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第三百二話「天地」


 いよいよ始まった本格的な戦。互いの生存権を懸けた、絶対に退くことのできない戦いであり、神々の代理戦争でもある。

 魔物や妖魔は、自らの死を恐れない。上位存在に命じられるまま、ある意味で愚直に前に進む。そしてその一体一体が一部を除けば、ヒトの能力を上回っている化け物なのだ。

 それがヒトのように武装し、時には地を駆ける狼のような魔物などに、騎乗して襲ってくる。

 この絶望的な光景に、しかしヒトは勝利を諦めることは無かった。何故なら彼らにも、ヒトを超えた力が、後押しをしてくれているのだ。


 天空城の力により、前線の多くの兵は、魔法による強化が施されている。それだけでなく魔法の武具を使う者や、強力な魔物の素材によって作られた武具が与えられている者も少なくなく、武装の面でも強化が為されていた。

 そして今や約半数近くの兵が、スキルと言う超常の力を習得しており、魔物の軍勢にぶつかり合えるだけの下地は整っている。この日を迎えるために、誰もが懸命に戦い、鍛え、自分たちに出来る作業に従事してきたのだ。


 そして今戦いは一見して、拮抗している状態が続いている。これだけの大戦力同士の激突である以上、すぐに勝負が決すると言う事はない。それだけヒト側の抵抗は本気であるし、自分たちと同じくらいには相手に痛打を与えられているという証拠でもあった。

 最大の懸念点であった空を埋め尽くすような悪魔ディアブロの大群も、天空城から放たれた光によりその大半が落とされ、他の空の魔物も幾らか巻き添えになったことで、制空権を取られると言う事はなくなっている。

 信じられない光景ではあるが、だからこそ自分たちが勝てるというビジョンが、より明確に示されたのだ。この光景を希望として、勝つために、生き残るために人々は戦っている。



「……ふむ。悪魔ディアブロの方は、多少落ち着いたかな」

「えっと、じゃあ僕らはどうすればいいの?」


 未だ油断はならないが、空中に居た悪魔の大半は十分始末できたとみていい。クロトは時折弓を構え、矢を放ちながらもひと段落出来たと、小さく息を零す。

 その横で少しだけ暇そうにしていたユウリが、クロトに問うた。


「そうだな……不測の事態に備えてこのまま待機、だろうなぁ」

「えぇ~?」

「流石にそれは暇を持て余すし、他に頑張ってる皆に悪いわ」


 クロトが返した答えに対し、ユウリとネクロが不満そうに返す。戦いは既に始まっており、地上は人々が命を懸けて戦っているのだ。それを遥か高みから見下ろしながら、ただ待てと言われてそうですかと頷けるものではない。


「私はすぐにでも職務に戻りたい。下手をするとうちの国王陛下に見つかってしまいそうだからね。お先に失礼するよ」

「……私も下がるわ。他の国々の王様とかと話し合わなきゃいけないし、大人しくしておけと、レルンにきつく言われている」

「わたくしも怪我をされた方の為に、救護室へ戻りますね。」


 ヴォルデス王国の騎士として、自身の職務を果たさなければならないと、ベリエスが肩を竦める。そして三人は当初の予定通り、自身の仕事は終わったとばかりに踵を返し、そのまま天空城へ戻る為に転移してしまった。

 彼らを見送り、残された者達は仕方がないと言わんばかりに、小さく首を横に振る。


「そういやアタシなんて別に王族でもないのに、ずっとそういう話し合いに付き合わされちゃってるんですけど!?」

「ネクロさんは悪名高きグレイヴマウンテンの主にして、トワイア魔王国との同盟関係にある以上、決して蔑ろにされるべき立場ではないんですよ。戦力的な意味でも、他所からすれば一国のトップと同等の存在として扱うのが妥当です」


 レイたちが去った後、思い出したようにネクロが悲鳴を上げる。この後も彼らと同じ席に着かなければならないのだが、何を言っているのかと、クロトがバッサリと切り捨てた。


「そもそも貴方は、自分がアンデッドだと言う自覚を、もっと持って欲しいんですよ。 ヒトの理屈や倫理がどこまで通じるのか、誰もが戦々恐々としながら探りを入れている状態なのだし」

「アンデッド姿のネクロさんなら、確かに皆怖がるもんね……」


 ネクロの立ち位置は、この戦において非常に難しい立場である。クロトの言うように【冥王】の肩書は伊達ではなく、ヴォルデス王国を救った一件を見ても、単体で妖魔帝国軍を一晩中抑え込めるだけの力があるのだ。

 それほどの数のアンデッドを、個人で操れると言うだけでも驚異なのである。しかもそれ程の存在が理性的な話し合いに応じてくれ、自ら人類の味方としてこの戦いに参加しているのだ。ユウリの言葉通り、恐れるなと言う方が無理であろう。


 此度の戦いも本格化した事で夜間の守りを担当する為、闇夜を不眠不休で活動できるアンデッドを使って、ヒトの陣営を守ると言う役目を引き受けている。

 アンデッドの存在に関しては神々からの反応は芳しくないものの、しかし妖魔や悪魔のようにハッキリとは否定されていない。少なくとも【冥王】と言う存在に限定して許容されていると、この戦いに参加している一般の神官達は判断せざるを得ない。


「少なくとも境界神が、今はその力を借りるべきだと言ってるので。そもそも自衛以外でヒトを襲うわけではない協力者を、わざわざ排除する意味がないですから」

「そういう意味では、随分とクロトちゃんのお世話になってるわねぇ……本当にありがとう」

「昔の誼でもあり、実際に必要な戦力ですからね。ただ結構色んな魔法士がネクロさんを崇め始めてるので、今後はそっちの方を注意しなきゃいけませんけど」


 そういうクロトは、今後の事を考えて少しだけ、げんなりとしている。この戦いでの戦力増強の為とはいえ、クロト、レイ、ネクロの三人が中心となって魔法の講義を行っているのだ。

 新たに魔法が使えるようになった者は少ないが、もとから魔法が使える魔法士が前提であったため、問題はない。問題は彼らが齎した知識と、魔法の深淵さを改めて垣間見た事による、知識欲が暴走したとも言える者が少なからず存在するからだ。

 それらを得た者達が尊敬や崇敬の念を抱くのに、さして時間は掛からなかった。


 幸いにもクロトは神官として動く機会が多かったので、魔法に関しては初歩の触り程度しか教えておらず、そこまで極端な視線はない。だが残りの二人は魔法特化のプレイヤーであるだけに、かなり詳細に、深くまで教えてしまっている。

 そうなると彼らが今後も師事したいと思うのは当然であり、今後一波乱は起きてしまいそうなのは間違いない。しかしレイは西の大陸に帰らなければならない身なので、帰るタイミングさえ悟らせなければ割とどうとでもなる。

 だがこの中で唯一、ネクロだけは比較的ではあるが、彼らと物理的に距離が近いのだ。居場所もグレイヴマウンテンだと知られている。つまり彼への弟子入りなりを志願する、暴走した魔法士が現れないとも限らないのである。


「……ちょーっと、困るわねぇ。そういうの」

「他国から見れば、有能な魔法士を引き抜いた挙句、自分の手駒にしてるようにしか見えませんからね。全力で阻止しないと、後の火種になりますよ?」

「えっと……よくわからないけど、ネクロさん頑張って」


 今後想定される厄介ごとに、自分がどっぷりと関わる羽目になると聞いて、ネクロは頭を抱えるしかない。教えること自体は嫌いではないが、弟子を抱えるほどの責任を持ちたくはないと言うのが本音なのだ。

 クロトとしても、ネクロが原因で後々また戦争にでもなろうものなら、場合によっては介入せざるを得なくなる。なので全力で回避して欲しいのだ。

 そんな難しそうな会話を続ける二人に、ユウリは自分には縁のない話だと、どこか気楽に構えているのであった。



 忌々しい。

 天を見上げて、誰かが呟いた。それは他の悪魔ディアブロ達にとっても全く同意見であり、同時にありえないと驚愕している。


『天空城には、神がいるのか……? 我々の牢獄を掻き乱し、更なる地獄を作り出した、破壊の神が』

『あの出鱈目な攻撃の中に、強力な聖の神々の力もあった。恐らくはそちらの手引きなのだろうが……我らの神は何をしているのだ!』


 既に肉体を失って久しい神々が、こちらを直接攻撃することは難しいはず。だと言うのにこの世界を一度は邪の陣営に傾けた自分たちを、ここまで簡単に撃ち落す事など不可能に等しい筈なのだ。

 何故それが起こっているのか。考えられるのは彼らが最も危険視し、存在を危惧する破壊の神があそこに居る事である。そしてこの神の思惑が聖の神々の側であることは、全く驚くべき事ではない。

 それ自体は自分たちの創造主である邪神ジユムバークをぶつけ、潰し合って貰わなければ困るからだ。だがその前に自分たちが滅ぼされるのは非常に困る。

 この地上の全てを自由にするのは、最も優れた知性と肉体を持つ、自分たちでなければならない。神々が地上を離れた今、破壊の神と邪神ジユムバークさえ、滅ぼせずとも地上から追い出せれば、それが叶うのである。

 その為に自分たちはこの戦いを引き起こしたのだ。創造主だからと言って傲慢に振舞う、忌々しい邪神ジユムバークに頭を垂れ、表面だけとはいえ恭順する屈辱を味わってでも、最後に勝者となるのは自分たちだからこそ吞み込んできたのだから。


 だからこそ自分たちが真の支配者として君臨する前に、あの城に巣食う神などと言う者に、滅ぼされるわけにはいかない。幸い天空に戻らず、地上に身を置いたまま下がる分には追撃は来ない。

 どういう理由かは不明ではあるが、あちら側の神はあれだけの力を持ちながらも人間どもに遠慮してか、その力を地上に向けることは無かったからだ。

 少なくとも今は、自分たちが直接この戦いに関与しなければ、あちら側の神に滅ぼされることは無い。余りにも多くの同胞を失う事となってしまったが、全滅してしまうよりは遥かにマシである。

 新たな同胞は、後でまた増やせばいいのだから。


『だが妖魔王達はどうする? 同胞を失い、無様に地に叩きつけられ、このまま戻れば五月蠅いぞ』

『なんとでも言わせておけばいい。奴らが調子に乗って人間どもと潰し合えば、その中で我らが神が復活を遂げる時も、それだけ早まると言うもの。そうなれば天空城に居る神も、我らの事など気にする余裕はなくなる』


 そうなれば後は神同士が潰し合うだけ。勝った方にトドメを刺せばよいのだ。

 負け惜しみを多分に含みながらも、しかし勝つのは自分たちだと悪魔は嗤う。数を減らしたと言えど、それでも悪魔ディアブロなのだ。この世界のどの種族よりも強力で、強大な存在なのだと言う自負がある。


 今は地に伏せていようとも、遥か天に聳えるあの城を必ず引きずり降ろして見せると、邪悪な笑みを浮かべた。


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