第二百九十五話「迫る脅威」
力強い剣閃が、魔物を両断する。聖なる輝きを纏い、強大な敵を打ち払う姿は頼もしく、人々に希望を与えた。その一撃を放ったのは、全身を筋肉で出来たような大男。
その隣では森の麗人が人間離れした早業で、何匹もの魔物を屠っている。大男にも引けを取らぬその実力に、誰もが畏怖を覚え、味方であることに安堵した。
「これが……聖剣ってやつかよ。まさかコレに認められるとか、悪い夢なら覚めてくれ」
「ちょっとクレストちゃん。現実は見て頂戴な。出来るだけヒトの少ないところで戦ってるのは、貴方が目立ちたくないって言う我儘のせいなんだから!」
大男とはクレストの事であり、その隣で戦う森の麗人はステラの母であるエルフ族のイリスだ。それぞれがユウリから渡された聖剣オートクレールと、想聖剣グロリユーズを存分に振るい、その力を確かめていた。
当然彼らだけでなく、ヘルガやイリスの夫であるウィロウも一緒であり、今回は四人パーティでの出陣となっている。
「イリスもあんまり、前に出過ぎないでくれ。『大地よ。その恩恵を我が鏃に与え、強く、堅く、鋭く鍛えよ。毛皮を、甲を、殻を貫く力を与えよ』『風よ、我が矢を余さず運べ。速く、疾く、正確に。我らに仇なす者のもとへ、決して外さぬように撃ち貫け』」
弓を引き絞りながら前に出る二人を狙う敵のみを、ウィロウは正確に撃ち抜いていく。精霊魔法によってその威力を何倍にも引き上げ、一撃で複数の敵を仕留めるその姿は、レイメシアからやって来たエルフたちを凌駕するほどの実力を示している。
「やれやれ。これじゃあ私が、暇になるじゃないか」
前衛二人のサポートに回る、ウィロウを守るのはヘルガ。しかし前の二人に加えウィロウも卓越した弓と精霊魔法の実力を持つ為、ちょっとやそっとでは魔物が後衛の二人に到達することは無い。
なのでヘルガは仕方なくハルバードを担ぎ直し、他の兵士たちの方へと視線を向ける。この場所は主にレイメシア国のエルフや、獣人が中心に担当している戦場。
数自体は少ないが、互いに連携はしっかりしているし、何より他よりも魔法の支援が非常に厚いのだ。全く危なげなく戦えているのだから、フォローする必要さえ殆どないだろう。結局暇なのは変わらないと、ヘルガは盛大に溜息を吐いた。
「おいネスティーナ、ちゃんと魔物を誘導しろ!?」
「カペルの方こそ、次にどの魔法を使うか、いちいち迷わないでくれます!? そのせいでこっちはテンポが狂って、困ってますのよ!」
ヘルガ達と同じ戦場で魔族の少年カペルと、同じく魔族の女性であるネスティーナが、そんな事を言い合う。
レイの弟子である二人は、相変わらずのようだ。そのくせ魔法の実力はこの世界でも指折りの実力者であり、規格外のプレイヤーを除けば最高峰の魔法士なのだから、ヒトは見かけによらない。
この大陸に来てからと言うもの、実戦経験を積んだお陰もあって、少々危なっかしくはあるが喧嘩をしながらでも、きちんと戦えている辺りは流石一流の魔法士であると言えよう。
最前線にあるまじき、暇を持て余すと言う現状に、ヘルガは複雑な表情を浮かべるのであった。
ここ数日、魔物の襲撃がこれまで以上に、増えつつあった。いよいよ本格的な戦いが近いと、誰もが覚悟をしているし、だからこそここで死ぬ訳にはいかないと、必死に足掻いている。
天空城の会議室では、プレイヤー達が各国の代表者たちと、常に戦況の把握に努めながら、戦場をコントロールしていた。
「それで、僕たちが提供した魔法の武器防具は、今どれくらい現場に行き渡っていますか?」
そう切り出したのはユウリ。本来ならクロト辺りが言いそうな台詞だが、この天空城の城主であるからと押し切られ、会議を仕切らされているのだ。
「我がヴォルデス王国側は、主に冒険者と傭兵を中心に、武具の配備を進めてはいます。それでも十分な数があるとは言えないので、およそ半数以下に留まるでしょう」
答えたのはベリエス。彼は立場上プレイヤーとしてではなく、ヴォルデス王国側の代表者として列席している。本来なら王太子のヴィクターもいるが彼は今、前線の指揮に出ているのでその代理としてである。
「セタジキス王国側も、冒険者に魔法の武具を回してますが、一人一つですら難しい状況です。何せ国の兵にですら、満足に行き渡っていませんので」
セタジキス王国の冒険者ギルドマスターであるロドルフォが、少しだけ苦々しそうに言った。
トレアート都市国家群のダンジョンで入手してきた魔法の武具だが、結構な数はあったのだ。それとて数十程度、とても足りる筈がない。
この戦いの為に同盟を結んだ他の国々の代表者もまた、せめてもう少し魔法の武具が在ればと、口々に言っている。
「今この城の生産能力を使い、戦場で使っている普通の武具の強化や、修復も行っています。ですがやはり……この規模の戦いだと到底、手も素材も足りていない」
苦しそうにクロトも語る。しか戦いは日々激化しており、それでも妖魔帝国の本隊とは、未だにぶつかり合っていないのだ。多少魔法やスキルを習得させ、個々の戦力を向上したところで、焼け石に水な状態に近い。
例え天空城と言えど、鉱物資源まではどうしようもない。いや、浮遊群島を掘り返せばある程度どうにかなるのは分かっているが、今からそれをしている余裕はないのだ。
「食料は足りていますし、怪我の治療も何とかなってはいる。この戦いに力を貸したいと言う有志の手もあるとはいえ、やはり裏方の数が足りていません」
その言葉に、誰もが口を閉ざしてしまう。戦いをやめる事など出来ない。それは自分たちの絶滅を意味するのだ。かといって現実が変わるわけではないのだが、そんな中で一人、真っ直ぐと手を挙げる者が居た。
「武具の整備についてと、修復用の金属類について僕から一つ、提案したい事があります」
「ユウリ殿……何かお考えが?」
ユウリに続きを促すのはクロト。この流れは最初から決められた、筋書き通りである。
「ルグト王国の女王陛下から、武具に使える鉱石類や魔物の素材とドワーフの鍛冶職人を、この城に派遣してくれるとの提案がありました。なのでネクロ・ノミコン様。レイ女王陛下。彼らをこの城に招くため、魔法の力を、お貸しくださいませんか?」
「ええ、勿論構わないわよ。魔王陛下からも承諾は取れているわ」
「こちらも問題はない。当然、力になろう」
自作自演にも近いが、かと言って根回しもせずに話を進めては、今後の関係にも影響が出てくる。なのでこれは必要なパフォーマンスなのだ。
「他の皆様も、よろしいだろうか?」
「セタジキス王国としては、大変ありがたいお話です」
「我が国も、異論はありません」
「ええ、是非お願いします」
「勿論、大歓迎ですよ」
各国の反応も悪くなく、誰もがホッとしたような表情をしていた。そこへまた一人、手が挙がる。
「我がアトラシア帝国からも、魔物の素材の提供をさせて頂きたい。ついこの間、ルーモット大森林の氾濫を食い止めたばかりでね。魔物の素材は唸るほどある」
「テオドール殿下……」
「構わないだろう、クロト殿? この状況を見越して用意を進めさせていたので、貴殿の力を借りれば、すぐにでも持ち込めるはずだ」
「……承知致しました」
予想外ではあったが、しかし文句などあろうはずがない。そもそも、その氾濫の大半を鎮圧したのはユウリであり、市場に出せずにダブついていた物を供出するだけなのだ。
因みにルグト王国側もユウリの功績だからと、同じ理由で押し付けられていた魔物の素材だったのである。これ幸いとばかりに処分する気満々だったのだから、どこも考えることは同じらしい。
クロトは呆れたような表情ではあるが、しかし現状どれだけの素材が必要になるかも、想像がつかない。まさかこんな形でユウリによる、魔物の大量虐殺とも言える戦果が役に立つとは思わなかったが、ここは純粋に幸運だと割り切るべきだろう。
「で、では、会議はこれで一旦終了とします!」
魔物の素材の出所に思い当たる節しかないユウリは、話が纏まったと見て会議を打ち切らせ、逃げるように会議室から出て行くのであった。
一見穏やかに見える水面、しかし目に見えない力が荒れ狂い、神々でさえも手が付けられない状況が続いている。
東のレシアーテ大陸、西のノルム大陸を繋ぐ魔の海。その中間にあるのが虚無の大穴と呼ばれる、神話の時代から存在する牢獄であった。
その牢獄は神話の時代に邪神ジユムバークに生み出され、そして生みの親である邪神にさえも反逆した悪魔たちが封じられた場所でもある。
その場所はかつて、偶然訪れたユウリによって海神と破壊神の槍を使った攻撃を受けた事で、この世に複数の悪魔を解き放ってしまった。そして今再び、その場所に手を伸ばす存在が。
『我に従え、我が被造物。お前たちの同胞は恭順を示した。故に機会をくれてやる。創造主へ忠誠を誓い、復活の協力をするのであれば、ここから出してやろう』
迂闊に近づくことさえ出来ない場所。それでもこの牢獄を、中の悪魔どもを創造したのは邪神ジユムバーク本人なのである。どれだけ虚無の大穴に触れるのが難しかろうと、牢獄そのものの封印を解くこと自体は全くの不可能ではない。
そもそもこの場所は今、他の神々ですら迂闊に手を出せない場所となっており、ここでは邪神ジユムバークを阻むどころか、その存在を感知する事すら難しくなっているのだ。
『……どうした、被造物ども。同胞を救いたくはないのか? 奴らはこの牢獄を滅茶苦茶にし、今も荒れ狂う世界を守ろうと、足掻いているのだぞ? 神の力無くしてそれは成らぬ。この世界を滅ぼしかねぬ愚か者を、お前たちが討つのだ』
高圧的に、甘く囁くように。
それは長い、長い沈黙。ただ閉じられた周囲から断絶された無の世界は今、死と再生を繰り返す地獄と化していた。そして今、自分たちの創造神が、救いの手を差し伸べようとしている。
この機会を逃す手はない。されどただ言われるがままに従うのは面白くない。それでも現在のこの場所の状況は、決して放置して良い物ではなかった。幾度となく身を捩じ切る苦痛に苛まれながら、悪魔達は一つの決定を下す。
荒れた海から逃げるように、空を覆うような数の、無数の悪魔たちが空へと昇っていく。
そしてこの場から偶然弾き出され、創造神へ偽りの忠誠を誓い、自分たちこそがこの世界の主として君臨するべく、暗躍する同胞の力となるために。




