第二百九十四話「戦いの表と裏」
ユウリ達プレイヤー一行が、ダンジョンで暴れている頃。散発的にとはいえ、しかし無視できない数で襲い掛かってくる魔物たちとの戦いを繰り返しながら、その上で一部の実力者たちはプレイヤーたちから齎された訓練を続けていた。
場所は天空城そのものではなく、城から直接行ける浮遊群島の一つを改造して、訓練場にしているのだ。
「スキルや魔法を、教えられる者が存在すると言う噂は、何度か聞いてはいたけれど……いえ。あの方なら確かに納得できるのですが、複雑な気分ですね」
「あの、境界神の最高司祭様と言う方、色々とおかしくないですか? あ、その、アルベルトを蘇生してくださった、大恩ある御方なのは間違いないのですけれども……」
「……そりゃね。わたくしは既に一度、冥王様から教えを受けているから、まだいいわよ。それにしたってこう、あっちこっちの国が滅茶苦茶過ぎて、自信を無くしそうだわ……」
暗黒神に使える神官バートが遠くを見つめ、元ローヴィス教主のエメリアは混乱し、女魔法士のディディエはただただ頭を抱えている。
魔法も、スキルも、それぞれの国が抱え込み、秘匿する知識と技術である。その習得法は確かなものはなく、鍛錬と才能、そして偶然によってのみ発言すると言う、奇跡そのもの。
元々格闘を得意としていたバートはともかく、元教主と言う立場に居たエメリアでさえも見事な剣技を修めているのは、やはり武に比重を置くローヴィス神の信徒ならではなのだろう。
そんな二人があっさりとスキルまで習得できたのだから、それぞれ思うところがあるのは仕方がない。本来ならば超一流と呼ばれる使い手が、奇跡のような確率で体得するような、そんな技術なのだ。
無論、仲間の中にはフィルのように幼くしてスキルを得てしまったような、類稀なる天才が存在しないわけではない。
神から声を与えられて発現する神聖魔法とは異なれど、神々からの賜り物である事は違いないと、この世界では多くの人々が感じていたもの。それを当然のように教え、習得させる一部の人々に、恐れ戦くなと言う方が無理があろう。
特に彼らとも深い縁のあるユウリだけでなく、彼ら勇者一行を文字通り救った境界神の最高司祭クロトなどは、様々なスキルや魔法の習得法に精通しているとあって、各国からの注目度は非常に高い。
流石に破格の移動基地とも言える、天空城を手に入れた冒険者パーティの【ユグドラシル】一同ほどではない。だがクロトの正体を知る者からすれば「上手く隠れたな」という感想であり、寧ろもっと前に出てくれとさえ願われているが。
「確かに今思うと、不思議に思う事は色々ある。だとしても最高司祭様は、我々人類の味方として、その知識や力を必要な人々に分け与えて下さっている事に、変わりはないよ」
困惑する仲間たちに、勇者アルベルトは淀みなく答える。それは嘘や誇張ではなく、事実として受け入れている事の証左でもあった。
「アルベルト、何か知っているんです?」
「……いや、まあ。少し、ね。小耳に挟んだ程度と言うか、陽光神様から神託を戴いたと言うか……とにかく、あの方は間違いなく味方だから、大丈夫だよ」
猫獣人の神官キッシュからの鋭い指摘に、アルベルトは若干目を逸らしながら、口ごもる。神託を貰うほどの内容だったと言う時点で、余り口外してはならない内容であったらしく、勇者と呼ばれる青年はそれ以上は答えなかった。
その微妙な様子に、何やら余り突っ込んで聞いてはいけないような気がして、周囲は思わず沈黙するしかない。
実際はこの城に乗って移動している間に、この城を動かす依頼をしたのがクロトだと聞いて、流石に何かがおかしいと疑問に思った時に、唐突に陽光神からの神託が降り、ネタ晴らしをされたと言うだけである。
アルベルトの態度がやや曖昧なのは、本人に確認をした時に口止めされている為であり、反応がやや過剰になっているだけなのだ。
「貴様ら、そんなところに居たのか。今日は少しばかり大物が多い、体力が余っているなら手伝え」
「は、はい! すぐに行きます!」
そこへ魔王バルバシムが、魔物の襲来を告げる。普段は交代で前線に出ているので、今日は訓練に充てる日だったのだが、どうやら今の前線に居る者たちだけでは荷が重いらしい。
アルベルトは急いで下に降りて加勢するべく、どこか逃げるように城の方へと走っていくのであった。
天空城の威容を知らぬとでもいうかのように、魔物たちは襲い掛かってくる。
しかし結託したヒトの軍は精強であり、互いを庇うように戦う為か、ヒトよりも遥かに高い身体能力を持つ妖魔帝国軍に対して、一歩も引くことなく戦えている。
それの裏にはスキルや魔法と言う、奇跡の力を手にした者たちの頑張りもあったからだ。更に言うなら、魔法の武具も僅かながらに至急されているお陰もあって、個々の能力が底上げされており、妖魔や魔物とも十分に渡り合えるようになっていたからでもあった。
倒しても斃しても、死体が山と積み重なり、夥しい血が大河の如くとなろうとも、妖魔帝国軍は怯むことなくただ狂い、暴れるのみ。
この戦いに引き寄せられるように、あちこちから多くの魔物が現れては、戦場に混乱を齎す。そんな地獄のような場所であっても、人々が戦い続けられるのは、ただただ後が無いからに過ぎない。
空に在る天空の城を、神々の加護と信じているからこそ、自分たちの勝利を信じられる。その希望があるからこそ、ヒトは戦えるのだから。
時折現れる巨大な魔物には、常に聖剣を携えた何者かが、その討伐に当たっている。主に竜を駆る聖剣使いの、どちらかが担当するが、今回はそうはならなかったらしい。
強靭な大顎に整然と並んだ鋭い牙と、チロチロと口から漏れ出す炎。短い前肢とは対照的な強靭で巨木のような後足。体長は十五メートル以上で、体全体のバランスを執る為の、太く長い巨大な尻尾を持った、竜の如き獣。
見る者が見れば、太古の地球に居たと言う巨大な肉食恐竜のようだと、すぐに気付いた事だろう。
その巨体を見て慄き、尻込みする兵士たちを尻目に、その者たちは眼前の竜の如き獣と相対した。
「やれやれ……今回はテラーレックスか。少しばかり厄介だな」
二振りの聖剣を構え、魔王バルバシムは不敵に笑う。
本来こういった大型相手には、ラルドやテオドールのようなドラゴン乗りに任せるのだが、あちらもあちらで巨人だのワイバーンの群れだのと、この戦に引き寄せられてきた魔物への対処で忙しいのだ。
流石にこれほどの大物が相手となると、味方への損害もかなりのものになる。ならばスキルも魔法も扱え、そして聖剣をも持つ彼が前線に出てくるのは、道理であるとも言えた。
「あれがワイバーンと同等以上と言われる、地上を駆ける亜竜……」
バルバシムの横に立つ、もう一人の聖剣使い。聖剣ジョワユーズを携えた勇者アルベルトが、静かに息を呑む。彼は巨大な魔物との戦う経験はさほど多くない為、どのように戦うべきかと頭の中で何度も、シミュレーションを繰り返しているようだった。
その後ろではアルベルトの仲間たちが控えており、何時でも戦えると、勇者の号令を待っていた。それと同時に、これですらまだ戦いの本番ではない事への、うんざりとしたような感情を覚える。
しかし彼らはすぐに思考を切り替え、勇者と魔王の号令の後、目の前の魔物へと躍り掛かるのだった。
ヒト知れぬ未知なるダンジョンだからなのか、長年その力を蓄え、それを今こそ開放せんとばかりに現れた魔物も、集ったプレイヤーの前にただ一蹴させるのみであった。
あらゆる生命を死に追いやる強力な毒も、無限に再生し増え続ける首も、不死の生命力さえも、無意味とばかりに蹂躙された。
無数の斬撃の軌跡が、頭を叩き潰す重過ぎる打撃が、身を焼く炎、身の内を食い破る凍った血、体内を走り回り焦がす雷、巨体を地に縛り付ける石の刃、苦し紛れに垂れ流す毒を吹き散らす風、同じように毒を洗い流す水。
神の奇跡はあらゆる傷や病毒を防ぎ、瞬く間に癒し、堅固な守りとなってこちらの攻撃を阻む。悪足掻きさえ許されない、圧倒的な力の前に、ダンジョンの最奥に座していた魔獣は、その役目を果たすことなく息絶えた。死ぬはずのない、不死の魔物がである。
「ふう……流石ヒュドラ。しぶとかったね」
「首を斬り落としても、頭を叩き潰しても増えるなんて、相変わらず反則だ。しかもこの巨体が相手だと、倒すのにも時間がかかる」
「原典の性能をほぼそのまま持ってきてる、不死身の怪物とか実に狂ってる。死なない相手を殺した、俺たちも大概だけどな」
流石に色々と思うところがあったのか、ユウリ、ベリエス、クロトの三人は何とか相手を倒せたことに安堵していた。
彼らが言った通り、ヒュドラはレベル詐欺と言われる類の、凶悪な特殊能力を持つ魔物である。九つの頭のうち一つは不死身で、残りの八つは無限に再生し、再生するたびに首の数が増えるのだ。しかも不死身の首さえ残っていれば何度でも復活する。
更にその毒はエリクサーなどの一部強力な霊薬や、かなり高位の治癒魔法でもなければ癒せない程に恐ろしい。
「搦手には弱いのも一緒だから、まあなんとでもなるのだけれど。それでも初見殺しな性能なのは間違いない」
「まあ、レベル詐欺モンスターの筆頭みたいな魔物だもの……仕方ないわよ」
「今回はわたくしたちだけで、本当によかったです。他の方がいたら、どれほどの被害が出ていた事か……」
まずこの世界の住人では勝つことが出来ないであろう、絶望的な魔物である。ダンジョンの中で生まれた存在とはいえ、こんな強敵まで存在しているのかと、レイやネクロ、そしてユナも眉を顰めている。
仮にこんなものが地上に解き放たれでもすれば、大災害待ったなしなのだ。ドラゴンではない亜竜種の中でも、別格の強さを誇る相手だけに、ここで倒せたのはある意味で幸運だったと言えるだろう。
彼らは原典のヘラクレスと同じように不死身の首を斬り落としてから、巨岩の下敷きにするのではなく、徹底的に相手を打ちのめし、魔法で雁字搦めにして、落とした首を念入りに、徹底的に破壊し尽くして無理矢理殺したのである。
力技に更に力技を加えた、脳筋殺法である。何故ここまで手間のかかる事をしたのかと言うと、このレベルの相手で漸く彼らの相手になるからと、ユウリ達の連携の練習台にされたからだ。
そうでなければレイやネクロの死の魔法で強引に、速やかに倒されていたりする。
流石にかに座の原典とされる化け蟹のカルキノスは出てこなかったので、誰かに踏み潰されることは無かった。
「最後の最後で、訓練らしい訓練になったのは良かったよね。最後のお宝を持ち帰って、お城に帰ろうよ」
「そうですね。大きな怪我をしている方がいないか、心配です。急いで帰らなければ……」
最後の宝物庫へと、意気揚々と進むユウリ。そしてすぐにでも帰って、怪我に苦しむ人を助けたいとユナが後に続く。
それぞれ大して疲れた様子を見せることなく、ダンジョンはあちこちを粉砕されつつ、完全に蹂躙され尽くすのであった。
地上は必至なのに、地下?に居る奴らの酷さよ……。




