第三百話「理不尽だらけの前哨戦」
あくまでもヒトに合わせた戦いの作法。力の差を見せつけ、屈服させるつもりでいた。あの空に浮かぶ城、神々の城に自分たちは手出しできないであろう事は想像に容易く、残った国々を完全に蹂躙し尽くす事は不可能だろう。
だからこそ相手に合わせ、負けを認めさせる必要があると妖魔王達は考えていた。新たに加わった無数の悪魔達でさえも、同じような見解だったのだから、間違いないだろうと。
「だが奴らは、こちらと徹底的に殺し合い、破滅したいらしい」
茶番とも言える最後通告の途中で妨害された様子を見届けた、オーガの妖魔王ガイオスはやれやれと首を振った。手には巨大な邪剣ダーインスレイヴ、強靭な隆起した筋肉を覆うは、悪魔の肉体を素材にした鎧。
過去ユウリ達と邂逅した時と比べても、明らかに強化されており、余裕の態度を崩してはいない。
「ええいっ、サッサと攻撃しておけばよかったものを、迂遠な事ばかりして、無駄に時間が掛かっただけではないか!!」
オークの妖魔王オルグーンが苛立たし気に吐き捨て、邪槍アラドヴァルを振りかざしながら、自身の配下に突撃命令を出した。この妖魔王の姿もまた、悪魔の鎧を身に付け、その上からネメアンライオンの革で作られた外套を纏い、異様な空気を放っている。
先のヴォルデス王国との戦いでの、限りなく敗北に近い撤退は、オルグーンにとって決して許されざる記憶として残っているのだ。
「疼く、左腕が疼くぞ……! 聖剣使い、聖剣使いだ! 殺せ! 殺せぇえええええええええ!」
左腕に悪魔の腕を移植し、異形の姿となったゴブリンの妖魔王ザンギィ。この者も悪魔の鎧を纏っており、目を血走らせながら邪剣ティルヴィングを振り回している。
かつてアトラシア帝国の聖剣使いと戦い、左腕を切り落とされると言う屈辱を与えられたのだ。その痛み、怒りは今でも夢で魘される程であり、側近の悪魔達が押さえていなければ、自軍にどれほどの被害が出ているか分からないほど。
「……何も知らぬ馬鹿どもめ。真に警戒すべきは、アイツらの中に紛れているであろう、破壊の神だと言うのに」
一度は首だけになり、死ぬ寸前まで追いつめられた、トロールの妖魔王オルゼオン。首から下の肉体は悪魔そのものとなっており、より強大で強靭になったにも関わらず、妖魔王の中では一等慎重な態度で敵陣を睨んでいる。
オルゼオンは確信している。あの神の城を持ち出したのは、間違いなく破壊の神だと。自身を追い詰め、かつて築き上げた軍勢をいともたやすく全滅させたバケモノが、あそこにいる。だからこそ慎重に戦わなければ、かつての二の舞になると。
『残念だがオルグーンとザンギィの、オークとゴブリンの軍が先走ってしまっている。仕方が無いので開戦としよう』
彼らと共に控えていた悪魔が、頭を抱えつつ、仕方が無いと息を吐いた。そして空で待機している同胞たちに、進撃の合図を送る。
神話の時代の神々の戦いでは、敵味方共に蹂躙した、悪魔の軍勢である。自分たちを創造した戦乱の邪神ジユムバークですらその扱いに手を焼き、自らに従わぬ被造物を虚無の大穴へと封じるしかなかったのだ。
その全てが今、この世界に再び姿を現した。邪神自らが封印を解き、この地へと誘導したのだ。これで負ける等とは考えられず、気が大きくなっているのも当然であろう。しかも邪神ジユムバークからのバックアップも期待できるとあれば、尚の事だ。
そんな彼らの油断を、傲慢を、思い上がりを、空を斬り裂き覆う光が、完膚なきまでに打ち砕いた。
「今回は遠慮なしに撃つぞ。薙ぎ払え、マナブラスト!」
ベリエスは自身の持つ爆撃槍ブラストランスを砲撃形態に変形させ、巨大な閃光を空を舞う悪魔の軍勢に向けて放った。
それはユウリの放ったアンサラーに比べれば、非常にマイルドな威力ではある。アンサラーを受けた後に、防御が間に合うかどうかは別であるが。
「んー、俺の場合はとりあえず、適当にかな?」
どこからともなく取り出した弓を構え、光の矢を番えたクロトは、まるでマシンガンのように連続してその矢を放つ。その姿は色々と常軌を逸しているが、高レベル帯の射撃などは本来このくらい厄介だ。
今回は弓はともかく、矢は魔力で編まれた物なので、矢筒から取り出す手間が無い。それ故の連射速度でもある。
本気で弓矢を極めたプレイヤーなどは、下手をすると百キロ先からの狙撃と連射で襲い掛かってくる。プレイヤー同士の個人での対人戦で、そのような光景をお目に掛かる事はまずなく、ギルド同士のバトルでも滅多にお目に掛かれるものではないが。
それらの異常な弾幕に比べれば、クロトのやっている事はまだ常識的な範疇なのである。常識の概念が崩れかねないが。
「レイちゃん、ここは合体魔法と洒落込まない?」
「……それぞれ撃った方が強いのに、見栄え重視? うん、嫌いじゃない」
ネクロとレイの二人が、それぞれ違う属性の詠唱を開始する。レイが言うようにそれぞれ別に魔法で攻撃したほうが、火力としては高いのは間違いない。
二人で魔法を一発撃つよりも、互いに別の魔法を撃ち込んだ方が、連続攻撃と言う意味でも手っ取り早いのだから。それでも二人には違う狙いがあった。
本来存在する複合属性魔法は、一人でも放つことは可能だが、それをあえて分担させることで、組み合わせる属性それぞれの力を高め、範囲を拡大させると言うオマケ効果があるのだ。その範囲はおよそ倍以上にまで広がる。
この効果のお陰で、大量の雑魚を相手にする時などは、意外と重宝する技術として知られていた。特に世界級のレイドボス相手であれば、無限に雑魚が湧いてくることは最早、様式美ですらあるからだ。
「こっちの準備はいいわよ。『水は揺蕩い、ただ浮かぶ泡沫』」
「こちらも問題ない。『風は重く、厚く、その内で解放の時を待つ』」
「『淡く漂う姿は、暫し魅せる夢幻の如く』」
「『脆く弾ける姿は、確かな夢現の暴威と為す』」
ユウリ達の攻撃範囲から外れた悪魔達の前を遮るように、小さな無数の泡が現れて、その行く手を阻む。
「『踊り狂え。咲き誇れ』」
「『フローティング・マイン』」
踊るように、謳うように紡がれた二人の魔法は、一見して美しいだけのシャボン玉のようなものを作り出しただけだった。真実そうであれば、どれほどよかった事か。
自分たちの進行方向のすぐ目の前に現れた小さな、そして無数の泡。回避するには数が多過ぎ、急に止まることも出来ない。だからこそ泡に触れずには済まなかった。
触れた体が、弾け飛ぶ。そしてその衝撃によって連鎖し、泡が次々と弾けて触れていない者たちにまで届くほどの、致命的な破壊がばら撒かれたのである。
それは脆く薄い水の膜に、膨大な空気の塊を圧縮させた機雷そのもの。触れれば弾け飛び、回避しようにも数は膨大、しかも見る角度によっては、その位置が全く見えなくなると言う、非常に面倒な魔法なのだ。
直接的な攻撃と言うよりも、置いて使う罠としての側面が強い魔法ではあるが、かといって決して威力が低いわけではない。
しかも単なる物理的な力としてだけではなく、魔法的な破壊力も伴うため実体、非実体を問わず、霊体にもダメージを与えてくる魔法なのである。
敵味方の区別を付けない魔法ではあるが、こういった場合には非常に有効で厄介な魔法でもあった。
「……ではわたくしは、祈りを捧げましょう。悪しき者たちを罰する為の祈りを」
ユウリ達の戦い方を見て、ユナは朗々と謡うように、祈りの言葉を紡ぎだした。それは確かな力となり、形作られ、裁きの光が天地を問わず降り注いだ。
彼女が願った審判による聖なる輝きは、邪の神より生み出された悪魔達にとっては、致命的に相性の悪い力そのもの。理不尽な力に為す術なく、ただ一方的に蹂躙される。
地上の方でも若干、魔物を倒してしまっていたが、ユナ自身は事故なのでセーフだと己に言い聞かせている。クロトから向けられた視線が少しだけ冷たいが、あえて気付かない振りをしてやり過ごすのであった。
天空城より放たれる攻撃の数々に、回避と反撃を必死で行う悪魔の群れ。しかしそれらは余り意味を持たず、精々が半死半生で何とか生き延びているかどうか、そんな状態になるのが精一杯であった。
かつての神々との戦いでさえ、悪魔達は圧倒的な数と力により、一時はその勢力図を一方的に邪神側に傾かせたという、圧倒的な力の持ち主なのだ。
それがこれだけの数が居て、逆に何もさせて貰えない。ただ蹂躙されるだけの存在に成り下がろうとは誰が考えるのか。
自分たちを押し込めていた虚無の大穴の中で、自分たちをかき回し、引き裂き、打ち砕いていた破壊の神の力ほどではないにしろ、これほどまでの理不尽を感じる事になるなど、予想だにしていなかったのである。
『馬鹿なっ! これがあの天空城の力なのかっ……?』
強大な力は全て、天空城から放たれた物ばかり。厳密には戦場に最も近い、浮遊群島の一つから放たれている物なのだが、それらの違いは些細な事でしかない。
遠い過去の記憶の中、強大な力を誇るヒトが住んでいた空の城。それは終ぞ自分たちと直接戦うことなく、悪魔は封印されることになった。
その時には既に城の住人は二つの勢力に分かれ、城自体はどちらからも使われる事がなかったのである。否、使えなかったと言った方が正しい。互いに権限を持っているが故に、その命令の打ち消し合いに終始する為、動かすに動かせなかったのだ。
だからこそ悪魔達は、天空城の力を知らない。だからこそ悪魔達は、この大規模な破壊こそが、天空城の力であると誤認する。
空から地上を、そしてあわよくば天空城を蹂躙するつもりでいただけに、完全に出鼻を挫かれ、自分たちは無様に地に落ちるしかなかった。
あれらの攻撃はあくまでも、空高く飛び、地上の脅威となる者たちを葬るためのものでしかなく、その攻撃の殆どが地上には届いていない。
仮にそんな事をすれば、地上で構える人類側の兵たちもただでは済まないの事は想像に難くなく、だからこそ空に限定して攻撃を仕掛けてきたのだと推測したのである。
『何と言う屈辱……! しかし今は地に堕ち、身を潜めるしかない』
満身創痍の悪魔達は、叩き落された羽虫のように地上を這いずり、後ろへと下がっていく。多少の被害はあれど、それらを全く気にせずに突撃していくゴブリンやオークを横目に、ただ天を睨むことしか出来ずにいた。
これで手加減しているそうなので、やられた側はたまったものではありませんね。
三百話に到達しました。
自分の想像よりも長かったような、短かったような。色々と複雑な気持ちです。
最初に想定していたルートから何度も外れ、修正し、大まかな流れこそ同じようなものの、随分と扱いが変わったキャラや、予想外に生まれたキャラ、居なくなったキャラなど、物語を作ると言う事は難しいなと感じてばかり。
物語はあと少しで終わりを迎えるのでしょうが、どうか最後までお付き合いくだされば幸いです。




