように、穏やかな表情で片膝をついた。
「セシル、エミル。それにヌイちゃん。どうしたんだい?」
自分を呼んだのはクロトの従者である二人と、【竜爪の旅団】の一員であるフェアリー族の少女、ヌイ。彼女はこの戦いにはとてもついていけないので、天空城での後方支援と言う名目で避難させている。
そして従者の二人にはこの天空城の生産施設を使い、作物や薬品、その他料理や布系の装備や城の備品と言った物の生産に従事して貰っていた。
「クロトさま。ラルドさんやアルナさん、皆も戦ってるんだよね……?」
「ああ。心配か?」
「……うん」
少しだけ躊躇いがちに質問をするエミルに対し、クロトは彼らの考えている事を察する。アトラシア帝国に居た頃は、特に親しくしていた間柄でもあったのだから、心配するなと言う方が無理だろう。
それだけこの戦いが危険なのであり、そして困難なものなのだと、彼らも理解している証拠だ。
「ぼくたちが仰せつかった、お役目が最優先なのは、解っています」
「この戦いは人類の行く末を左右する大事なもの。今のお前たちでは……」
「行きたいなんて言わないよっ。おれもセシルも、ちゃんと分かってる!」
向けられる真摯な視線。それは彼らが待つという覚悟をしたと言うこと。だが彼らの応援に駆け付けたいと言う願いでなければ、一体なにを望んでいるのか、クロトにはすぐに予想することは出来なかった。
「……そうか。それじゃあ、何かあったのかい?」
「クロトさまは、戦いに赴かれないんですか?」
セシルからの意外な言葉に、クロトは面食らう。彼らとて今のクロトが境界神そのものであることを知らない訳が無く、これまで自分たちが特別な場所に避難させられていたことも、十分理解しているはずなのだ。
「この戦いはあくまでも人類と妖魔の戦い。この世界における神話の戦い、聖の神々と邪の神々の戦いの、その延長戦に過ぎない。ならば俺や他のプレイヤーが戦うのは、この世界に生きる人々の進歩を、妨げる行為でしかないんだよ」
「それも重々、理解しているつもりです。ですが悪魔なる強大な魔物や、邪神そのものも脅威だと伺っています」
この城には各国の王族や、王宮関係者も出入りしている。しかもセシルやエミルはこの城の生産施設を利用しているため、彼らとは会話することは無くとも、それとなく話くらいは聞こえていても不思議ではない。
だからこそ主であり、強大な力を持つクロト自身が前に出ない事に、不安を覚えたのだろう。
「クロトさまは、皆を守ってくれるよね……?」
「クロトちゃん……アルナお姉ちゃんやラルドお兄ちゃん、テオちゃんやヴァレリーちゃんを守ってあげて欲しいの」
エミルとヌイの言葉には、彼らを心から心配している事が、十分過ぎるほど理解できる。クロトもヒトとしての、この世界での繋がりでもある彼らを、みすみす失いたいわけではない。だからこそ力強く頷いた。
「直接は守れない。でも……ああ、彼らではどうしようもない敵が、邪神や悪魔が彼らの前に立ち塞がった時、その時が俺たちの出番だ。それに彼らは強い。そう簡単に負けたりしないよ」
その言葉に嘘はない。たまたま飛んできた矢に当たって死ぬような事も、まずあり得ない。その程度では傷ついたりしないような魔法の装備を彼らには渡してあるし、それに相応しいようにも鍛え上げている。
妖魔王と悪魔だけが不確定要素だと言えるが、それを除けば彼らはこの世界でも上から数えた方が早い強者ばかりなのだ。
「だから安心して待ってなさい。大丈夫、もう少し状況が進展すれば、俺たちも戦う事になるだろうさ」
「はい! クロトさまも、どうかご無事で。ご武運をお祈りしています!」
「クロトさま! おれいーっぱい、薬草やポーション作るからね!」
「ああ、頼んだよ二人とも」
優しく彼らの頭を撫で、クロトは微笑む。彼とて親しい者たちをみすみす死なせたい訳ではない。それでも心を鬼にして、己の役割に徹しなければならない時もあるのだと、小さく息を零した。
天空城の玉座の間。そこでユウリは城の各所の状況を視つつ、また地上の戦況を観察していた。それくらいしかやる事が無く、そして何かがあったとしても、悪魔が動かない限りはそう簡単に動けないので、ただただもどかしいだけの時間が過ぎていく。
そんな中、不意に玉座の間の扉をノックする音が聞こえてきた。不思議に思い入室を許可すると、そこに入って来たのは見知った仲間たちの顔。
「ユウリ」
「ユウリさん」
「あ、ステラさんにルナ。それに皆!」
手持無沙汰にしていたユウリの前に現れたのは、冒険者として同じパーティを組んでいる【ユグドラシル】のメンバーであった。
この戦いが始まってからは、彼女たちは後方支援として裏方に回っていたこともあり、こうやって顔を合わせるのは久しぶりな気がしているくらいには、出会う機会が無かったと言える。
「ユウリさん、暇そうですねぇ?」
「……うっ。だって本当に暇なんだもん」
「この天空のお城の城主様なんですから、責任重大ですもんね」
「うぅ……僕も戦いたいなぁ」
アイリスの言葉に図星を突かれ、ユウリは思わず口を尖らせる。だが立場上それを許されてはいないのだ。だからこそ、愚痴を零すくらいはしないとやっていられない。
だがそんな彼の心情を理解しつつも、仲間たちの視線が少しだけ違う事に気付いて、ユウリは首を傾げる。
「ユウリあんちゃん。おれも戦いたい!」
「あたしもウィロウ父様や、イリス母様の手伝いをしたいです」
「え?」
「えっとまあ……そういう感じです」
突然のマットとルナの言葉に、アイリスが苦笑する。しかし戦うのが苦手な彼女でさえ、二人の言葉を厭う様子はない事に、ユウリは驚く。
「神官や精霊使いなんかの、怪我を治せる人も意外と増えたし、なんと言っても聖エステラーテ王国の元聖女様でもある、ユナ様が圧倒的過ぎるのよ。他にも境界神の最高司祭様の、クロト様もいらっしゃるし」
「ワタシやステラさん辺りの実力だと、正直なところ居ても居なくても変わらないんですよね。すっかり人手も増えましたから」
「だからクレストあんちゃんやヘルガ姉ちゃんを助けに行きたい!」
「お願いします。あたし達を行かせてください」
今はまさに、妖魔帝国との決戦が開始したばかりなのだ。そこへ彼らも向かいたいと言う申し出に、ユウリはただ目を丸くすることしか出来ずにいた。
「……とまあ、みんな同じ考えよ。妖魔王との戦いは、この世界のヒトの手で決着を付けなきゃいけないんでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「ユウリさん。戦いが過酷なのは分かります。でもだからこそ、ワタシ達がここに居るのも、違うと思いますよ?」
「え?」
ステラとアイリスの言葉を聞いて、ユウリは首を傾げる。彼女たちの実力は理解しているが、かと言ってあの魔物の大軍に相対できるほどかと問われれば、正直なところ無理だと言う感想しか出てこない。
自分だけでなく、クレストやヘルガと言う、パーティの保護者役たちが突出しすぎているのだ。だからこそ危険だと判断し、後方に回ってもらっているはずなのである。
「確かにわたしの父様や母様は強いけれど、クレストやヘルガとの連携と言う意味では、わたし達の方がずっと上手いと言う自信があるわ。伊達に数年、あの人たちとパーティを組んで冒険してきてないの」
「ですね。それにウィロウさんやイリスさんへのサポートだって、娘であるお二人の方がお上手でしょうし。それに……」
「それに?」
アイリスの意味深な言葉に、ユウリは首を傾げる。
「ユウリとの冒険で得たわたし達の装備を、このまま使わないなんて、あり得ないでしょう? どこも魔法の武具が足りないと、苦労しているのに」
「あっ……」
ステラの指摘に、ユウリが間抜けな声を上げた。
仲間たちの装備は、基本的にワイバーンの鱗や皮、骨などで作られた物であり、人類が作れる装備としては最高レベルに近いものでもある。
更にはレイメシアで滞在している間に、女王であるレイによって魔法を付与されており、一応は魔法の武具扱いなのだ。それほどの強力な装備を、この戦いで使わないまま眠らせておくのは、余りにも勿体ない代物ばかりなのである。
「と言うわけで、ワタシたちも地上に行かせてください。ワタシだって鍛えていますし、ここで攻撃や防御のスキルも使えるようになって、更に訓練も積みました。ゴブリンやオークくらいとは、十分に戦えるようになっているんですよ」
「あんちゃん! おれ、剣のスキルも盾のスキルも覚えたよ。気功だって使えるんだ!」
「あたしも、オーガムが上手くなりました。守られるだけでは、嫌です」
彼女たちの言葉に嘘はない。神官のアイリスもパーティに加わってからずっと鍛えてきているし、この天空城で基礎的なスキルも習得させられた。主にクロトのせいで。
それもあって護身程度は十分に可能といえ、下手な冒険者よりも強くなってしまっている。
マットもこれまで覚えていた気功や盾のスキルの練度が更に上がっており、片手剣のスキルを習得したことでこれまでパーティの盾役としてだけでなく、ある程度の決定力をも獲得しているのだ。これで戦力にならない訳が無い。
そしてルナも多くのエルフたちからの教えを受け、自己研鑽も欠かさずにいた事でオーガムの使い手としては、相応の成長を遂げている。物理的な戦いは相変わらず不得手ではあるが、そこをカバーし合うからこそのパーティなのだ。
「……ユウリ。貴方が戦えない分を、わたし達が頑張るから」
「ユウリさん。お願いします」
「あんちゃん!」
「ユウリさん」
仲間たちの言葉は、不思議とユウリの胸の中に染み入っていく。彼らなら大丈夫だと、そう思えるのだ。
「……うん。本当は僕も皆と一緒に戦いたいけど……ごめん。皆にお願いするよ」
「ええ、任せて頂戴。……ありがとう、ユウリ」
「その代わり、絶対に死んじゃ駄目だよ!?」
「勿論よ!」
これまで困難な戦い、強敵の相手をする時には、仲間たちが見送ってくれていた。
今度は自分が見送るべき番なのだと、ユウリは自然と理解できる。今まで彼らが自分に任せてくれたのは、きっとこのような気持ちだったのだと思いながら、少年は仲間たちの背を押すのだった。




