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第三百一話「開戦」


 ユウリ達が悪魔達を薙ぎ払おうとする少し前。

 玉座の間ではレムリアが城主であるユウリの名代として、この城の機能を扱う権限を行使している。それはこれから始まる戦いに必要な、大切な役目でもあった。

 主からくれぐれもと頼まれているので、レムリアとしては一切の妥協を許すつもりはない。不本意ではあるが主が座るべき玉座に腰かけ、自らに与えられた役割を遂行するべく、天空城にアクセスを開始する。


「……システムチェック、オールグリーン。ギルドバトルを承認。部隊強化システム、起動します」


 その言葉と共に、玉座が低く唸る。目の前に展開されているホロスクリーンに映るのは、これから対象となる部隊。

 彼らは西の国々から、今も戦場に残った僅かな者達。しかしその士気は高く、自分たちの故郷を踏み荒らす悪鬼どもを倒すための先陣を任せて欲しいと、自ら志願してきたのである。

 そんな彼らだからこそ、真っ先に強化をしてやって欲しいと、周囲からの要望とユウリ自身からの許可もあって、レムリアは部隊強化システムを起動させた。


「おお、これが魔法の力……なのか!?」

「これならアイツらを、故郷を踏み躙った魔物どもに一泡吹かせてやれる!」


 向かってくる妖魔帝国軍。魔物の群れそのものでもある相手を前にして、その士気は益々高まるばかりであり、突撃の指示はまだかまだかと、目をギラつかせていた。


 矢と投石が放たれる。双方の軍がぶつかり合う前に、敵陣に痛打を与える為の、戦場での定石。敵軍は狂気に身を委ねるかのように、策も何もなく、ただ力と数でこちらを圧し潰そうとしてくるために、好都合な的であった。

 物資は決して潤沢ではないものの、それでも敵軍を全て倒すと言う意気込みで、ただ放たれ続ける。


「敵軍はもうじきここに至る。よーく引き付けよ……魔銃部隊、撃てっ!!」


 矢や投石が相手の前線よりも後ろ側に通るようになった頃、入れ替わるようにヴォルデス王国の王太子ヴィクター率いる、魔銃部隊が前に出て、一斉射撃を放つ。

 天空城より齎された、大量にある高純度の魔晄石によって、ある意味で戦と言う概念を覆す、そして圧倒的な魔法の力そのものを敵陣に叩き込んだのだ。

 しかも今回持ち込まれた魔銃は、先の戦いでも使われた新型である。これまで火や氷のような魔法によって引き起こされる「現象」を、触媒によって再現して放っていた物ではなく、魔力を「力」そのものの弾丸として放つ物へと変わっているのだ。

 原理としては魔力そのものを矢として放つ『エナジーボルト』と同様のものであり、これにより火事などによる味方への事故も防ぐことが出来るものとなっている。

 しかも触媒を選ばずに済み、途中で望んだ現象へと変換させる手間が無いので、術式の簡略化と魔力効率そのものが上昇しているのだ。

 新型の魔銃と大量の魔晄石、この二つが揃ったことで驚異的な連射が可能となっており、圧倒的な制圧力を見せつけている。それでも敵の勢いを殺すことが出来ないからこそ、妖魔帝国軍の強大さを肌で感じざるを得ない。


「敵軍との接敵間近、魔銃部隊は一時後退!」


 訓練された見事な動きで魔銃部隊は後方に下がり、入れ替わるように敵と直接刃を躱すための兵士たちが前に出る。


「突撃ーっ!」


 怒号と共に、駆け出す兵士たち。その上空を、幾つもの影が先行するように通り過ぎていく。


「アトラシア帝国竜騎士団、その力を見せる時だ!」


 飛行型の亜竜を従え、【竜皇子】テオドールは相棒たる自身の竜、緑色の鱗が特徴的なボレアースに跨り、兵たちを鼓舞して見せる。彼の手には聖剣デュランダルがあり、その輝きに人々は希望を見出すのだ。


「【竜爪の旅団】も後れを取るな! だけど無茶な事はするなよ!?」


 テオドールに並ぶように薄青の鱗を持つ竜に跨る、【黒の聖剣士】のラルドが、自身が率いる冒険者仲間たちに檄を飛ばす。相棒のゼファーが吼え、奥の妖魔たちに一つ火球を吐き出した。爆発と共に数十匹の魔物が吹き飛ばされ、誰もがその姿に憧れを重ねる。

 彼もまた聖剣アスカロンを掲げ、その威容にて人々を導く光となっていた。


「なんて数の魔物……」

「これが妖魔帝国軍。こんなものが野放しになっていたなんて」

「この戦いに勝たなければ、わたし達だけでなく、周辺の国々も滅ぼされる。負けられないわ!」

「えぇ。勝ちましょう、必ず」


 愛馬であるペガサスのウェンティに跨るアルナと、その後ろに相乗りしているエイダ。アトラシア帝国からの援軍は、基本的に空中の敵を相手にする事が彼らの役割だ。

 その中でも彼女たち二人の役目は、エイダの持つ氷聖剣アルマスを使い、味方を導く事が主な役割である。要は後方支援が主であり、剣士であるアルナが神官でもあるため、怪我人の治療と撤退支援も任されているのだ。

 それも先程のユウリ達による先制攻撃によって、空中の敵が相当数を減らしているので、悪魔と直接対峙する必要もなく、かなり動きやすくなっているからだった。


 そんな彼らの後ろからは、ヴォルデス王国の国王直属である天馬騎士団が、一部だけとはいえ続いて来ている。国王が天空城に呼び出された際に、援軍として新たに参戦していたのだ。

 空の魔物を相手に戦うには心許ないが、それは竜騎士団と【竜爪の旅団】が引き受けてくれる。彼らの役目は地上の魔物たちへの射撃や戦況の観察、指示を出す事などが主な役割なのである。


 そんな華々しくも、とうとう訪れた決戦の時。その様子を後ろの方から見つめ、落ち着かなさそうにしている一団がいた。


「……我慢、我慢……」

「アルベルト、落ち着いてください。ワタクシ達の役目は妖魔王の一角を討伐する事。敵の大将が出てくるまでは、力を温存しなければなりません」

「そうだよアルベルト。もっと落ち着きなよ」


 戦いは始まったというのに、後方に控えている勇者一行。それと言うのも、彼らが対峙するべきは妖魔王であり、この戦場に集った全聖剣使いの役割でもある。

 そして彼らはそのためにも、とある人物が合流するのを、今か今かと待っているのだ。

 落ち着かないアルベルトに対し、エメリアとキッシュの二人が彼を心配して落ち着かせようとしている姿を見て、仲間たちは苦笑いを浮かべていた。


「しかしあの方も国を背負う立場である以上、簡単に戦場には出られないのでは?」

「聖者様の盟友様が、今の勇者様と共に再び妖魔王と戦う。そのインパクトは強烈だから、魔王様としては絶対に戦いたい場面だと思うわ」


 バートの疑問に、ディディエが小さく首を振って否定する。彼らが合流を待っている相手と言うのは、魔王バルバシムその人である。

 そもそもバルバシムもこの地では既に何度も戦場に立っており、十分な活躍と実力を示している存在だ。妖魔帝国との本格的な戦いが始まったこの段階で、かの魔王が出てこないと言うのは不自然極まりないだろう。

 多くの人々が、人間も亜人も問わずに、彼の振るう二振りの聖剣を目撃しているのである。その力に期待しない訳が無い。

 政治的な面で見ても、亜人の地位向上の為に効果的だと考えられ、例えセタジキス王国を含む近隣諸国にとって、亜人の台頭が不都合だとしても、神々が遣わした天空城の事もあって、彼の出陣を阻むことは難しいと考えられるからだ。


「まあ今はとにかく、アルベルトが飛び出さないように、しっかり見張りましょう?」

「そうだね……」


 そんな風に振舞うくらいには、今の勇者一行が控えている場所には余裕があるのだった。


 レイメシア国のエルフたちによる優れた魔法により、彼らの担当する戦場は本格的に襲い来る妖魔帝国軍を相手にしても、優位に戦いを進めている。

 僅か十数名と言う少数精鋭の獣人部隊も、縦横無尽に敵を攪乱しており、その実力を存分に発揮していると言っていいだろう。

 そんな中で異彩を放っていたのは、とある四人組の存在であった。

 冒険者パーティ【ユグドラシル】の中核を担い、かつてはセタジキス王国において「巨人殺し」と謳われた英雄、【剛剣】のクレストと【鉄虎の女傑】ヘルガ。

 そして【ユグドラシル】メンバーであるステラとルナ二人の両親である、イリスとウィロウ夫妻の四人パーティであった。

 彼らはそれぞれが戦士や魔法士として高い技量を持ち、互いのパートナーとの連携こそを最も得意としているからか、非常に相性が良く、更にスキルや魔法の恩恵を最大限得られている事もあって、ある種の台風の目のような存在となっていたのだ。


「そおら、纏めてかかってきな!」

「あー。本当によく斬れる剣だぜ……扱いが楽過ぎるってのも、あまり落ち着かないな」


 ヘルガがウォーハンマーを自在に振り回し、どんな相手であっても軽々と殴り倒している横で、同様に豪快に敵を両断していくクレスト。彼が持つ剣も普段振るっている剛剣ナーゲルリングではなく、ユウリから渡された聖剣オートクレールを見事に使いこなしている。

 ただ力任せに敵を倒しているように見えてその実、確かな技術と緻密な連携による隙のない戦い方をしているのだ。そんな彼らの隣では真逆のような、スマートな戦い方を見せているのがウィロウとイリスであった。


「精霊たちが道を開けてくれたよ、イリス」

「ええ、見えたわウィロウ。後は任せなさい!」


 魔物がウィロウの精霊魔法による目くらましに気を取られていると、彼の正確無比な弓矢によって急所を撃ち抜かれていき、そうやって孤立した小隊長を兼ねているであろう上位種の妖魔を、想聖剣グロリユーズを持つイリスが軽々と仕留めているのだ。

 最小で最速の、効率的な戦い方をしているのがこの二人であり、エルフとして長年森の中で戦って来た経験が、彼らにそうさせるのだろう。

 クレストのオートクレールと同様に、グロリユーズもユウリからイリスへと譲られたものであり、それをあっさりと使いこなしているのだから恐ろしい。

 まさに規格外とも言える面々であり、彼らだけでなく後方からのエルフたちの援護により、この戦場ではこの区画がやや突出している程度には、優勢であると断言できるほどに圧倒的であった。



「……おーおー。こりゃ我々の出番は、本当に来ないんじゃないか?」


 立派な鎧を身に纏う、獣人の騎士。そんな目立つ容貌の男が、これまた立派な軍馬に跨った状態で呆れたように零す。

 周囲には人間や亜人を問わず、様々な種族の騎士たちが控えており、セタジキス王国やその周辺、更に北の国々の人々からすれば、特異に映ってしまうのも当然であった。


「それが出来るなら、一番いいんじゃろうがのう。戦はまだまだ序盤も序盤。そういう訳にもいくまいて」


 アダマンタイトの鎧を身に纏い、獣人の騎士と同じく立派な軍馬に跨ったドワーフの男性が、そんな風に返した。

 彼らはルグト王国の最高戦力、鉄剣騎士団の団長カーチス卿と、鋼壁騎士団の団長ウルツ卿である。

 この二名も聖剣や聖槍を持つ特級戦力ではあるが、ルグト王国の正式な騎士でそれぞれ団長と言う立場と、相手に聖剣持ちの人数を把握させないと言う目的の為に、この戦いに参加してからずっと軍の指揮にのみ集中していた。

 幾らドラゴンに乗っているとはいえ、聖剣を振りかざしながら真っ先に戦場を駆けている、アトラシア帝国の皇太子がおかしいのである。本来立場ある者なら、ヴォルデス王国の王太子のように、後ろでどっしりと構えているべきなのだ。


「……ちらちらと報告は聞いているんだが、レイメシア国側で戦っている、【ユグドラシル】が相当に暴れているらしい」

「ああ、こちらも聞いておるよ。相変わらず、じっとしている事が出来ん奴らじゃな」


 自国の英雄とも言える冒険者パーティ【ユグドラシル】の活躍を聞いて、呆れたような反応になるのも仕方がない。


「それであの黒竜乗りのユウリが、未だに動いてないってんだから。そっちもそっちで驚きだ」

悪魔ディアブロの群れを薙ぎ払った幾つもの光や魔法、それらの中に混じっていたそうじゃから、まあ適材適所なんじゃろう」

「ま、アイツの実力から考えれば、悪魔ディアブロへの対処に回らざるを得ないのも当然か。是非とも頑張って貰いたいもんだ」

「全く持って同感じゃな」


 余裕たっぷりに、カーチス卿とウルツ卿の二人は、笑って語り合って見せる。それは油断しているのではなく、こちらが優勢である、勝てる戦いなのだと周囲に示すためでもあった。

 どこか暢気にさえ見える中で、二人は予感めいたものを感じている。

 強者の持つ直感か、それともこれまでの経験からなのか。いずれ相対すべき敵がいることを戦場を見つめながら、肌で感じ取っているのだった。


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