第二百九十三話「強行軍をしよう」
竜が現れた。翠と蒼の二匹の竜が、自分たちの進軍を阻むように現れたのだと言う。それはゴブリンの妖魔王ザンギィに手傷を負わせた、聖剣使い達が駆る竜。
復讐に我を忘れ、逸るザンギィを悪魔らが必死になって止める。ただでさえ聖剣使いが現れたと言うだけでも厄介だと言うのに、相手は竜を、しかも二匹も引き連れているのだ。
並みの魔物では相手にすらならず、時間稼ぎも不可能だろう。それだけでなく、やたらと強い矢を放つ何者かによって、悪魔たちですら迂闊に敵陣に飛び込むことは出来なかったのだ。
そうやって手を拱いていると、信じられないものが現れたと、報告が上がって来た。
天空の城。それが現れてから、妖魔たちの動きは一気に遅くなってしまった。空の威容は従えたはずのワイバーンたちですら近寄ろうとせず、その城が運んできたのか、様々なヒトが援軍として力を揮いだしたのだ。
『アレは創世の前より存在すると言う、神の城。あんなものを引っ張り出してくるとは、聖の神々も本気でこちらを妨害してくるつもりか』
悔しそうに、悪魔の誰かがそう呟いた。肉体を失い、地上への干渉が難しくなったはずの神々。それが今になっても自分たちの邪魔をしようとするのだから、実に腹立たしい事この上ない。
更に嫌な情報が齎された。それは更なる聖剣使いの出現を告げるもの。
ただでさえ厄介な竜を駆る聖剣使いだけでなく、他にも複数の聖剣使いが現れたと言うのであれば、まともに正面から相手をしていては時間が掛かり過ぎる。
ならば悪足掻きをする者達が陣取る場所を避け、巨大になり過ぎた軍を分けて動かすことで迅速に世界樹を目指そうと、そう決めたまではよかった。
『この力は、これはなんなのだ!』
北に向かった妖魔帝国軍を見えない壁が、妖魔や魔物たちの行く手を遮る。どれほど高く飛ぼうとも、どれだけの力を叩きつけようとも、それは何の手応えもなく、しかし決して自分たちを通してはくれない。
南から回り込もうとした妖魔帝国軍を、たった二人の戦士が薙ぎ払い、屠り、そして道を塞ぐ。光と血の赤が、自分たちを決して通さぬ壁となって立ち塞がった。
「我が主の命令ゆえ、貴様らの首魁の命までは奪いません。元の場所まで戻れ、塵芥ども」
「雑魚なら多少くらいは潰して良い、って言われているからな。向かってくるなら裂いて、潰して、爆ぜて、抉る。我が主の慈悲だ、命が惜しいなら失せろ」
漆黒の鎧に光り輝く光輪と翼を戴く者が、剣を一振りするだけで無数の雑兵が、物言わぬ屍となり果てる。
もう一人は一見して逞しい肉体をしている優男だが、血のような赤い瞳、青白い肌、長い犬歯を持つ者。蝙蝠のような翼を広げ、血そのものによって作られた小手や具足を纏い、力任せの暴威でこちらの侵攻を塞ぐのだ。
『あれは……あの時の!?』
ヴォルデス王国との戦いの時に、数多のスケルトンの群れを伴って現れた、邪の力そのもの。彼らのどちらかが、あの【冥王】その者であると悪魔達は目星をつけているが、その考えを正す者は居ない。
彼らは遥か北の地に居たはずだと言うのに、なぜ今ここで自分たちの前に立ち塞がっているのか。分からないことだらけであり、そして迂闊に戦う事も出来ない状況に、妖魔王や悪魔達も脳裏に撤退の文字を浮かべるしかないのだった。
スキルや魔法の伝授。それは驚きと共に迎えられ、しかし確かな成果として現れ始めた。特に勇者アルベルト達一行などは、それぞれが相応の実力を持つ者が大半なので、乾いた大地が水を吸収するかのように、めきめきと実力を伸ばしていったのである。
更にそれぞれの国から選抜された者も、同様にスキルの習得をしていき、周囲からは驚愕で以って迎えられることとなった。それでも確かな力として、実績として、今後の戦いへの備えとして、新たな希望となったのは間違いない。
ただ一つ問題があったとすれば、魔法士たちの方であろう。魔法の習得はスキル以上に謎が多く、それらを解き明かすにも殆どが独学に依るものであり、今回の初歩や基礎と言える部分の情報の開示は、根底からひっくり返すものとして多くの魔法士がひっくり返った。
これはヴォルデス王国の魔術関連も決して無関係ではなく、今後の魔術発展においても大いに期待できる分野として、担当者たちは寝食を惜しんで研究を始めるほどであった。
これが戦時下でなければ、存分に研究を進めて欲しいのだが、そうはいかない。今必要なのは即戦力であり、この戦いに参加する全員が、その覚悟で望んでいるのである。
故に儘ならぬ現状に嘆きつつも、新たに手にした力と知識を、実戦で使えるレベルにまで磨き上げるべく、訓練に励むのであった。
「と言うわけで、実はまだ少しだけ時間がある。なのでちょっとばかり、強行軍をしたいんだけど、どうかな?」
「強行軍……?」
突然のクロトの提案に、プレイヤー一同、首を傾げるしかない。妖魔帝国軍が南北に分かれ、こちらとの戦いを回避しようとしているため、その阻止に時間を使っているので確かに余裕はある。
しかし未だに前線では妖魔たちが陽動として散発的な戦闘を行っており、それとて決して油断できる状況ではないのだ。そのうえスキルや魔法に関しての訓練や授業を行っており、とても暇だと言える状況ではない。
だがそれでもと、クロトは続ける。
「これには予行練習のような側面もある。邪神の事だ、何をやらかしてくるか、予想は出来ない。なのでプレイヤーのみのパーティとしての連携も、多少の練習が必要だろうと思っての提案なんです」
「クロトさん。具体的には、何をする気?」
レイの疑問も最もであり、何らかの訓練を行うにしても、それが有効かどうかを聞いてからでなければ、判断することも出来ない。
「北のトレアート都市国家群に、ヒトに知られてないダンジョンがあるんです。そう深くはないが、中の魔物は現地の人々からすれば強敵ばかり。折角なのでここで一度、少しでも兵士や冒険者などに回すための魔法の武具を、補充しにいこうかなと」
「ダンジョン!?」
「それは……まあ、楽しそうではあるのだけれど、こんな土壇場で、そんなところに行ってもいいのかしら?」
「私はこの世界のダンジョンは、まだ未経験なんだ。それはちょっと、心惹かれるね」
ちょっとそこまで買い物に行こう。そんな感じに近いノリで、ダンジョンに行きたいと言い出したのだ。そしてユウリ、ネクロ、ベリエスの男性陣は、やや前のめり気味に興味を示している。
「……なるほど。未発見のダンジョンなら、誰が潜っても文句を言われない。しかも近いのだから、最高の条件ね」
「わたくしが居ない事で助けられる命が助けられない、何てことがあってはならないので、お断りしたいのですが……」
レイも乗り気な様子なのは、各国の上層部とのやり取りの重圧から解放されたいと言う、やや後ろ向きな理由である。それに比べてユナの反応は最高位の奇跡を揮う聖女らしい答えとも言え、一理あるだけに反論が難しくはあった。
「それに関しては他の神官や、精霊使いなどに任せるべきです。彼らが自らの力を研鑽する機会を、必要以上に奪うべきじゃない」
「……確かにそう、なのですが」
「それに傷を癒すポーションの製造も、俺の従者が加わったことで生産数が増えている。少しの間なら城を空けても、問題ないはずですよ」
極論、ユナ一人がいれば全て解決するのだ。だがそれではこの世界の人々の力で、この危機を乗り越えると言う目的を達成したとは言えない。今この城には多くの医者や神官、エルフの精霊使いも、医療スタッフとして多く存在している。
ならば彼らを信頼し、現場を任せることもまた修行であると言いくるめ、ユナも渋々ではあるが、彼らと共にダンジョンへ同行することを了承するのであった。
関係各所の頭と胃を痛めつつ、半ば無理矢理に、それこそ境界神としての神託としてまで、プレイヤー一行が向かったのは、トレアート都市国家群の片隅にある、人知れぬダンジョン。
古い遺跡を思わせるそこは、瓦礫に埋もれるように隠された入り口があり、それ故に誰からも見つからなかったであろう事が読み取れた。そんな前人未到のダンジョンに挑む、一同だったのだが。
「分かってはいたけど、想定以上に過剰戦力だな。これは……」
このダンジョン探索を企画したクロトが、困ったように頭を振った。自分たちのコンビネーションを確認するための、訓練としての探索でもあるため、パーティ内での役割を決めてその通りに動く。それだけの事ではあったのだ。
だが敵が弱い。この場には探知探索に特化したメンバーがいないとはいえ、それらを気功や魔法で強引にどうにかするプレイヤー「しか」いないのだ。
ベリエスがちょっと盾で殴るとか、魔法士であるネクロが杖を棍棒のように小突いた程度で、魔物はその儚い命を散らしていくのである。これのどこが訓練になり得ると言うのか。
「流石につまらないわね、これじゃあ」
「そうですね……折角来たので、ちゃんと訓練はしたかったんですけど」
「せめてゴーレム系の敵でも多ければ、多少はそれらしくなったんでしょうけどねぇ」
レイ、ユナ、ネクロは特に魔法担当なので、殆どやる事が無い状況である。折角来たのに、暇なのは如何なものかと言い出しても、誰も悪くはない。ただただ理不尽でしかないが。
「これは、予定を変更した方が良さそうだな……」
「変更ってクロ君、どうするの?」
「探索ペース自体も決していいとは言えないし、魔法の武具を集めるのだろう? ポーションなんかも欲しいところだし、いっその事パーティを分けてもいいと思うけど、そこはどうなんだい?」
頭を抱えるクロトに、ユウリも困ったように首を傾げる。そこへベリエスがパーティを分けてはどうかと提案すると、それだと全員が彼に視線を向けた。
「じゃあいっその事、ここからは自由行動で行きましょうか。それぞれ通信魔法具があるので、位置の把握は容易ですし。いっそのこと個人で動いて、魔法の武具を集めながら進むってのはどうです?」
「あら、ちょっとした競争になりそうじゃない? 面白そうね」
「えー、探索苦手な僕は、結構不利だなぁ」
「いやいや、敵から武具がドロップすればいいのだから、私たち物理組は、ひたすら戦うのも手だぞ?」
男性陣は乗り気である。女性陣のレイとユナも、悪くはないと頷き返してきた。
「それじゃあこのダンジョンのお宝を、徹底的に毟り取ってやりましょう?」
「魔物と戦う訓練にもなりそうなので、頑張ります。早く戻らないと、戦っている皆さんが心配ですし」
俄然やる気が出たとばかりに、獰猛な雰囲気を纏う六名。一瞬、ダンジョン全体が震えるような錯覚を覚えたが、しかしそんな事を気にすることなく、彼らはこの隔離された世界とも言える、ダンジョンで大いに暴威を揮う事となる。
そうと決まれば、彼らは思い思いに駆け出した。ユウリは群がる魔物を問答無用で一閃し、その魔物の死体が武具に変化しない事を確認すると、すぐに違う魔物と遭遇するべく走り出す。
罠など効かぬ。意味など無い。壁が押し迫ろうと、天井が振ってこようと、落とし穴があろうと、駆け抜け、破壊し、軽々と飛び越える。槍が、毒の霧が、転がる巨石が行く手を阻もうとも、彼に痛痒一つ与えることは出来ない。
理不尽の塊の究極のような、一見するとギャグにしか見えないような存在が、平然と、淡々と、そして嬉々として。お宝を求めてひたすら突き進む。
例え行き止まりであろうと、その壁を壊せばよい。先が無ければ下を壊して、強引に降りる。
暴風のように、猛火の如く、洪水よりも激しく、地震よりも恐ろしい、極寒よりも心胆を寒からしめ、雷光よりも速く全てを薙ぎ払う。
それが六人。手段は違えど、ほぼ同じようなことを、可能にしているのだ。誰も想定してないし、想像すらできない。
少し耳を澄ませてみれば、ダンジョンのあちらこちらから、派手な破壊音が聞こえてくる。それぞれが遠慮なく、このダンジョンを攻略している証拠だ。
「よーし。僕も頑張るぞー!」
この日、ダンジョンと言う存在にとって、ヒトの形をした厄災が訪れた。
消耗し続ける妖魔帝国軍と、暢気に装備を補充し始める厄災たち。
まだまだあれこれ書きたい部分があるので、いつになったら決戦になるのやら……




